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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
691/783

第一七三回 ③

サチ干戈を交えて喪神の血統に(おどろ)

ガネイ貴紳を救いて太師の才華を歓ぶ

 カントゥカが親征の途に就くころには、(ナマル)になっていた。二万騎が一斉に南下、サチとの合流(べルチル)を図る。


 イシの包囲(ボソヂュ)は変わらず続いている。チルゲイが外敵に備えるよう警鐘を鳴らしたおかげで、まだ糧食(イヂェ)などは足りているが、いつまでもあるわけではない。早急に解放しなければ、いずれ必ず尽きる。


 ムカリの兵は約四万。これまでサチの手許(てもと)には、二万騎があるだけだったので自重していた。カントゥカと兵を併せれば四万騎。これにイシの守兵一万騎(トゥメン)を加えれば、(ブルガ)を上回る兵力をもって、(バラガスン)の内外から挟撃することができる。


 ところがこの目算もあえなく外れることになる。秋に増強されたのは敵人(ダイスンクン)も同じであった。中原からではない。兵を供出したのは、西域(ハラ・ガヂャル)盆地(トグム)やら(テンギス)やらに点在する小国群。


 四頭豹の(カラ)を受けたウルイシュが、各国を巡って連合軍を組織、自ら大将となって帰還したのである。その数、歩騎併せて一万数千。彼らはまずカムタイの城外に野営、そのあと吸血姫ハーミラたち紅百合社(ヂャウガス)の将領の下に再編されてイシを指す。


 到着した隊から展開して、次第にムカリの兵と交替する。草原(ケエル)の兵と違って、彼らは柵を立て、塁を築き、(あな)を掘って(デム)を固める。


 城壁(ヘレム)からこれを望んだカトメイたちは、瞠目して眺めているばかり。チルゲイもまた顧眄(こべん)(注1)しつつ言うには、


「ははあ。梁のみならず、色目人まで連れてくるとは。いよいよ窮したぞ」


 そう言いながらどこか呑気な様子。ミアルンが不安げに言うには、


「奇人殿は(セトゲル)に余裕があるように見えますが、何か策がおありですか」


「ん? ない、ない。あわててはいないが、策もない」


 愕然としていると、蒼鷹娘(ボルテ・シバウン)ササカが、


「この男はちょっとおかしいのさ。まともに相手をすることはないよ。ときに色目人の兵がこんなところまで来ているということは……」


然り(ヂェー)。西城はとっくに落ちている」


 それを聞いて、みな悄然として溜息を()く。カトメイが勇を鼓して、


「きっと大カンや丞相(チンサン)(注2)が救援に来る。それまで必ず守り抜く」


 チルゲイは軽く頷くと、カコを顧みて、


(かえり)みれば、最初に雪花姫(ツァサン・ツェツェク)が『上兵は謀を伐つ』と教示してくれたのに、私は活かすことができなかった。そのあとの『交を伐つ』(注3)ことこそ肝要だったのだ。四頭豹が招いた華人(キタド)、色目人、そして叛賊。我らは蒙昧(ハラング)に過ぎて、どれひとつとして伐てなかった。今日の苦境もまたやむなし」


 カコは僅かに(フムスグ)(ひそ)めて、


「らしくもない。あなたはこれまで、そこを何とかしてきたのではないですか」


「あっはっは、まったくだ。さすがは雪花姫、(かな)わないな」


「さあ、武については竜騎士殿たちに(まか)せるしかないのです。あなたは(タルヒ)(ヘル)戦う(アヤラクイ)方なのですから」


 そう言うとヤザムを伴って、チルゲイの(ノロウ)を押すようにして城内へ戻ったが、くどくどしい話は抜きにする。




 さて、ガネイである。出征前にオルドを訪ねたが、カントゥカに(まみ)えることはできず、ボッチギンによって追い返されてしまった。将兵がことごとく発ってひと息()いたころに、やっとヒラトに会うことができた。


「どうした、妖豹姫」


 ガネイは憤懣やる(かた)ない様子で、


遠い(ホル)ところから来たのに、だいぶ待ってもらったんだよ」


「何の話をしている。誰か来ているのか?」


「来てるよ! 大カンに会わせたかったんだけど、渾沌郎君が……」


 ヒラトは辟易(へきえき)しつつ制すると言うには、


「わかった、わかった。で、それはどこの誰なんだ」


「判らない。遠く。たぶん西(バラウン)のほう」


 呆れて一瞬、言葉(ウゲ)を失う。気を取り直して言うには、


「……判らないということはないだろう。客人(ヂョチ)の名は?」


 小首を(かし)げて、


「ええと、たぶんセト」


「たぶん? お前の話はよく解らん」


 途端にガネイはむくれて、


「だって言葉が少ししか通じないんだもん」


「何と。異国(カリ)のものなのか。色目人か?」


そう(ヂェー)! 見たことのない髪の色だよ。白金(ツェゲン・シラ)って云うのかな、光り輝いて眩しいくらい」


 ヒラトは驚くとともに容易ならざるものを感じて、やや身を入れて経緯(ヨス)を訊ねる。思いつく端から語るガネイの話を、辛抱強く聴いて(ようや)く判明したことを(まと)めればこうである。


 ある(ウドゥル)、ガネイが新馬(エムネグ)調教(ボウリ)していると、痩せ馬に(また)がったその男がふらふらとやってくるのに()った。


 見るからに憔悴して、食事も満足にしていない様子。あわててこれを助けて帰る。あれこれ尋ねたが、どうも要領を得ない。とりあえず食事を与えて休ませる。


 少し落ち着いたので、夫のイドゥルドとともに僅かに通じる片言を繋ぎ合わせてみれば、どうやら主人(エヂェン)とともに悪人に追われて逃げてきたようだ。


 男はウリャンハタの大カンに助力(トゥサ)を求めるべく、主人と別れて長躯してきたらしい。ただ仔細については何を言っているかよく判らない。何やら大カンにも伝えたいことがあるようだったが、ただ切迫している気配が伝わるばかり。


 とにかくオルドへ連れていけば良い智恵もあるだろうと思ったが、ボッチギンに追い返されたことは先に述べたとおり。


 ヒラトはううむと唸ると、しばし黙考する。

(注1)【顧眄(こべん)】あちらこちら辺りを見回すこと。


(注2)【丞相(チンサン)】ウリャンハタにおける人臣の最高位。聖医(ボグド・エムチ)アサンのこと。


(注3)【交を伐つ】(次善の策は)敵の同盟や友好関係を断つことである、という意味。

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