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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
679/783

第一七〇回 ③

オクドゥ迷妄に(たお)れて瑞典官憂虞(ゆうぐ)

チルゲイ酒色に興じて雪花姫沈着す

 勅命(ヂャルリク)を受けたチルゲイは、カコ、ササカ、クミフという三人の女丈夫と合流(べルチル)して、イェシノルとともに南下した。


 チルゲイは、やや(はしゃ)いでいる。ヒラトには美貌(オンゲ)ではなく能力(アルガ)で選んだのだと言ってみせたが、実のところはどうだったか。当のカコも疑ったものか、道中尋ねて言うには、


「奇人殿はなぜ私たちを伴うのでしょう?」


 すると呵々大笑して、


「それはみなが佳人だからに決まっている」


 イェシノルがぎょっとして、


「まさか、まことにそんな……」


「ははは、そんなわけなかろう。戯言、戯言」


「ふざけているときではありませんよ」


 カコが(たしな)めれば、たちまち謝して、


「瑞典官、君の憂いをもう少し詳しく知りたい。みなにも聴いてもらう」


 そこでイェシノルは、先にカトメイやカントゥカに述べた懸念を繰り返す。カムタイの騒擾には、四頭豹の奸謀が絡んでいるのではないかというもの。ひととおり聴き終えると、チルゲイがまず言うには、


「ははあ、なるほど。これは思ったより難題かもしれん」


 ササカが蛾眉を吊り上げて、


「悠長なことを言ってるんじゃないよ! いったいどうするの?」


蒼鷹娘(ボルテ・シバウン)に考えはあるか?」


「……ないわ。いつ変事があってもいいよう備えておくほかない」


「ふうむ、さすがに胆力(スルステイ)があるな。娃白貂(あいはくちょう)は?」


 ササカは何やら言い返そうとしたが、クミフに話が振られたので、やむなく(アマン)(つぐ)む。替わってクミフが言うには、


「西城で起きた事件の内実(アブリ)は精査したほうがいいんじゃないかな。謀略を疑って(しら)べ直せば、違ったものが見えるかも」


 チルゲイはおおいに喜んで、


「おお、おお。実に好い(サイン)! 雪花姫(ツァサン・ツェツェク)の見解は」


 独り黙考しているカコに問えば、慎重な様子で答えて、


「娃白貂の言葉(ウゲ)はもっともです。それから西城の(ヂャサ)規則(ハウリ)、またその運用についても見返すべきです」


「ほう、なぜ?」


「きっと現状に合っていないものがあるからです。いずれ現行の(ヂャサ)はずっと以前に作られたもの。色目人にかぎらず、人が増えれば必ず齟齬(そご)が生まれているはずです。ひょっとしたら人衆(ウルス)が暮らしづらくなっているのかもしれません。だから誰かが罪を犯しても、表層を眺めただけでは不審なところが見つからないのです。根源(ウヂャウル)過ち(アルヂアス)があれば、それを(ただ)さなければいけません」


「さすがは雪花姫、実に示唆に富む。西城にはミヤーンと笑破鼓が入っている。彼らに注意を(うなが)さなければな」


 またクミフに向き直って、


「個々の事件の精査は、君にやってもらおう。先に雪花姫が述べたことも併せて、ミヤーンを(たの)め。彼ならば、いずれもうまく取り計らってくれよう」


承知(ヂェー)


 チルゲイは、ぱっと(ヌル)を輝かせると、


「そうだ、瑞典官も娃白貂とともに西城へ。一角虎(エベルトゥ・カブラン)紅大郎(アル・バヤン)に奸謀のことを告げよ。それから法規については君より(すぐ)れたものはない。君の(ニドゥ)で、西城のそれをよくよく(あらた)めてもらいたい」


承知(ヂェー)


 ササカが険しい顔で言うには、


「私たちは何を?」


「それよ。とりあえず東城へ入る。話はそれからだ」


「……さては、まだ考えがないのね?」


「あっはっは、蒼鷹娘は鋭いな! だが案ずるな。少し考えるときをくれ」


 双城が近づけば、クミフとイェシノルは(モル)を分かってカムタイへと去る。残る三人は無事にイシに入って、カトメイに(まみ)える。


「待ちかねたぞ。奇人が来てくれるとは実に心強い」


「私は諸賢と違って(ザウタイ)だからな」


 快活に答えたが、俄かに難しげな表情を作って言うには、


「さあて、来てはみたものの何から始めるかな。まだ謀略がまことに存するかどうかも定かではない。(エウレン)(つか)まんとするようなものだ」


 カトメイは不安そうに、


「奇人はどう思う?」


「まだ考えはない。とりあえず(ボロ・ダラスン)が飲みたい」


 これにはみな呆れかえって目を円くする。ササカが(たま)りかねて、


「あなたは近ごろじゃ浪蕩子などと呼ばれて、すっかり役立たず(アルビン)扱いされているけど、実際に智恵が()びついてしまったんじゃないだろうね?」


「浪蕩子!?」


 中央(オルゴル)から遠ざかっているカトメイはどうやら知らなかったらしく、おおいに驚く。チルゲイはからからと笑うと、


「あるいはそうかもしれんぞう。智恵の(ガル)を再び灯すためには、(トス)を足す必要がある。すなわち酒だ!」


 ササカはいよいよ(まなじり)を決して口を開きかけたが、カコが制して、


「よいでしょう。竜騎士殿、ご用意願います。私が酌をしてさしあげます」


 チルゲイはおおいに喜んで、


「やあ、これは光栄の極み。目には佳人、口には美酒。これほどの幸福(クトゥグ)がまたとあろうか」


「雪花姫! いいの? そんなことで」


 ササカが問えば、すまして言うには、


ええ(ヂェー)、その代わり、うんとはたらいてもらいます」


 チルゲイはやや鼻白んだが、くどくどしい話は抜きにする。

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