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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
695/783

第一七四回 ③

インジャ帝号を改めて大原合罕(カハン)と為し

カノン叡慮を(はか)りて碧睛竜皇を救う

 エジシが苦笑して、


「どうやらご婦人方のほうが、よほど(ソルス)が据わっているようですね」


 すると、ソラがぎろりと(ニドゥ)(いか)らせて、


「そう言われては、好漢(エレ)たるもの退くわけにはいかぬ。俺も行くぜ」


 先ほどまでの丁重な言葉遣いも忘れて、腕を撫す。あわてたのはオンヌクド。


「待て、待て。草原のこと(ケエリイン・ウィレ)もままならぬというのに、西域(ハラ・ガヂャル)の遥か彼方の国家(ウルス)のことなど……」


 カノンが蛾眉を吊り上げて、


「うるさい子だね! 何も明日、ファルタバン朝? に乗り込もうってわけじゃないんだ。まずは人の(アミン)を救うことが第一(ネグ)じゃないか。あとのことは、そのときさ」


 オンヌクドは気圧(けお)されて(アマン)(つぐ)む。代わってずっと黙考していたトオリルが言うには、


「よろしいか。一丈姐(オルトゥ・オキン)(オロ)は尊ぶが、中原に王太子らをお連れしたとして、ひとつ難題がある」


「何さ?」


「黄鶴郎はもとより、おそらく王太子も言葉(ウゲ)が通じぬ。太師は西域の語を通じて会話できるが、中原にそのようなものがあったか」


 それを聞くと、カノンはどうしたことか不敵な笑みを浮かべて、


「そんなことかい。ならば懸念は無用だよ。西域の言葉なら、少し解る」


 居並ぶものはジュゾウを除いて等しく驚く。そのジュゾウ独りがにやにやして、


「何という奇遇。これぞテンゲリの配剤、まさに命運(ヂヤー)だな」


「どういうことだ?」


 ソラの問いに答えて語った顛末(ヨス)は以下のとおり。


 先に神都(カムトタオ)がインジャに降ったことを受けて、カムタイに在った銀算盤チャオは、故郷である神都(カムトタオ)に帰った。両城を物心ともに結んで、さらに往来を盛んにするためである。


 チャオは一人の側使い(エムチュ)を伴った。色目人の青年(ヂャラウス)である。それを知ったカノンが、たびたび訪れて言葉を習ったもの。まだ一年にもならぬほどだったが天稟(てんぴん)(注1)に恵まれたらしく、瞬く間(トゥルバス)にある程度は喋れるようになったという。


 みな、ほうと嘆声を漏らす。カノンは揖拝(ゆうはい)して言うには、


「とはいえ、まだ日常の用に足りるかどうかといったところ。このたびは、太師様が語学に堪能と伺ったので、直に教えを請わんとて参ったのです」


 するとハリンもまた進み出て、


「私は西域ではなく、中華(キタド)の言葉を教わりたいとて参りました」


 コテカイはと云えば、


「西域の民族(ウンデス)には、また独自の文字(ウセグ)があるとか。私はそれを知りたいと思って参りました」


 つまりいずれもエジシに入門するべく来たのである。当のエジシは(ニドゥ)を円くして言った。


「おやおや、驚きました。ハーンのお許しを得ているのであれば、(こば)道理(ヨス)がありましょうや。学びたいという志を(とざ)すわけにはいきません」


 三人の女丈夫は(ガル)を取り合って喜ぶ。


「それはそれとして、だよ」


 カノンが真っ先に話を戻す。ガネイにセトを呼ぶよう(うなが)すと、ヒラトに向き直って言うには、


「時は貴重です。みなさまは(ソオル)について(はか)ってください。王太子のことは外で別途話します」


「ようし、心得た」


 ソラが真っ先に出ようとするのを、ジュゾウが制して、


阿呆(アルビン)め、先に己が言ったことを忘れたか。お前は紅火将軍(アル・ガルチュ)とともに援軍となるのだろう」


「そうであった! 黄鶴郎とやらに助力(トゥサ)して、好漢としてあるべきを示したかったのだが……」


「そちらは一丈姐に(まか)せておけ。お前が援けるのはウリャンハタだ」


 たちまちおとなしくなる。ジュゾウもオルドに戻って復命せねばならぬ。ハリンやコテカイは文人にて危地に送るわけにはいかぬ。


 そうやって人を選んでいくと、結局のところ自由(ダルカラン)に動けるのは、カノン、ガネイ、オンヌクドの三人のみ。


「まあ、人数が少ないほうが目に付かなくていいんだよ」


 カノンは臆する色もなく、笑いながらオンヌクドの(ノロウ)を押して戸張(エウデン)をくぐる。ちょうどガネイがセトを連れて戻ってくる。その気品ある美しい容姿(クナル)を見たカノンたちは、おおいに感心する。早速、話しかけて、


「あなたが黄鶴郎だね。私はカノン。王太子を助ける。草原(ミノウル)にインジャ様という名君がある。きっと運が開ける」


 セトはみるみる愁眉を開いて、


「ありがとう。君たちは恩人だ」


 ガネイがわっと歓声を挙げて、嬉しそうに言うには、


「今のはわかった気がする! ありがとう(バヤルララ)って言ったんでしょ? ねっ!」


 カノンはこれを抱きしめて言うには、


そうだよ(ヂェー)、妖豹姫は賢い(オキン)だね!」


「賢くないよ! 言われたことないよ!」


「じゃあ、行こうか。『善事は矢のごとく』だ」


 四人は一旦別れて、旅装を整える。替馬(コトル)やら糧食(イヂェ)やらはガネイが用意する。カノンは、ヒラトたちに出立することを告げる。ジュゾウに言うには、


「ハーンにこのことを忘れずに伝えるんだよ。ひと月のうちには帰るからね」


承知した(ヂェー)。しかしもし軍師あたりが異議を唱えて、ジョルチでは王太子を容れぬと決したらどうする?」


「ありえない。そんなことになったら裸で踊ってやるよ」


 ジュゾウはぎょっして目を()らすと、


「そういうことを言っているのではない。王太子たちをどうするかと訊いたんだ」


「戯言に決まってるじゃないか。もしものときは、ひとまず獅子(アルスラン)殿か、超世傑殿に預けて時機(チャク)を待つ。……何だい、赤くなってるよ」


「うるさい! とっとと行け(ヤブ)!」

(注1)【天稟(てんぴん)】天から授かった資質。生まれつき備わっている優れた才能。天賦。

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