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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
682/783

第一七一回 ②

ヤムルノイ東に浪蕩子の沈酔を(やぶ)

クミフ西に紅百合の跳梁を知る

 翌朝、チルゲイは昼過ぎに目を覚ました。ぼんやりと辺りを見回していたが、やがて呟いて言うには、


「おや、いつの間に横になったんだろう。ここはどこだ?」


 のっそりと房を出て、うろうろするうちに(ようや)く、


「そうだ、イシに来て竜騎士らと飲んでいたんだったなあ」


 あてもなく歩き回るうちに、どうやらイシの城内らしいと気づく。そうするうちにやっと見知ったところに出た。ここまで来ればしめたもの、内廷を指して進んでいく。


「奇人殿」


 呼ばれて顧みれば、カコが立っている。


「おや、雪花姫(ツァサン・ツェツェク)。おはよう」


「早くありません。もう昼を過ぎてますよ。ちょうど起こしに行くところだったのです」


天王(フルムスタ)様の悪戯だろうか、この半日ほど人生から消えて(ブレルテレ)しまったのだ。その辺に落ちてなかったか?」


 戯言には取り合わず、


「行きましょう。みな待っていますよ」


 言葉(ウゲ)のとおり、内廷にはすでにカトメイとササカがあった。挨拶もそこそこにカトメイが尋ねて、


鉄将軍(テムル)が戻るまでに、我々がやるべきことはないだろうか」


 すると答えて言うには、


「おや、鉄将軍はどこかに出かけたのか? 珍しいこともあるものだ」


 ササカが(ニドゥ)を円くして、


「それ、本心(カダガトゥ)から言ってるの!? 揶揄(からか)ってるんじゃなくて?」


「どういうことだ」


「呆れた! 昨夜、あなたが四頭豹の奸謀についてあれこれ言ったのを受けて、わざわざオルドへ行ってくれたっていうのに」


「何の話だ」


 ササカは溜息とともにテンゲリを仰ぐ。やむなくカコが、昨夜チルゲイが述べたことをチルゲイ当人に言って聞かせる。聞き終えて言うには、


「ははあ、ミクケルの遺児とは。よく考えたものだ」


「感心しないでください。あなたがみなに教えたのですよ」


「覚えてないんだからしかたない」


 ササカが(ダウン)を挙げて、


「もし四頭豹の奸謀を阻止できたら、功績一等は浪蕩子ではなくて鉄将軍だね!」


「あっはっは。異論はない」


 カトメイが険しい(ヌル)で、


「奇人よ、そろそろちゃんと起きてくれ。何なら(トス)が要るか?」


 油とはもちろん(ボロ・ダラスン)のこと。チルゲイは歓声を挙げそうになったが、カコがじっと睨んでいるのに気づいて、


「……いや(ブルウ)、まだいい」


 辛うじてそう答える。カコがふうと息を吐いて言うには、


「奇人殿、さあ。古言にも『上兵は謀を伐つ(注1)』と謂います。昨夜、あなたがやりかけたのはまさにそれでしょう」


「そういうことになるか。では少し考察を進めてみよう」


 チルゲイは前置きすると、(ヘル)を湿して語りはじめる。


「……先にカムタイで色目人を使って治安を乱したのは、一角虎(エベルトゥ・カブラン)(フル)を留めて、西城の兵を動けなくするためだろう。となると亜喪神が兵を率いて攻めかけてくるのは、ここ東城であると看るべきだ」


 みな異論がないのか、黙って聞いている。そこで続けて、


「では何より先にやるべきは、守禦(しゅぎょ)の点検。すなわち『その攻めざるを(たの)むことなく、吾が攻むべからざるところあるを恃むなり(注2)』だ」


 カトメイは(ガル)()って、


「なるほど。それならすぐにとりかかろう」


「竜騎士自らがこれを(あらた)めて、人に(まか)せるな」


「なぜだ」


「……考えたくはないが、軍にすでに間諜が入り込んでいるかもしれない。幾年に(わた)って信頼(イトゥゲルテン)(つちか)い、地位を得ているものがないとは言いきれぬ。誰が不意に叛いても、(バラガスン)を守りきれるようにしなければ」


 カトメイは瞠目して、


「恐ろしいことを言う。だが、そのとおりだ。留意しよう」


蒼鷹娘(ボルテ・シバウン)を伴え。その(ニドゥ)はまさに(シバウン)のごとく鋭い(クルチア)ぞ。一度、外のものに観てもらうのがよい」


 応えて二人はともに席を立つ。残ったのはカコ。言うには、


「……まことに西原に大カンを棄てて四頭豹に附くものがあるのでしょうか」


「判らん。だが考えに入れておくべきだ。矮狻猊(わいさんげい)の調査を待つべきではあるが、私が四頭豹なら手駒はなるべく多く用意する」


「そう思わせて、互いに疑わせようとしているのでは……。というのは、さすがに穿(うが)ちすぎでしょうか」


 チルゲイはおおいに喜んで、


「何の、さすがは雪花姫。四頭豹なら、それくらいのことはやるだろう。だから我々は(はら)を決めておかねば」


「と言うと?」


「私は革命においてともに戦った僚友(ネケル)については、全幅の信を置いて決して疑わぬ。ここの結束(ヂャンギ)を崩されるようなら、何をどうしたって敗れる」


ええ(ヂェー)。私も同感です」


 躊躇なく言うところを()れば、もとより(セトゲル)は定まっていた様子。

(注1)【上兵は謀を伐つ】最善の戦い方とは敵の謀計を未然に防ぐことである、という意味。以下、「その次は交を伐つ。その次は兵を伐つ。その下は城を攻む」と続く。


(注2)【その攻めざるを……】敵が攻めてこないことに期待するのではなく、こちらに攻撃させない備えがあることを頼りとするべきだ、という意味。

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