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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
690/783

第一七三回 ②

サチ干戈を交えて喪神の血統に(おどろ)

ガネイ貴紳を救いて太師の才華を歓ぶ

 手はずが整ったので、サチは進発を告げる。独り呟いて言うには、


「おそらく亜喪神は十年前の小僧(ニルカ)ではないだろう。実地に()るにしくはなし」


 選び抜かれた二千騎は、勇躍(ブレドゥ)して馬腹を蹴る。慎重に接近(カルク)して、(ブルガ)の対応を観る。ムカリはイシの包囲(ボソヂュ)を緩めることなく、巧みに兵を分かってサチを迎撃する。自ら突出することなく、部将を差し向ける。


 しばしの間、(バラウン)(ヂェウン)へ駆け回っていたが、ほどなく退却の(カラ)を下す。ムカリも執拗に追うことはせず、すぐに兵を退く。


 サチは馳せ戻りつつ、スクに尋ねて、


一角虎(エベルトゥ・カブラン)、あれをどう看た」


「ううむ。すぐには信じられないが、名将の差配であった」


「やはり」


 言葉少なに答えて駆ける。(トイ)に戻ると、みなに告げて言うには、


「ムカリめ、とんでもない将になったぞ。あれはまるで喪神鬼(注1)だ」


 シンがおおいに驚いて、


(ウネン)か! 喪神鬼といえばウリャンハタに冠たる名将。あれは不肖の(クウ)と思っていたが……」


「その記憶はむしろ消したほうがいい」


 そう言うとすぐに後退を命じる。敵人(ダイスンクン)が容易ならぬものと判った以上、寡兵で留まるべきではない。


「竜騎士たちには悪いが、我々だけではどうにもならぬ。大カンに実情(アブリ)を報せて聖断を仰ぐ」


 これには誰も異論がない。サチは頷いて、内心おもえらく、


「先の攻撃は小なりといえども城内から見えたはず。一応、友軍(イル)が近くにいることは伝えたのだから、きっと勇を得て守りきってくれるだろう」


 数十里も退き、守るに易い(ガヂャル)を選んで陣を()いた。




 それから数日。たしかに援軍の(セウデル)を見て、イシの城内は沸いた。守兵の士気は高まり、人衆(ウルス)の不安もやや鎮まる。しかし雪花姫(ツァサン・ツェツェク)カコは、奇人チルゲイに尋ねて言うには、


「どう思われます?」


「ううむ、情勢はあまりよろしくないな」


「やはり……」


近く(オイル)まで花貌豹が来ているのは疑いない。しかし兵が足りないのだ。敵情を測るべくしかけたが、以後動きがないのはそのためだ」


 ヤザムもまた憂いを(たた)えて、


「むしろ敵の兵が増えたようですが……」


「それよ。中原から援軍が来たとは考えにくい。梁兵でもない。きっと造反したものが加わったのだ」


「奇人殿の予測(ヂョン)()たってしまいましたね」


 カコが言えば、おもしろくなさそうに答えて言うには、


「外れてくれてよかったんだが。ついでに嫌なことを推測すれば、花貌豹の兵が足りないのは、叛徒に襲われてこれを失ったからだろう」


「何という……」


 カコは言葉(ウゲ)を失う。代わってヤザムが尋ねて、


「カムタイは、無事でしょうか」


「どうだろう。良いように考えれば、花貌豹たちは先にカムタイの救援に向かったのかもしれない」


「ああ、きっとそうですよ!」


 しかしチルゲイは浮かぬ顔。カコが見咎(みとが)めて、


「どうかされましたか?」


いや(ブルウ)、何でもない。とにかくここにいるうちは、(バラガスン)を守るよりほかにできることはない。せいぜい城外の変化によく(ニドゥ)(くば)っておくことだ」


 二人の賢婦は揃って頷いたが、この話もここまでとする。




 相次ぐ急報に、衛天王カントゥカのオルドは上を下への大騒ぎ。聖医(ボグド・エムチ)アサンが進言して、


「南方の形勢は急を告げております。もはや一刻の猶予もなりません」


「どうすればよい?」


「ここは大カンの親征を」


うむ(ヂェー)(みずか)()きて亜喪神を駆逐してくれよう」


 たちまち勅命(ヂャルリク)は下って、二万騎が動員される。留守陣(アウルグ)は潤治卿ヒラトに託される。また渾沌郎君ボッチギンが言うには、


「敵は華人(キタド)や色目人の増援を得ております。我らも(なら)うべきです」


「倣うとは?」


(ホイン)の王大母と胆斗公(スルステイ)、また中原の義君に助力(トゥサ)を請うべきです。この(ソオル)は長くなりそうです。今から手を講じておいたほうが」


「よろしい」


 応じてすぐに早馬(グユクチ)が放たれる。


 あわただしく出征の準備を進めているところに、ひょいと(ヌル)を出したものがある。すなわち妖豹姫エミル・ガネイ。ボッチギンが険しい顔で、


「ああ、妖豹姫。今はお前の相手をしている暇はないのだ」


 ガネイは(ハツァル)を膨らませて、


忙しい(ザウグイ)のは知ってる。でもエミルだって用があって来たんだよ」


「それは急ぎか」


 首を(かし)げて小考すると、


「たぶん。でもよく判らない」


「ならばまたにしてくれ!」


 ボッチギンは目を()いて(ダウン)を荒らげる。しかしすぐにはっとして、


「大声を出して悪かった。我らが発ったあと、ゆっくり潤治卿に(はか)れ」


 ガネイはやや不満そうだったが、やがて頷いてその場を辞す。

(注1)【喪神鬼】名はイシャン。ムカリの(エチゲ)。ミクケルの中原遠征の先鋒となってインジャらを苦しめた。第二 五回①ほか参照。サノウの計略によって落命した。第二 九回①参照。

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