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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
678/783

第一七〇回 ②

オクドゥ迷妄に(たお)れて瑞典官憂虞(ゆうぐ)

チルゲイ酒色に興じて雪花姫沈着す

 オクドゥの首級が届けられたのを見たスクは、長嘆息して言うには、


才覚(アルガ)のあるものだったが、惜しむらくは胆力(スルステイ)に欠けたか」


 クニメイも頷いて、


「イェスゲイ、ハヤスン、オクドゥの三人を失ったのは、大きな損失です。銀算盤も神都(カムトタオ)()ったばかり、おかげで市政を担うものが足りません」


「どうしたものかな」


「大カンと東城(※イシのこと)の竜騎士殿に報せて、助力(トゥサ)を請うべきです」


 早速、(ホイン)(ヂェウン)に向けて早馬(グユクチ)を出す。ほどなくイシからはミヤーンが、中央(オルゴル)からは笑破鼓クメンが送られてきた。


 スクたちは(クチ)を併せて、人心の安定と犯罪の撲滅を図ったが、どちらも成果が上がらない。不安は(オス)に垂らした墨のごとく人衆(ウルス)を冒す。良からぬ色目人の乱暴もなくならない。


 一方、カムタイの混乱を知った瑞典官イェシノルは、イシが同じ(てつ)を踏まぬよう人衆に布告して言った。


(ヂャサ)は厳正なものである。(ニドゥ)の色を選ぶことはない。良民は(あまね)く護り、罪人は必ず裁く」


 また言うには、


「流言をもって人心を惑わすものは、相応の罰を与える。出自(ウヂャウル)は問わない」


 イシにはそもそも色目人が少なかったこともあったが、何よりこの布告のおかげで大きな混乱も対立も生まれなかった。竜騎士カトメイはおおいに感心して、


「お前がいてまことに助かったぞ。ほかに為すべきことはあるか」


 問えば答えて、


「私などの功ではなく、西城(※カムタイのこと)に比べて僅かに幸運(クトゥクタイ)だったに過ぎません。治安については怠りなく努めるべきです。鉄将軍(テムル)に市街を巡回させましょう」


 カトメイは頷いて、すぐにヤムルノイに(カラ)を下す。この謹厳な将軍がひとたび(うべな)ったからには、必ずやり遂げるであろう。これで当面の不安はない。


 しかしイェシノルは憂い顔で言うには、


「西城で(にわ)かに暴力(ハラ・クチ)が横行していることは、何やら策謀の気配を感じます」


「策謀? 聞いたところでは、兇悪な犯行が増えてはいるが互いに連関は認められず、せいぜい色目人の数が多いとしか……」


 瞠目して尋ねるカトメイに言うには、


「存じておりますが、どこか作為の臭気(コンシュウ)がありはしますまいか」


「やはり色目人が、あえて西城を(さわ)がせているのか? だとすれば一部の民が言うように、悪いのは色目人ということになる。だが、瑞典官はそのような偏奇(注1)な考えをみなが起こさぬよう、先に布告して戒めたのではなかったか」


はい(ヂェー)。何も色目人が(モータイ)だと申し上げているのではありません」


 カトメイは困惑した表情で首を(かし)げる。そこで言うには、


「何ものかが良からぬ色目人を雇って悪行を(けしか)け、もう一方で人衆の恐怖を(あお)っているとしたらどうでしょう?」


「何と悪辣(ザリ)な。いったい誰が?」


「……判りません。しかしヤクマン部ならば、西域(ハラ・ガヂャル)と繋がりがあります」


「……四頭豹かっ!!」


 カトメイが吐き捨てる。イェシノルは肯定も否定もしなかったが、


「ともかく十分に警戒するべきです。西城の擾乱(じょうらん)偶々(たまたま)ならば、ほどなく鎮まるでしょう。しかし誰かの悪意がはたらいているとしたら、ことは西城だけに留まるものではありません。東城にはまた別の謀略が行われるやもしれませぬ」


「別の謀略……」


はい(ヂェー)。もちろん私の思い過ごしであれば良いのですが、備えておいて損はありません。今のうちに大カンにも伝えて、応援を得るべきかと」


「よろしい。私は瑞典官を信じている。そうだ、お前が自ら行って説いてまいれ」


承知(ヂェー)


 イェシノルは一揖(いちゆう)して、その(ウドゥル)のうちに発つ。まっすぐにオルドへ駆けて、懸念を訴えた。先にカムタイからの急使を受けてクメンを派遣したばかりだったが、執政のヒラトがおおいに憂慮して、


「瑞典官の言うことは一考すべきです。然るべきものを()って備えましょう」


 衛天王カントゥカも頷いて、


「誰を遣ろう?」


 するとヒラトが言うには、


「我々が一人遊ばせているのは、まさにこういうときのためではありませんか」


「ふん、違いない」


 早速、召し出されたのはもちろん奇人、近ごろでは浪蕩子と称されるチルゲイ。ボギノ・ジョルチから戻って、しばらくのんびりしようとしていたところ。そこで言うには、


「急に人使いが荒くなったのではありませんか」


 カントゥカは(フムスグ)(しか)めてひと言、


「黙って行け(ヤブ)


 これには逆らえない。しぶしぶ承諾したが言うには、


「せめて幾人か助勢を」


「よかろう。誰がよい」


 小考して挙げたのは、雪花姫(ツァサン・ツェツェク)カコ、蒼鷹娘(ボルテ・シバウン)ササカ、娃白貂(あいはくちょう)クミフという三人の佳人。それを聞いたヒラトが思わず言うには、


「おい、浪蕩子。まさかとは思うが、ただ美人(ゴア)(したが)えて遊んでこようなどと考えているのではあるまいな」


「まさか! それは三名に失礼(ヨスグイ)であろう。みな卓越したものであることは潤治卿もよく知るところではないか」


「無論、そのとおりだが……」


 カントゥカがそれを制して、


「かまわぬ。良い人選だ。連れていけ」


 たちまち勅命(ヂャルリク)は下って、それぞれ旅装を整えて出立する。

(注1)【偏奇】一方に偏って、正しくないこと。

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