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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
685/783

第一七二回 ① <ヤザム登場>

素蟾魄(そせんぱく)自ら()べてチルゲイの思慮を補い

白日鹿(たちま)ち出でてヤムルノイの危急を救う

 さて、西原に吹き荒れた暴風(ハラ・サルヒ)()んだ。(ゾン)である。待ちかねたように亜喪神ムカリ率いる三万騎が、メンドゥ河東岸に集結する。


 それはまずジョルチの南西を守る紅火将軍(アル・ガルチュ)キレカの知るところとなる。注視していると、どうやら西原に渡る様子。あわてて衛天王カントゥカに早馬(グユクチ)を送る。


 時を同じくして矮狻猊(わいさんげい)タケチャクもその動きを察知する。自ら東城に入って伝えれば、みな腕を撫して守備に就く。城壁(ヘレム)に並んで眺めていると、対岸に続々と兵馬が押し寄せる。


「来たな」


 竜騎士カトメイが呟けば、蒼鷹娘(ボルテ・シバウン)ササカが応えて、


「まるで蟻のようじゃないか。いよいよ始まるんだね」


ああ(ヂェー)。久々に亜喪神と遊んでやるとしよう」


 そのうちにも先遣隊が(ムレン)に入る。水量はまだ最大に達していないので、浅いところを探れば騎馬のまま渡ってこられる。ゲルやら輜重やらは舟に載せて運ぶ。


 まず敵軍(ブルガ)が展開せんとしているのは、どうやら城塞(バラガスン)(ウリダ)から西(バラウン)にかけて。守る側も応じて兵を動かす。やがてすっかり包囲(ボソヂュ)が完了する。粛々として統制(ヂャルチムタイ)に隙はない。雪花姫(ツァサン・ツェツェク)カコが、(フムスグ)(ひそ)めつつも感嘆して、


「かつて戦ったときより亜喪神は成長しているようです」


 奇人チルゲイが頷いて、


「先に中原では、あの胆斗公(スルステイ)や超世傑らと闘い合って(カドクルドゥクイ)、一歩も譲らなかったとか。昔日(エルテ・ウドゥル)小僧(ニルカ)ではないということだ」


 またタケチャクが望見して、


「およそ三万騎といったところだな。我らは一万(トゥメン)か」


「ならば心配ない。五倍、十倍あれば苦戦もしようが、三倍なら必ず勝てる」


 カトメイが力強く言ったので士気はおおいに高まったが、その(ウドゥル)は睨み合うだけで暮れる。


 (ナラン)が昇って、今日こそは干戈を交えるかと勇んだが何も起きない。整然と(デム)を構えたきり、しんとしている。翌日も、その翌日も、やはり動かない。


 チルゲイが(いぶか)しんで、


「あの血気盛んな亜喪神がじっとしているのは、何とも気味が悪い」


「四頭豹より指示が出ているのでしょう」


 カコが言えば、タケチャクが答えて、


「やがて大カンの勅命(ヂャルリク)を受けた花貌豹と麒麟児が加勢に来る。敵人(ダイスンクン)が動かないなら、それで好い(サイン)


 そう言い合っているところに役人(ドゥシメット)がやってきて言うには、


「方々にどうしても面会したいというご婦人が……」


「婦人? (ソオル)の最中だぞ。追い返せ」


 カトメイが言ったが、困惑して立ち尽くしている。


「どうした、聞こえなかったか」


「……いえ(ブルウ)。ただそのご婦人は、双城の保全について重大な進言をしたいと、こう申しているのですが」


 チルゲイがはっとして、カトメイを制して言うには、


「通してくれ! 我らの(ニドゥ)はすでに曇らされているかもしれぬ。いまだ囚われていないものの意見を聞いてみたい」


 そう言われれば、みな否やはない。待っていると、おずおずと入ってきたのは一個の婦人。その人となりはと云えば、


 身の丈は七尺にやや足らず、年のころは雪花姫らと同じほど。髪は多く黒く縮れており、(ヌル)は広く丸く平らか。眼は円く(おお)きく栗鼠(ケレム)のごとく、(ビイ)は厚く太く牝牛(ブカ)のごとし。天真にして明哲、柔婉にして仁恕、まさに一個の賢婦人。


「おお、貴女は我らに良い智恵を授けてくれるとか!」


 チルゲイはおおいに喜んで席を進める。名を尋ねれば、答えて言うには、


「ヤザムと申します。私のようなつまらぬもののために貴重な時を()いていただき、ありがとうございます」


 するとカコがつと目を上げて言うには、


「もしや貴女は、世間(オルチロン)から『素蟾魄(そせんぱく)白い月(ツェゲン・サル)の意)』と称されている方ではありませんか」


「恥ずかしながら、そのように呼ぶものもあるようです」


 聞けば、その正直(ツェゲン・セトゲル)性向(チナル)を尊んで付けられた渾名(あだな)だとか。みなますます喜ぶ。改めてチルゲイが問う。


「それで、貴女のお考えとは?」


 答えて言うには、


はい(ヂェー)。今、東城はこうして大軍に囲まれておりますが、攻めてくる様子がありません。これには敵人の深謀遠慮があるのではないかと……」


「深謀遠慮とは?」


「……みなさまのようなセチェンに私ごときが説くのは今さらですが、これは文字どおり『声東撃西の計』を行わんとしているのではありませんか」


 ササカが莞爾と笑って、


「あら、それなら先にこの奇人が言ってたよ。逆に西城の治安を乱して耳目を集め、その隙に東城を攻めるんだとね。おかげでこうして備えも万全なんだ」


 ヤザムは目を円くして、みるみる()じ入ってしまう。しかしチルゲイは、それに負けぬくらい目を見開いて叫んだ。


「ああっ、しまった!! 私としたことが!」

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