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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
693/783

第一七四回 ①

インジャ帝号を改めて大原合罕(カハン)と為し

カノン叡慮を(はか)りて碧睛竜皇を救う

 さて、風雲急を告げる西原。周到な四頭豹ドルベン・トルゲの奸謀に、好漢(エレ)たちは翻弄されるばかり。亜喪神ムカリがイシを包囲(ボソヂュ)した隙に、梁軍がカムタイを制したのみならず、ウラカン氏のフフブルは(にわ)かに叛して麒麟児シンの兵を撃つ。


 花貌豹サチは試しに寡兵をもってムカリを攻撃してみたが、その成長ぶりに驚いてオルドに早馬(グユクチ)を送る。


 (ナマル)になって衛天王カントゥカは親征の途に就く。これで劣勢を挽回できるかと思いきや、ウルイシュや吸血姫ハーミラに率いられた西域(ハラ・ガヂャル)諸国の連合軍が、東進して敵軍(ブルガ)に加わる。


 まさに「遠交近攻」、ウリャンハタに決してセチェンがないわけではなかったが、誰一人としてその「交を伐つ」ことに思い至らなかった。


 そんなときに留守陣(アウルグ)を守る潤治卿ヒラトのもとに、妖豹姫ガネイが訪ねてくる。彷徨していた色目人を救ったところ、その男は何やらわけありで大カンに伝えたいこともあると言う。


 ところが言葉(ウゲ)が通じない。さすがのヒラトも(テリウ)を抱えていたところに、諸言語を()くする太師エジシが現れる。すべてはテンゲリの定め、おかげで意思(オロ)が疎通できたので、彼が何ものか判明する。


 すなわちファルタバン朝の王太子の近臣、名は黄鶴郎セト・イジュン。王位を狙う王弟のシールッディーンに追われて難儀していたところを、ガネイに救われたのであった。


 しかし事情(アブリ)を知ったヒラトは瞠目したまま何も言えなくなる。一方のガネイは、


「すぐに助けに行かなきゃ! 王太子様は今どこ?」


「とある渓谷(ヂェブル)に身を潜めているとか」


「えーっ、そこは見つからないところ? 糧食(イヂェ)は?」


 エジシがガネイの問いを訳せば、セトはゆっくりと首を振る。しかとは判らないということらしい。


「じゃあ、急がなきゃ! もう幾日も放ってあるよ!!」


 しかしヒラトはすぐには(がえん)じない。ガネイはその腕を両手で(つか)んで揺さぶりながら訴えて、


「何で迷ってるの!? こういうときに助けるのが好漢ってものじゃないの!?」


 苦渋の表情で答えて言うには、


「しかし、今の我々には王太子を庇護しきれる余力はない。またセト殿を疑うわけではないが、その主張をすべて信じることも躊躇(ためら)われる」


 ガネイは(ヌル)を真っ赤にして、


「そういうところが潤治卿のいけないところだよ!! セトさんがどういう人か、言葉が通じなくても解るよ!」


 エジシが間に入って二人を(なだ)める。そして言うには、


「妖豹姫殿。潤治卿殿の担う重責(アルバ)を思えば、慎重にならざるをえないことを解っておやりなさい」


「だけど……」


 ガネイはどうにも得心しない。と、セトが何やら言いかける。エジシが向き直ってあれこれ問えば、切迫した調子で訴える。それを聞いたエジシは俄かに青ざめた。不審に思ったヒラトが尋ねて、


「どうされましたか?」


「猶予ならざる事態です。セト殿によると、どうやらシールッディーンは東征を企図していた風があるとか」


「まさか!」


「それがウリャンハタまで達するものかどうかは判りません。しかし万が一のこともある。大カンに伝えようとしたのは、まさにそのこと」


「聞けばファルタバン朝は千里の彼方。大軍を送るには遠すぎましょう」


 ヒラトは半信半疑の(てい)だったが、エジシが言うには、


「途上にある西域諸国が助力(トゥサ)するのであれば、決してありえない話ではありません。大カンに報せておくべきでしょう。亜喪神と対峙している後背を奇襲されては、さすがの衛天王も苦戦は必至」


「信じがたい話ですが、太師殿がそうおっしゃるのであれば……」


 ヒラトはしぶしぶ早馬を手配せんとて、席を立つ。それを見送ると、ガネイがエジシをじっと視て言うには、


「太師様! エミルは必ず王太子様を救ってあげたいよ。どうしよう?」


「遺憾ながらウリャンハタも、我がボギノ・ジョルチも、(クチ)をお貸しすることは難かろうかと思います」


「何で!?」


 エジシは噛んで含めるように言った。


「ここで王太子をお救いするということは、(アミン)をお助けするだけに留まらぬかもしれません。すなわち、ファルタバン朝の王位争いへの関与、介入に同意するということです。とてもではないが我々の(ガル)に余ります」


「でも!」


「妖豹姫殿の誠心(チン)はよく存じております。私とて(エブル)に入った窮鳥を手を(こまぬ)いて見棄てるつもりはありません」


「えっ……?」


「西原にてお護りできなければ、さらに大なるものを(たの)むべきです。この草原(ミノウル)には、窮したものを決して放っておかない大義の方があるではありませんか」


「ああ、解った! 太師様がおっしゃっているのは……」


ええ(ヂェー)。中原の義君インジャに(はか)ってみましょう」


 ガネイは小躍りして喜ぶと、セトの(ムル)を幾度も()って、


「インジャ様ならきっと助けてくれるよ! 良かったねえ!」


 セトは話が見えないので、どんな顔をしてよいやら解らぬ様子。ちょうど戻ってきたヒラトもきょとんとしている。エジシがちらと虚空を見上げて、


「さて、中原からもそろそろ誰か参ってよいころですが……」


 呟いたが、くどくどしい話は抜きにする。

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