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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
694/783

第一七四回 ②

インジャ帝号を改めて大原合罕(カハン)と為し

カノン叡慮を(はか)りて碧睛竜皇を救う

 エジシが予測(ヂョン)したとおり、中原からの使節が着いたのはその翌日。すなわち飛生鼠ジュゾウ、赫彗星ソラ、奔雷矩(ほんらいく)オンヌクドの三人が、援軍について(はか)るべくやってきた。


 それとは別に、なぜか一丈姐(オルトゥ・オキン)カノン、赫大虫ハリン、嫋娜筆(じょうだひつ)コテカイが同行している。


 ジュゾウは、ヒラトのもとにエジシと百万元帥トオリルの姿(カラア)を見て、おおいに喜ぶと言うには、


「いろいろと報せを持ってきましたぜ。ぜひともに聴いてください」


 もちろん否やはなく、端座して(チフ)を傾ける。そのもたらした報せとは、まだ(ゾン)になる前の話。ある(ウドゥル)、タムヤから通天君王マタージ・ハンがオルドに至る。獬豸(かいち)軍師サノウと(はか)って上奏して言うには、


「今やハーンは、ただジョルチ部のハーンというに留まりませぬ。麾下を見渡せば、神箭将(メルゲン)をはじめ、超世傑、獅子(アルスラン)金杭星(アルタン・ガダス)、そしてこのマタージと幾人ものハンやカンがお仕えしております。また先にはヴァルタラ様がボギノ・ジョルチのハンとなられました。もはや『ジョルチン・ハーン』の(ツォル)は、その尊貴に足りませぬ。改めて相応しい称号をお定めになるのがよろしいかと存じます」


 インジャは驚いて、


「称号のことなど考えもしなかった。殊更(ことさら)に己を飾ろうとは思わぬが……」


 するとサノウが(アマン)を開いて、


「名と実を合致させることは治世の根本(ウヂャウル)です。みながハーンの号を避けて単にハン(あるいはカン)と称しているのは、畏れながらハーンが、ジョルチのみならず傘下のあらゆる部族(ヤスタン)氏族(オノル)に、等しく恩沢を施すことを望んでいるからです。ところが名号が今のままでは、あとから加わったものがまるでジョルチの下位に在るかのような印象を与えるでしょう。それではかえってハーンの宸慮(しんりょ)(注1)に(そむ)くのではないかと愚考いたします」


 インジャは感心して、


「なるほど、道理(ヨス)がある。では何とする」


「ハーンのお許しがあれば、臣らが話し合って、嘉号を推薦させていただきます」


 たちまち許されて討議に入る。数日後にうち揃って現れると、(おごそ)かにその名を奏する。初めインジャはやや困惑して、


「そのような大仰な名、世間(オルチロン)から(わら)われぬか」


 マタージが恭しく拝礼して言うには、


「何をおっしゃいます。これ以上に相応しい名はありません」


 そこでナーダムの吉日に、黄金の僚友(アルタン・ネケル)を集めて式典を催した。もちろん前線で(ブルガ)と対峙しているものや、ボギノ・ジョルチなど遠方(ホル)のものは参加していない。公表されたその称号とはすなわち、


  ミノウル・ハーン(大原大合罕)


 読んで字のごとく、あまねく草原(ミノウル)を治めるハーンの意。これによってインジャは、名実ともに「ハーンの中のハーン」、もしくは「諸ハンのハーン」となった。


 かつて神威将軍ハクヒが願ったことが、ついに実現したことになる(注2)。これを聞いた人衆(ウルス)は嗤うどころか、おおいに喜ぶ。また式典に参加できなかった僚友(ネケル)たちも等しく祝杯を上げた。


「……といった次第です。ウリャンハタの大カンにもすぐ知らせようと思ったのですが、亜喪神がメンドゥ(ムレン)を渡ったこととて(チャク)を逸してしまいました。何とぞ非礼(ヨスグイ)をお(ゆる)しください」


 ジュゾウはそう言って(テリウ)を下げる。ヒラトはあわてて助け起こすと、


「何の、めでたいことではありませんか。大カンに代わってお慶び申し上げる」


 またソラが進み出て言うには、


「我がハーンは、今後も変わらぬ友誼(ナイラムダル)を望んでおいでです。まもなく紅火将軍(アル・ガルチュ)とこの私が、兵を率いてメンドゥ(ムレン)を渡ることになっております。(ソオル)の趨勢によっては、さらなる援軍も惜しみませぬ」


「おお、ありがたい! 四頭豹め、梁や西域(ハラ・ガヂャル)から大軍を招きよった。今や双城の周りは敵兵で溢れている有様だ」


ええ(ヂェー)概要(トブチャアン)は聞いております」


 答えたのはオンヌクド。ヒラトがさらに言うには、


「もしやすると、ファルタバン朝も大軍を送り込んでくるかもしれぬ」


「今、何と?」


 中原の好漢(エレ)たちも、西方の大国の名は聞いたことがなかった。ガネイがここぞとばかりに話しはじめようとしたのを制して、エジシがセトの一件を語って聞かせる。ジュゾウたちは唖然として、ただ(ニドゥ)を白黒させる。


 ずっと黙って控えていたカノンが、(にわ)かに大声で言うには、


「そのような非道、我がハーンが聞いたら、放っておくわけがありません!」


 ジュゾウたち男どもは、ぎょっとしてこれを顧みる。カノンは、激昂(デクデグセン)して身を震わせつつ続けて、


「黄鶴郎とその主君(エヂェン)である王太子、必ずこれを助けて我がハーンの庇護を仰ぎましょう!」


 オンヌクドがあわてて、


「そのような大事、ハーンや軍師に(はか)ってからでなくては……」


「お黙りなさい! 古言にも『義を見て()ざるは勇なきなり』と謂うではありませんか。考えるまでもありません。きっとハーンもお喜びになります」


 ガネイは我が意を得たりとばかりと満面の笑みを浮かべて、


「さすがは姐さん、エミルもそう言ったんだよ! 行こう!」

(注1)【宸慮(しんりょ)】天子の心、考え。


(注2)【神威将軍ハクヒが……】インジャたちがミクケルの軍勢に囲まれたとき、ハクヒが密かに身代わりとなって死ぬ決意を固めて、まだ族長(ノヤン)に過ぎなかったインジャに「ただ一人の大ハーン」となるよう言い遺した。第二 五回②参照。

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