第一七〇回 ③
オクドゥ迷妄に斃れて瑞典官憂虞し
チルゲイ酒色に興じて雪花姫沈着す
勅命を受けたチルゲイは、カコ、ササカ、クミフという三人の女丈夫と合流して、イェシノルとともに南下した。
チルゲイは、やや燥いでいる。ヒラトには美貌ではなく能力で選んだのだと言ってみせたが、実のところはどうだったか。当のカコも疑ったものか、道中尋ねて言うには、
「奇人殿はなぜ私たちを伴うのでしょう?」
すると呵々大笑して、
「それはみなが佳人だからに決まっている」
イェシノルがぎょっとして、
「まさか、まことにそんな……」
「ははは、そんなわけなかろう。戯言、戯言」
「ふざけているときではありませんよ」
カコが窘めれば、たちまち謝して、
「瑞典官、君の憂いをもう少し詳しく知りたい。みなにも聴いてもらう」
そこでイェシノルは、先にカトメイやカントゥカに述べた懸念を繰り返す。カムタイの騒擾には、四頭豹の奸謀が絡んでいるのではないかというもの。ひととおり聴き終えると、チルゲイがまず言うには、
「ははあ、なるほど。これは思ったより難題かもしれん」
ササカが蛾眉を吊り上げて、
「悠長なことを言ってるんじゃないよ! いったいどうするの?」
「蒼鷹娘に考えはあるか?」
「……ないわ。いつ変事があってもいいよう備えておくほかない」
「ふうむ、さすがに胆力があるな。娃白貂は?」
ササカは何やら言い返そうとしたが、クミフに話が振られたので、やむなく口を噤む。替わってクミフが言うには、
「西城で起きた事件の内実は精査したほうがいいんじゃないかな。謀略を疑って査べ直せば、違ったものが見えるかも」
チルゲイはおおいに喜んで、
「おお、おお。実に好い! 雪花姫の見解は」
独り黙考しているカコに問えば、慎重な様子で答えて、
「娃白貂の言葉はもっともです。それから西城の法や規則、またその運用についても見返すべきです」
「ほう、なぜ?」
「きっと現状に合っていないものがあるからです。いずれ現行の法はずっと以前に作られたもの。色目人にかぎらず、人が増えれば必ず齟齬が生まれているはずです。ひょっとしたら人衆が暮らしづらくなっているのかもしれません。だから誰かが罪を犯しても、表層を眺めただけでは不審なところが見つからないのです。根源に過ちがあれば、それを匡さなければいけません」
「さすがは雪花姫、実に示唆に富む。西城にはミヤーンと笑破鼓が入っている。彼らに注意を促さなければな」
またクミフに向き直って、
「個々の事件の精査は、君にやってもらおう。先に雪花姫が述べたことも併せて、ミヤーンを恃め。彼ならば、いずれもうまく取り計らってくれよう」
「承知」
チルゲイは、ぱっと顔を輝かせると、
「そうだ、瑞典官も娃白貂とともに西城へ。一角虎と紅大郎に奸謀のことを告げよ。それから法規については君より卓れたものはない。君の目で、西城のそれをよくよく検めてもらいたい」
「承知」
ササカが険しい顔で言うには、
「私たちは何を?」
「それよ。とりあえず東城へ入る。話はそれからだ」
「……さては、まだ考えがないのね?」
「あっはっは、蒼鷹娘は鋭いな! だが案ずるな。少し考えるときをくれ」
双城が近づけば、クミフとイェシノルは道を分かってカムタイへと去る。残る三人は無事にイシに入って、カトメイに見える。
「待ちかねたぞ。奇人が来てくれるとは実に心強い」
「私は諸賢と違って暇だからな」
快活に答えたが、俄かに難しげな表情を作って言うには、
「さあて、来てはみたものの何から始めるかな。まだ謀略がまことに存するかどうかも定かではない。雲を攫まんとするようなものだ」
カトメイは不安そうに、
「奇人はどう思う?」
「まだ考えはない。とりあえず酒が飲みたい」
これにはみな呆れかえって目を円くする。ササカが堪りかねて、
「あなたは近ごろじゃ浪蕩子などと呼ばれて、すっかり役立たず扱いされているけど、実際に智恵が錆びついてしまったんじゃないだろうね?」
「浪蕩子!?」
中央から遠ざかっているカトメイはどうやら知らなかったらしく、おおいに驚く。チルゲイはからからと笑うと、
「あるいはそうかもしれんぞう。智恵の炎を再び灯すためには、油を足す必要がある。すなわち酒だ!」
ササカはいよいよ眦を決して口を開きかけたが、カコが制して、
「よいでしょう。竜騎士殿、ご用意願います。私が酌をしてさしあげます」
チルゲイはおおいに喜んで、
「やあ、これは光栄の極み。目には佳人、口には美酒。これほどの幸福がまたとあろうか」
「雪花姫! いいの? そんなことで」
ササカが問えば、すまして言うには、
「ええ、その代わり、うんとはたらいてもらいます」
チルゲイはやや鼻白んだが、くどくどしい話は抜きにする。