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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
70/783

第一 八回 ②

ナオル義兄に天無二日の理を(さと)

ヒスワ大人に遠交近攻の計を説く

 インジャはすべて得心したわけではなかったが、立ち上がった。


「ナオルはどうする?」


「私はこのままここに。そう、もうひとつ言わなければなりません」


「何だ」


「ゴロ・セチェンとは懇意(カラウン)にしておくべきです」


 それを聞くと莞爾と笑って言った。


「言われるまでもなくそれが旅の目的だったではないか」


「そうでした。余計なことを言いました」


 やっとナオルも笑う。インジャは宴席に戻るべくゲルを出た。いろいろと思案しながら戻ってくると、トシが早速(ダウン)をかけた。


「おお、おお、ナオル殿の調子はどうだ?」


 相当に酔いが回っている様子である。


「旅の疲れが出たようです。たいしたことはありますまい」


「それならよかった。もし良くならないようならキノフに診せるとよい」


「ありがとうございます」


 礼を言うと、おもむろにゴロの傍に近づく。ゴロはベルダイの諸将を相手に西域(ハラ・ガヂャル)の話をしている最中であった。軽妙な語り口に諸将は笑ったり驚いたりとせわしない。


 話がひと区切りするのを待って声をかける。


「ゴロ殿、今日は貴殿のおかげで僚友(ネケル)二人の(アミン)が救われました。再度お礼(カリラ)を申し上げにまいりましたので、よろしければ(ボロ・ダラスン)を注がせてください」


 ゴロは(ヌル)を上げると笑いを収めて、じっとインジャの(ニドゥ)を覗き込んだ。僅かな沈黙のあと杯を干して言うには、


「偶然ですよ。礼には及びません」


「実はお話があります」


 インジャはゴロの杯を満たしながらそう前置きして、ナオルに書を持たせて神都(カムトタオ)(つか)わしてからのことを包み隠さず話した。そして、


「我々の浅慮でゴロ殿が苦境に(おちい)ったことについては弁解の余地はありません。深くお詫びいたします。しかしハツチは単に過日の礼を言いたかっただけのこと、決して他意があったわけではありません。あまり彼を責めないよう、それだけはお願いします」


 いつの間にか当のハツチもやってきて、横でうなだれている。インジャが話し終わるのを待って、さらに(テリウ)を垂れて言うには、


「インジャ様が謝ることではありません。すべてわしの書簡から起こったこと。わしは取り返しのつかぬことをしてしまった。どんな罰でも甘んじて受けよう。ただインジャ様には関わりないことだ。それだけは解ってくれ」


 インジャがまたそれを制して、


いや(ブルウ)過失(アルヂアス)は私にあります。迂闊なことを許した私が悪いのです。ハツチの誠心(チン)はゴロ殿もよく知るところ、私はその真情をも無にしてしまったのです」


 そう言って頭を下げる。ハツチも負けじと巨躯を折り曲げる。ゴロは冷ややかともとれる目で二人を見ていたが、やがて静か(ヌタ)に言った。


「顔を上げてください、居心地が悪い。だいたいもとはと言えば、ヒスワのような奸物を信じていた私がいけないのです。責められてしかるべきはこのゴロの盲目(ソコル)知恵者(セチェン)などと呼ばれていい気になっていたのが恥ずかしいくらいです。私が愚かだったばかりにみなに要らぬ心配をさせてしまった。こちらこそ申し訳ない」


 するとゴロは(にわ)かに平伏して(マグナイ)(コセル)に着けた。インジャもハツチもこれには意表を衝かれてあわてて助け起こす。


「何だ、悪いのは誰でもない。ヒスワとやらではないか」


 三人がはっと顧みると、マルナテク・ギィが笑みを浮かべて立っている。すっと傍ら(デルゲ)に腰を下ろすと、ゴロの(ムル)を叩いて、


「お前もたいした奸人を信じたものだなあ」


 ゴロは()じ入って答える術も知らないでいる。ギィは揶揄(からか)って、


「セチェンと呼ばれるほどの男を欺くとは、なかなかたいした奴だ」


「もうよい。私はセチェンと称されるのには懲りた」


 インジャとハツチは再度謝り、ギィはしきりに慰めた。そうこうするうちに上天(テンゲリ)が定めた宿運(ヂヤー)のおかげか、すっかり意気投合してしまった。


 互いに新たな知友を得たので大喜びで酒を酌み交わし、奸侫邪智の徒を罵り、憤怒(アウルラアス)はやがて草原(ミノウル)を憂える真情の吐露となった。英傑好漢が相集(あいつど)えば、そうなるのは理の当然というもの。


 ジュゾウ、マルケも(ドゥグイー)に加わり、いつの間にかベルダイの華アンチャイもギィの隣に端座して(チフ)を傾けている。


 するとどこからかアネクもやってきて、しばらくどこに座ろうか思案している様子だったが、きっと(フムスグ)(しか)めて怒ったような顔をすると、やっとインジャの(サーハルト)に、(ハツチを押しのけて)勢いよくすとんと腰を下ろした。


 座の誰も彼女の不可解な行動に気づくものとてなかったが、独り飛生鼠のみ目敏(めざと)くそれを見ていて内心おおいに笑った。

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