第 二 回 ③ <インジャ生誕>
ハクヒ朝に城外に学士に面会し
ムウチ夜に夢中に天王に拝謁す
それから数日後の夜半、ムウチは人の気配を感じて目を覚ました。見ると房室の外に、右手に弓を携え、左手に燭台を掲げ持った礼装の女が立っている。驚いて声も出せずにいると女が言うには、
「私は天王様の使いで貴女を迎えに参ったのです」
「……天王様の? お人違いではありませんか」
「いいえ、よろしいのです。天王様がお待ちです。こちらへいらしてください、さあ」
訝しく思いながらも、寝台を下りてあとに続く。
「天王様は何処にいらっしゃるのですか?」
「すぐそこにおいでです、さあどうぞ」
とて、ムウチを先に行かせる。言われるままに歩いていくと、女が突然その背中をどんと押した。
「あっ、何をするのです」
「ムウチ殿、落ち着いて周りをよくご覧なさい」
はっとして見渡せば、いつの間にか巨大なゲルの中にいる。目を瞠っていると女が言うには、
「もうすぐ天王様がお見えになります」
その言葉が終わらぬうちに前方の帳がさっと開いて、頭に冠を戴いた高貴と思しき女性が姿を現した。
「天王様、ムウチ殿をお連れいたしました」
言うのを聞いて、さてはあのお方が天王様とあわてて平伏する。
「ムウチ殿、顔をお上げなさい」
「はい」
恐る恐る顔を上げると、天王は優しく微笑んで、
「貴女のお腹の子についてひと言申しておきたいことがあったので、わざわざ来ていただきました」
「な、何でございましょう」
「貴女の子は、尋常のものではありませぬ」
「えっ? どういうことでございましょう!」
ムウチは思わず叫んでいた。天王は笑みを絶やすことなく変わらぬ調子で言うには、
「今、草原はおおいに乱れております。この乱を誰かが鎮めなければなりません。その誰かというのが、貴女のお腹にいる子なのです。よいですか、そのことを肝に銘じて育てなさい」
あまりに意外な言葉を聞いてムウチは頭がぼうっとしてしまい、さっぱりわけがわからなくなってしまった。天王はそれにはかまわず、左右の侍女を顧みると、
「例のものをムウチ殿に」
侍女は黙って頭を下げると奥に消えた。やがて盆に杯を載せて戻ってくると、それをムウチの前にそっと置く。
「ムウチ殿、さあお飲みなさい」
それはとても強い酒で、口に含むなりくらくらとして気を失ってしまった。
はっと気が付くとそこはもとの一室。すでに夜は明けていた。
何と不思議な夢、と呆然としていたところ、卒かに産気づいたのであわてて人を呼ぶ。エジシやハクヒもやってきてお湯を沸かしたり隣の婆さんを呼んだり、上を下への大騒ぎ。
終日苦しんだあげく、日も暮れかかるころになってやっと一人の子を産み落とした。
その瞬間にはこれもまた不思議なことに、辺りが眩いばかりの光に包まれたような気がした。また、偶々外から学究庵を見ていたものは、その屋上にゆらりと雲気が蟠り、さながら竜のごとくであったと興奮して語った。
ともかく無事に出産を終えたが、果たして御子が男女いずれであったかといえば、
「ご夫人、男の子でございます!」
ムウチは満足げに頷いたが、ハクヒの喜びようもひととおりではなく、まるでもうフドウ再興が成ったかのよう。
その夜は寝台を囲んで宴を張り、出産の無事を祝った。ムウチが夢に天王に会ったことを話すと、みな一様に不思議がったが、その話はこれまでとする。