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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
687/783

第一七二回 ③ <ミアルン登場>

素蟾魄(そせんぱく)自ら()べてチルゲイの思慮を補い

白日鹿(たちま)ち出でてヤムルノイの危急を救う

「何ですって!? 異国(カリ)からってどういうこと?」


 ササカが真っ先に(ダウン)を挙げる。チルゲイは答えて、


「先に四頭豹が光都(ホアルン)を奪ったとき(注1)は、梁の援兵数万を使った。それを渡すためにカオロン(ムレン)に橋まで架けた。私はそれを知っていたはずなのに、まるで考慮に入れていなかった。余剰の兵力はないと決めつけてしまっていたのだ」


 カコが青い(ヌル)で、


「ではこのたびも……」


然り(ヂェー)。梁なら造船に()けたものもすぐに集められよう。まったく私の(タルヒ)も鈍ったものだ。平和(ヘンケ)は実に良いものだが、馴れてしまってはこれを失うのも一瞬(トゥルバス)だな」


 カトメイが(ガル)を振って言うには。


「嘆いているときではないぞ。ではどうする? 真偽を確かめようにも、我らはすっかり包囲(ボソヂュ)されている。西城に警戒を(うなが)すこともできぬ」


「まさに四頭豹の狙いどおりだ。まんまと罠に()まったものよ」


 チルゲイが言えば、みな(うめ)いて黙り込む。最初に(アマン)を開いたのはカコ。


「あの、蒼鷹娘(ボルテ・シバウン)(シバウン)を放って、西城まで飛ばすことはできませんか」


「無理だね。そういう(クシ)もあるだろうけど、鷹にはできない。仮にできたとしても、かねてから調教(ボウリ)しておかなければ」


「つまらぬことを申しました。忘れて(ウマルタヂュ)ください」


いや(ブルウ)、いいぞ。逡巡せずともよい。思いつきでも何でも口に出せ」


 チルゲイが(けしか)けたが、たいした案は出ない。ついにカトメイが言うには、


危険(アヨール)だが、何とかして矮狻猊(わいさんげい)娃白貂(あいはくちょう)()るしかあるまい」


 ほかに妙手もなく、早速算段に入る。(ブルガ)布陣(バイダル)が最も薄い(ニムゲン)のは東側(ヂェウン)。メンドゥ(ムレン)を背にする険隘の地のため、兵を展開できないからである。


 チルゲイが言うには、


敵人(ダイスンクン)も、カムタイに通じる西(バラウン)と、オルドへ向かう(ホイン)(こと)に警戒しているはずだ。二人は東門を出たら、いっそそのままメンドゥ(ムレン)を渡って迂回したほうがよいだろう」


 カコが(フムスグ)(ひそ)めて、


「それもまた四頭豹に読まれているということはないでしょうか。あえて東の陣を薄くして誘っているとか……」


「ううむ、ないとは言わぬが、それを疑いだしたら身動きがとれぬ。あとは矮狻猊と娃白貂の才覚(アルガ)(たの)もう」


 ヤムルノイが(オモリウド)を叩いて、


「俺が全力で援護(トゥサ)します。必ず二人を逃してみせます」


「あなたも(アミン)は粗末にしてはいけません。危ないと思ったら、みなすぐに退いてください」


承知しました(ヂェー)。お(まか)せください」


 揖拝(ゆうはい)してその場を辞す。


 準備万端整って翌朝、薄明のころを衝いて、まずはカトメイが陽動のため北門から撃って出る。軽騎二千をもっての奇襲。どっと喊声を挙げて、驟雨(クラ)のごとく矢を浴びせる。


 一方でそっと東門が開く。静か(ヌタ)に滑り出たのは、もちろんタケチャクとクミフ。少し遅れてヤムルノイが五百騎を率いて、慎重にあとに続く。


 先を行く二人はするするとメンドゥに迫ったが、ついに見つかってしまう。それを見たヤムルノイは、


「突っ込め! 何としても矮狻猊たちを逃せ!」


 五百騎は奮い立って猛然と突撃する。たちまち乱戦となって、血の河(チストゥ・ムレン)が流れ、屍の山(ウクレン・アウラ)が築かれる。変事を悟って、敵軍は続々と至る。


「怯むな! まだまだ!」


 その渾名(あだな)のとおり、(テムル)意志(オロ)()つヤムルノイは、縦横無尽に得物を振るっておおいに暴れる。もはやカコの忠告もすっかり忘れている。


 無我夢中に戦ううちに、いつの間にか敵中に孤立している。しかしあわてる風もなく、望見しておもえらく、


「おお、責務(アルバ)は遂行したぞ。矮狻猊たちは無事に逃れたようだ」


 にんまりと笑うと誇らしげに、


「俺は一諾したら決して(たが)えぬ鉄将軍(テムル)。さあ、俺の首を取るのはどいつだ!」


 そう叫ぶや、ますます猛り狂って鬼神(チュトグル)のはたらき。冥府(バルドゥ)への道連れにせんとて、群がる敵騎を次々に(ほふ)る。


 と、そこへ(にわ)かに飛び込んできて彼を助けるものがあった。言うには、


「死んではいけない! あなたは雪花姫(ツァサン・ツェツェク)に、命を粗末にしないと約したでしょう!」


 驚いて見遣(みや)れば、何と一個の女丈夫。その人となりはと云えば、


 身の丈は七尺に及ばず、年のころは素蟾魄(そせんぱく)同じ(アディル)ほど。髪は輝く栗毛(ヂェールデ)のごとく、肌は(つや)めく真珠のごとく、姿形(ウヂェスグレン)綽約(しゃくやく)(注2)にして壮健、心性(チナル)は温恭にして純明(注3)、(ウルドゥ)()くし、文に長ずる白皙(はくせき)(注4)の佳人。名をミアルン、渾名があって「白日鹿」。


 ヤムルノイはおおいに驚く。何となれば見知った顔。


「お前は! 何でここに!?」


「今はそれどころじゃないでしょう!」


 ミアルンはその柔和な風貌(クナル)からは想像しえぬ巧みな剣(さば)きで、たちまち数騎を斬り伏せる。(クチ)を併せて戦えば、(ようや)く血路を開く。


 そこにササカがさらに一隊を率いて加わったので、何とか城内に駆けこむことができた。

(注1)【四頭豹が光都(ホアルン)を……】第一六四回④参照。


(注2)【綽約(しゃくやく)】ゆったりとしてしなやか。たおやか。


(注3)【純明】素直で賢明なこと。


(注4)【白皙(はくせき)】皮膚の色が白いこと。

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