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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
699/783

第一七五回 ③

四頭豹布石十全にしてガラコ()

衛天王豪勇無双なるもサチ殿(しんがり)

 諸将は僅かに集まってきた兵衆を(まと)めつつ、とにかく大カンを護らんとて個々に血路を開く。すでに陣形(バイダル)を整えるどころではない。ただただ群がる敵兵を退けて進むばかり。


 大ゲルの周辺は激戦の様相。ここでカントゥカが討ち取られたら、西原を一朝に失う。つまり(ブルガ)にとっては最大の好機(チャク)ということ。


 そのカントゥカは軍馬(アクタ)を得られず、自らの(フル)大地(コセル)に立っている。しかしあわてる風もないどころか、(アマン)の端には笑みすら浮かべている。(ガル)には戦斧。


「相手は一人だ、何をもたもたしている! 迅く討ち取れ!」


 敵の部将が絶叫する。応じて幾人もの兵卒が撃ちかかるが、戦斧が(ひるがえ)るたびにことごとく(たお)れ伏す。


 カントゥカは歩を進める。まるで周囲に誰もいないかのように、ゆっくりと歩きだす。その手がひらりと動くたびに、たちまち悲鳴とともに(むくろ)が増える。


「つ、強すぎる……!」


 あまりの猛勇(カタンギン)に敵兵は(ようや)く恐れ(おのの)く。


「囲め! 囲んで射よ! 射よ!」


 部将が(わめ)く。応じて兵衆は馬首を(めぐ)らし、弓を構えて狙いを定める。


「放てぇっ!!」


 数十本の矢がカントゥカを襲う。と見るや、さっと地を蹴り、ごろごろと転がって身を(かわ)す。そして横たわっていた屍を左手一本で(つか)み上げると、


「参るぞ」


 ひと言呟く。次の瞬間には何と屍を(ハルハ)にして、猛然と突進する。


「わわわ、来るぞ!! 射よ、射よ! 殺せ、殺せ!」


 敵兵はあわてて矢を放つが、躊躇なく突っ込む。一瞬たりとも足は止まらない。多くの矢は外れて地に落ちる。的中(オノフ)したはずの矢も、その掲げた屍に刺さるばかりで、かすり傷さえ負わせられない。


 ついに恐慌に(おちい)った兵衆の(ドゥグイー)に躍りこむ。盾とした屍を(なげう)って、当たるを幸い戦斧を振り回せば、腕が飛び、首が飛び、片端から殺戮(ムクリ・ムスクリ)する。敵兵はもはや部将の命令(カラ)も聞かず、みな我先に(ノロウ)を向ける。


「何だ、あれは……。鬼神(チュトグル)か、冥府(バルドゥ)の使いか……」


 呆然としていた部将の一人は、驚愕の表情を留めたまま首を()ねられる。カントゥカは初めてひと息()くと、やっとその馬を奪って騎乗する。


「どうした、もう終わりか?」


 手綱(デロア)を操って、低く問う。徒歩ですらあの人智を超えた剛勇、今や()()()()を得たからには、まさに(カブラン)が翼を得たようなもの。


 敵兵はわっと悲鳴を挙げて後退する。


 そこへ駆けつけてきたのは麒麟児ことシン・セク。動揺する敵を斬り散らして、カントゥカの側へ駆け寄る。さらにスク・ベク、サチ、カムカなどが次々に馳せ来たる。アサン、ボッチギンらも勇将に守られて集まってくる。


「大カン、ご無事ですか! 遅れて申し訳ありません」


 カムカが謝すれば、ふふんと笑って、


「俺を誰だと思っている」


 まったく動じる様子もない。勇を得た好漢(エレ)たちは、俄然(クチ)が湧く。娃白貂(あいはくちょう)クミフが(うなが)して言うには、


「とにかく脱出(アンギダ)しましょう、さあ」


 アサンが周囲を見回して、


「急火箭殿が見えぬようですが……」


 すばやくボッチギンが制して、


「捜している暇はない。天王(フルムスタ)様の加護を信じよう」


 たしかに言うとおりだったので、みな不安を押し殺して頷くしかない。カントゥカが(ヂャルリク)を下して、


(ヂェウン)に向けて退く」


 ボッチギンが(ニドゥ)()いて言うには、


「あちらは敵陣が(こと)厚い(ゾザーン)ように見えます。向かうなら西(バラウン)では……」


 顧みて何と答えたかと云えば、


「お前は忘れたか。俺の退却は敵を避けては行わぬ(注1)。自ら(モル)を開かぬものはここで死ね!」


 はっとするうちにも、カントゥカは馬腹を蹴って真っ先に駆けだす。将兵はあわてて追随する。一丸となって敵陣に突っ込むと、あとは無我夢中で得物を振るう。


 気がつけば包囲(ボソヂュ)を脱していた。もちろん兵の損耗は甚大。(したが)っているのは数百騎といったところ。何はともあれ、東を指す。




 そのころ本営(ゴル)にて戦況の報告を受けたムカリは、


「ほう、衛天王は東に向かったか。運の好い奴だ。西へ逃げてくれれば、幾重にも伏兵を配していたのだが、欺かれなかったようだな」


「いかがいたしましょう」


「どこまでも追え。衛天王はもとより、花貌豹でも麒麟児でも討つことができれば、西原は我らのものよ」


 直ちに四方に伝令が飛び、兵を併せて追撃に転じる。と、そこへ入ってきた色目人が揖拝(ゆうはい)して言うには、


「亜喪神様。大勝、おめでとうございます」


「おお、火焔郎君! このたびは遠路ご苦労であった。功績一等であるぞ」


「私などほんの微力を添えた程度。亜喪神様の軍略が優れていたのです」


「ふふふ、そうか? 火砲の威力、まざまざと見たぞ」


「これもカムタイのイェスゲイとやらが造った紅火砲の図面があればこそ。もとより私も火薬(ダリ)を操るものではありますが、あれには驚きました。よもや草原(ミノウル)にあれほどのものがあるとは」


 男の名はペルポル。紅百合社(ヂャウガス)の一員である。その渾名(あだな)が示すとおり、火薬の扱いに()けたもの。奇襲の開幕を告げた謎の砲撃こそ、彼が運んできた火砲のはたらきであった。

(注1)【俺の退却は敵を避けては……】第七 二回①参照。

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