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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
689/783

第一七三回 ①

サチ干戈を交えて喪神の血統に(おどろ)

ガネイ貴紳を救いて太師の才華を歓ぶ

 さて、(ゾン)になると、亜喪神ムカリがイシを包囲(ボソヂュ)した。竜騎士カトメイたちは予想(ヂョン)していたこととて守禦(しゅぎょ)は万全であったが、そこに素蟾魄(そせんぱく)ヤザムが訪ねてきて「声東撃西の計」を説く。


 すると奇人チルゲイは俄かに驚いて、四頭豹ドルベン・トルゲの真の奸謀に想到する。すなわち隙を突いてカムタイに梁兵を派し、これを落とすというもの。


 あわてて矮狻猊(わいさんげい)タケチャクと娃白貂(あいはくちょう)クミフを()って危急を伝えることにする。鉄将軍(テムル)ヤムルノイが援護して包囲の(ドゥグイー)から逃れさせんと試みれば、二人は無事に脱出(アンギダ)したが、ヤムルノイは敵中に孤立して命旦夕に迫る。


 そこへ白日鹿ミアルンが躍りこんで、やっとのことで救い出す。城内に戻った好漢(エレ)たちは、ただテンゲリの加護を祈るばかり。


 しかし、カムタイはすでに落城していた。


 紅百合社(ヂャウガス)の吸血姫ハーミラと、梁の征胡将軍・石元正が、約五万の兵をもってシータ(ダライ)を越え、瞬く間(トゥルバス)にカムタイを攻略する。知事(ダルガチ)一角虎(エベルトゥ・カブラン)スクは、為す術もなく退去して、麒麟児シンを(たの)む。


 そのシンもまた奸計の(チルメ)とらえられていた。ウラカン氏のフフブルが(にわ)かに叛して、後背から急襲したのである。散々に追われて、(ようや)戦列(ヂェルゲ)を立て直そうとしていたところ。とてもカムタイを奪還する余裕はない。


 ともかくオルドと花貌豹サチに早馬(グユクチ)を放って窮状を訴える。そうしているところへクミフがやってきた。ひととおりスクたちの無事を喜ぶと言うには、


「矮狻猊はまだ西城付近に留まって、一角虎たちの安否を(しら)べている。捜しだしてこちらに来るよう伝えよう」


 すぐにも行こうとするのを制したのは知世郎タクカ。言うには、


「フフブルがその後どうしているか、できれば探ってきてくれないか」


 クミフは快諾して去る。


 シンたちはさらに(はか)って、サチと兵を併せるべく発つ。合流(べルチル)してクリエン(注1)を形成すると、諸方からの連絡を待つ。


 まず現れたのは、急火箭ヨツチ。次いで牙狼将軍(チノス・シドゥ)カムカ。いずれも手勢を率いている。オルドから急報を受けて駆けつけたもの。


 やがてクミフもタケチャクを連れて戻ってくる。二人は新たな情報をもたらす。ひとつはカムタイについて。太守となったのは梁の石元正。光都(ホアルン)と同じく、改称して「沙州城」となる。つまり梁軍は兵を返すつもりがないということ。


 次にフフブルは、シンを襲ったのちすぐにムカリのもとへと走った。どうやらその中軍(イェケ・ゴル)には、ミクケルの遺児ヂュルチダイがあるらしいことも判った。


 というのは、不遇を(かこ)つ諸氏族(オノル)に離叛を(うなが)す密書を偶々(たまたま)入手したからである。これはすぐにオルドへ送られる。


 この密書に応じたものか、イギタ氏もまた兵を(まと)めてムカリに投じる。これによってイシを囲む兵は四万を優に超えることになった。もはや周辺は敵人(ダイスンクン)ばかり、さながらイシは大海(ダライ)に浮かぶ小舟のような有様。


 神道子ナユテが唸って、


「電光石火とはまさにこのこと。一朝にして版図(ネウリド)の南半を制されるとは」


 シンが眉間に皺を寄せて、


「おい、神道子! 知恵を出せ。竜騎士たちを救わねば」


「ううむ。奇人があれば何か良策を思いつくこともあろうが、いかんせんあの男も東城の中だ。これは良くないぞ。四頭豹の奸計がこれで尽きたとも限らぬ。奴ならひょっとしたら考えがあったかもしれんが」


「いない奴のことを言ってもしかたあるまい」


 そこでサチが(アマン)を開いて言うには、


「こちらの兵も増えた。一度、亜喪神と干戈を交えてみよう」


 瑞典官イェシノルが青い(ヌル)で、


「増えたとはいえ、我が軍はまだ二万ほど。大カンの勅命(ヂャルリク)を待つべきではないか。迂闊に兵を動かして損耗するようなことがあれば……」


「私はこれでも大将軍。兵事について迂闊なことはしない」


 断乎たる調子で言えば、イェシノルははっとして非礼(ヨスグイ)を詫びる。サチもそれ以上気にする風でもなく、淡々と(カラ)を下しはじめる。この攻撃はあくまで敵情を測るためのもの。よって進退の合図を誤らぬよう徹底する。


 二万騎はうち揃って南下、適当な地形を選んで布陣する。誰が一隊を率いてしかけるかと云えば、何とサチが自ら赴くと言う。ヨツチが不満げに言うには、


「俺に行かせてくれ」


 するとサチは冷眼を向けて、


「急火箭はこの任務(アルバ)に向いていない」


「何だと!? (まか)せておけ。隙あらば竜騎士と呼応して、包囲の一角を崩してくれようぞ」


 サチはしばらく無言でヨツチの顔を眺めていたが、言うには、


「……そんなことを言うようでは、ますます行かせられない。待機しておけ」


 愕然とするヨツチを、笑破鼓クメンが大笑いしながら宥める。


 サチが率いるのは二千騎ほど。イシを囲む兵が四万を超えていることを思えば少なく感じられるかもしれないが、これはあくまで敵情視察。あまり多い兵を連れていると、かえってまことの会戦になりかねない。そうしないための寡兵である。


「少し手を合わせたら、すぐに退く。麒麟児と牙狼将軍はそれぞれ一隊を率いて途上に待機。私が退いたら、それを援護してほしい」


承知した(ヂェー)


「一角虎はともに来たれ。己の(ニドゥ)で確かめよ」


心得た(ヂェー)

(注1)【クリエン】複数のアイルの集団から成り立つ部落形態。主に軍団の駐屯に際して形成され、遊牧形態から戦闘形態への転換が容易である。圏営、群団などと訳されることもある。単位は「翼」。

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