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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
680/783

第一七〇回 ④

オクドゥ迷妄に(たお)れて瑞典官憂虞(ゆうぐ)

チルゲイ酒色に興じて雪花姫沈着す

 実際に酒食が並ぶと、チルゲイはたちまち(ヌル)を輝かせる。左右にはカコとササカ、二人の艶麗な佳人があって次々と杯を満たす。


「やあ、至福だ。旧知の美人(ゴア)と飲む(ボロ・ダラスン)が、もっともうまい」


 カトメイは、次第にはらはらして言うには、


「なあ、そろそろこのイシがどうすればよいか、考えてもらえまいか」


「無粋なことを言うんじゃない。ほら、竜騎士も飲め、飲め」


 断ろうとするのを制したのはカコ。黙ってカトメイの杯に酒を注ぐ。やむなくちびりちびりと飲みながら(チャク)を待つ。


 ところが一刻、二刻と飲むうちに、チルゲイは酩酊して、ついには卓上(シレエ)に伏せてしまった。ササカは唖然として、


「結局何も智恵を出さずに寝てしまったよ。雪花姫(ツァサン・ツェツェク)、どうしてくれるんだい?」


 するとカコは涼しい顔で、


「これだけ(トス)を足せば、夢のうちでも考えを(めぐ)らせていますよ。しばらく放っておきましょう」


 ササカはカトメイと顔を見合わせて、言葉(ウゲ)もない。


 夕刻(ヂルダ)になって、日々市街を巡回しているヤムルノイが報告に訪れる。入るなりぐうぐうと寝息を立てているチルゲイに気づいて、(フムスグ)(しか)める。しかしかまうことなくカコとササカに一礼して言うには、


「イシの治安は保たれています。(いさか)いもなく、平穏そのものです」


「やはり瑞典官の布告が奏功したのだな。だが怠るな。西城の混乱を戒めとせねば……」


 カトメイが言い終わらぬうちに、


「それは(あや)うい! 殆ういぞ!!」


 大声の主は、無論チルゲイ。気づけばむくりと顔を上げ、酔眼にて虚空を睨んでいる。


「奇人殿、どうした。夢でも見たか」


 ヤムルノイが問えば、酒気を含んだ息を吹きかけつつ、


「おお、おお、鉄将軍(テムル)だ! 相変わらず謹直で何より」


 答えに窮しているうちに、ううむと唸って(テリウ)を抱えると、


(オス)を、水を一杯くれないか」


「まったくどうしようもないね!」


 ササカが水差しを取って、新しい杯に注いでやる。受け取るやぐいと干して、


「ふう、どうも美人相手だと量を過ごす」


 一杯では足りずに水差しを奪うと、注いでは飲み、注いでは飲み、やがて空にする。そしてぶつぶつと言うには、


「ああ、あれだ! いや(ブルウ)(ヂェウン)西(バラウン)が逆だった」


 ササカが蛾眉を寄せて、


「わけがわからないよ。まだ覚めてないのかい?」


 取り合わないどころか、(にわ)かに再び大声で言うには、


「戒め!? 無用、無用!! ……ああ、実に気分が好い」


 途端ににやにやしたかと思えば、何やら独り頷きつつ、


「それはそうだ、(クウ)はいずれ大きくなるものだ。然り(ヂェー)、遊び駒は使わないなら棄てたほうがいい」


 誰と喋っているのかも判らない。呆れたことに、いつの間にやら酒杯を手にしている。止める暇もない。再び飲みはじめながら楽しげに言うには、


「誰が待つ! どこにある! そして私は何をする。はっはっは!」


 もはや(こら)えきれずにササカが(ダウン)を荒らげる。


「いったい先から何を言ってるんだい。寝惚けるのもそれくらいにしな!」


「おお、蒼鷹娘(ボルテ・シバウン)。君は怒れば怒るほど美貌(オンゲ)が冴えるな」


「浪蕩子っ!」


 ところがカコだけは、はっとチルゲイの顔を正視して、


「奇人殿、……もしや敵人(ダイスンクン)の奸謀を看破したのですか!?」


「何だって!?」


 余のものは異口同音に驚愕する。チルゲイはきょとんとした様子で、


「看破? そこまではまだ。しかし、さっきからその話をしているんだが……」


 カトメイが勢い込んで、


「我々にも解るように話してくれ!」


「ああ…………」


 ぽかんと(アマン)を開けて困惑した様子。辛抱強く待っていると、俄かに(ニドゥ)の焦点が合って、すらすらと話しはじめる。


「四頭豹はたしかに何か画策している。先年までは東原を(みだ)して、ついにその半ば(ヂアリム)を奪った。次の標的はきっと西原」


「それで、どうやって?」


 問うたのはササカ。答えて言うには、


「まだ判らん。だが西城を(さわ)がせたのはその端緒には違いない。しかしながら、東城には必ず別の方略を採る」


「なぜですか」


「君たちは知らんか。『東に声して西を撃つ』という策がある。一方を盛んに攻めて、そちらに耳目を集めた隙に、他方を落とす計略だ」


 ここでひとつ大きく欠伸(あくび)する。


「今は東西が替わっているがな。西城に騒動を起こして、狙うは東城。ならば同じ方策を使うわけがない。警戒しているに決まっているからなあ」


「なるほど、それで……」


 カコは得心して、なおも問う。


「四頭豹のまことの狙いは東城なのですね?」


 何と答えたかと云えば、


いや(ブルウ)、それもまた、全体から()れば、末節のこと、だろう」


 驚いて続きを(うなが)そうとすれば、チルゲイは再び卓に伏さんとしている。


 ここで謹厳にして意志(オロ)(テムル)がごとき将軍が言ったことから、酒精のもたらした智恵はついに夢中に消えることなく、奸謀の(セウデル)はことごとく好漢女傑の知るところとなったわけだが、まさしく「酔語は旭日を見ず(注1)」といったところ。


 果たして、誰が何と言ったか。それは次回で。

(注1)【酔語は旭日を見ず】酔った上での言葉は翌朝には忘れているという意味。

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