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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
686/783

第一七二回 ②

素蟾魄(そせんぱく)自ら()べてチルゲイの思慮を補い

白日鹿(たちま)ち出でてヤムルノイの危急を救う

 みな驚いてチルゲイを見遣(みや)る。口々に問いかけたが、かまうことなくヤザムに拱手して言うには、


素蟾魄(そせんぱく)、貴女は実に賢明(ボクダ)だ! ……いや(ブルウ)、待てよ。まったくそれに違いないんだが、数が足りぬぞ? やはり思い違いか?」


 ぶつぶつと独語しはじめる。たちまちササカが蛾眉を吊り上げて、


「また始まった! いったいどうしたの? 私たちにも解るように!」


「やあ、すまん、すまん。では聴け。現況を虚心坦懐に()れば、たしかに(ブルガ)の狙いは西城かもしれん」


「はぁっ!? そもそもあなたが東城を狙ってると言ったんでしょう? 実際に囲まれた(エエレン)のはこっちだし」


「あわてるな。四頭豹にとっての上計は、一矢を放って東西双城を得ることにあったのだ」


 カコが(ガル)を挙げて、


「イシもカムタイも奪うつもりだったと?」


然り(ヂェー)。例えば我らが西城の騒擾に(ニドゥ)を奪われ、ここ東城にても内治を強化するばかりで外敵の侵攻に備えていなければ、ひょっとすると亜喪神の一撃に堪えられなかったかもしれん」


「それに気づいたから備えたんでしょう?」


 ササカが苛立って問えば、


「そうなのだが、それで奸謀を破ったとするのは早計であった。その証左に亜喪神は、おそらく我らに備えがあると知りつつ渡河してきた。ということは、単に西(バラウン)(さわ)がせて(ヂェウン)を攻めるだけの策ではないということだ」


「もう少し詳しく」


 カトメイの願いに応じて、続けて言うには、


「仮に東城を狙うためだけに西城を謀ったとせんか。それだとこちらが察した時点で、策謀に費やした労力が徒爾(とじ)(注1)となるばかりか、東城の守禦(しゅぎょ)を固められてかえって攻めにくくなる。愚かしいとは思わぬか」


「たしかに……」


 カトメイも懸命に思考を巡らす。チルゲイはさらに言うには、


「四頭豹に次善の策があったとしたら……。すなわち東城を固められたとしても、それを囲んでいる間に別働の兵を派遣して、揺らぎに揺らいでいる西城を落とす。それなら策謀は活きるし、双城の掎角の勢を崩すことができる」


 カコがそっと(オモリウド)を押さえつつ言うには、


「つまり、どちらにせよ西城は陽動ではなく、攻略するつもりで謀った。むしろ東城こそ、それを隠すための餌だったということですか」


「そうなるかな。二重(ホイル・ダブコル)に計略の大網(ゴルミ)が巡らされていたってわけだ。人はひとつ計略を看破したと思えば、きっと安堵するからな。四頭豹ならばそれくらいのことは考えるだろう」


「ちょっと待て。お前が言うことには道理(ヨス)の通らないところがある」


 (ダウン)を挙げたのは黙考していたカトメイ。チルゲイは狼狽(うろた)えることもなく、にやりと笑うと、


「さすがは竜騎士、気づいたか」


 取り合わずに言うには、


「疑問がふたつほどある。ひとつは、ヤクマン部に別働で派兵する余力が果たしてあるのか。先には東原に数万騎を送り、今また亜喪神が三万騎を連れている。この上、城塞(バラガスン)を落とすに足る余剰の兵があろうとは思えない」


 チルゲイはなぜか嬉々として、


「おお、おお。で、もうひとつは?」


「敵にさらに数万騎があったとしても、そんな大軍が()けば目に留まらぬはずはない。麒麟児か、花貌豹が必ず遮るだろう。西城を攻めるのは無謀ではないか?」


 これを聞くともはや雀躍する様子で、


「すばらしい、実に好い(サイン)! まさにそれよ。まず何より兵の数が足りぬ。加えて道程が長すぎる。さあて、四頭豹はこれをどうしたのであろうなあ!」


 ササカが呆れて、


「何で嬉しそうなの。そんなに無理があるなら、西城の件そのものが考えすぎじゃない?」


 俄かに表情を改めると断乎として言うには、


いや(ブルウ)、それでは亜喪神の出陣が解らない。加えて包囲(ボソヂュ)するばかりで攻めてこないわけも説明できない」


「先に俺が挙げたふたつの疑問はどうなる。どんな策を用いれば解消される?」


 チルゲイはううむと唸りながら立ち上がって、ぐるぐると辺りを歩き回る。しばらくそうしていたが、はたと(フル)を止めたのはヤザムの傍。


「素蟾魄には何か思うところがあるか」


「思いつきに過ぎませぬが、敵軍の経路については、もしかしたら……」


「おおいによろしい! ぜひ教えてくれ」


「教えるなど、そんな……。では僭越は承知で思うところを述べさせていただきます。知事(ダルガチ)様がおっしゃったように、陸路では目に付きすぎます。水路、すなわち(ウリダ)からシータ(ダライ)を渡って近接(カルク)するというのはいかがでしょう?」


 これには一同、驚かぬものとてない。シータ海とは、(ダライ)と称されてはいるが、双城の南方に広がる大きな(ノール)のことである。

挿絵(By みてみん)


 カトメイがややあわてて、


「待て、待て! あの大海を幾万の兵馬が渡るには、いったいどれだけの舟が要るのか。資材、造船や操船の技能(エルデム)、どれも草原(ケエル)の民の手に余るぞ」


 するとヤザムは答えて、


「ヤクマン部には華人(キタド)や色目人が数多仕えているのでしょう。我らにできなくとも、異国(カリ)から連れてくることはできるのでは……」


 その(ムル)にぽんと手を置いたのはチルゲイ。ぎょっとして顧みると、呆然とした様子で、


「それだ……。素蟾魄、君はきっと正鵠(せいこく)(注2)を射たぞ。……異国から集めたのは、舟や水夫に留まらないのだ」


「えっ……?」


「兵だ。兵もまた外から招いたに違いない!」

(注1)【徒爾(とじ)】無益、無意味、無駄であること。またそのさま。


(注2)【正鵠(せいこく)】的の中心。転じて、ものごとの急所、要点。

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