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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
674/783

第一六九回 ②

インジャ紐帯を慶びて小皇帝戴冠し

ドルベン策動を始めて紅大郎惶急(こうきゅう)

 インジャは、端座するモルテに言った。


「もし我らがヴァルタラを西原のカンとしてよいと言ったところで、王大母をはじめボギノ・ジョルチの人衆(イルゲン)善し(サイン)と言わなければならぬぞ。今のところはまだ賢婀嬌(けんあきょう)の私案に過ぎないのだろう」


はい(ヂェー)、おっしゃるとおりです。私自身はもちろん良案と信じておりますが、みなが(ブルウ)と言えば拘泥するものではありません。今はただご両親であるハーンとハトンの許諾が得られるか、お尋ねしているだけです」


「ふうむ」


 インジャはひと声唸ってやや身を引く。代わってアネクが(アマン)を開いて、


「ヴァルタラはたった七歳。カンとしたところで何ができるわけでもありません。貴女たちに預けたとして、その身の安危や養育について誰が責を負えますか」


 モルテは頷いて、


「ハトンがご心配なされるのは当然です。我らとしては、尊きご子息を他郷にてお預かりするわけですから、無論部族(ヤスタン)を挙げてお護りいたします。また太師や王大母、(げい)大夫、そして及ばずながらこの私も、ご子息が優れた王となるよう訓導、教養に尽力させていただく所存です」


 インジャはほうと嘆声を漏らして、


「太師はもとより、みな望んでも得られぬほどの良き師であるには違いない」


 モルテは黙って(テリウ)を下げる。しかしアネクが言うには、


「私もそれについては同意します。ですが、やはりボギノ・ジョルチは遠方……。(エケ)として軽々に(うべな)うことはできません」


 モルテはつと(ヌル)を上げて、


「畏れながら、もうひとつ提案がございます」


「何かな?」


 インジャが問えば、答えて言うには、


「ヴァルタラ様を単身で西下させることは、たしかに七歳の子にあまりに酷というもの。そこで……」


「そこで?」


はい(ヂェー)。ハーンの信頼(イトゥゲルテン)厚く、また西原の情勢に明るいご僚友(ネケル)を、輔翼としてともに派遣していただくというのはいかがでしょう」


「ははあ、賢婀嬌が言わんとしているのは……」


はい(ヂェー)胆斗公(スルステイ)殿をハーンの代官(ダルガチ)としてボギノ・ジョルチに置き、ヴァルタラ様をお助けしつつ、西原に睨みを()かせるのです。ハーンは、先に(ヂェウン)神箭将(メルゲン)殿を得られました。今また西(バラウン)に胆斗公殿を封ずれば、版図(ネウリド)の左右に長大な翼を広げたも同然です」


 インジャは瞠目して、


「賢婀嬌は、まさに大鷲(ブルゲト)のごとき(ニドゥ)()っている」


 アネクを見遣(みや)って言うには、


「どうだろう、ナオルと彼女たちにヴァルタラを託してみては?」


 ところが(フムスグ)(ひそ)めて、


「ううん、もちろん賢婀嬌も胆斗公も(たの)むに足るものであることは、十二分に承知しておりますが……」


 インジャが(さと)して言うには、


「ハトンは太后の言葉(ウゲ)を覚えているか。我が母は、私に『自らを顧みて決めよ』とおっしゃった」


「もちろん覚えております」


「思えば、私が母のもとを離れてジェチェン・ハーンに預けられた(注1)のは、僅かに六歳の時分であった」


「…………」


「今となっても決して早すぎたとは思わぬし、おかげで生涯の盟友(アンダ)(※ナオルのこと)とも()えた。もちろん私の体験がすべてとは言わぬが、ヴァルタラもいつまでもオルドの奥に置いておくわけにいかない。広き草原(ケエル)に出て、良き師の下でさまざまに学び、自ら(モル)(ひら)くことを知るのも、また肝要なのではないか」


「ハーン……」


「ボギノ・ジョルチは遠方(ホル)には違いないが、かつてのクル・ジョルチではない。望めばすぐに会いに行ける盟邦だ」


 アネクはしばらく考えていたが、やがて言うには、


「解りました。お(まか)せいたします」


 モルテは愁眉を開くと、幾度も叩頭して、


ありがとうございます(バヤルララ)! 我らは決してハトンを失望させませぬ」


 インジャはそれを制して言った。


「ただしこれだけは言っておく。ボギノ・ジョルチに異を唱えるものがあれば、この話はなかったことにする。よくよくみなで(はか)って決めるのだぞ」


「もちろんでございます。衆議が一致しましたならば、また参ります」


 一礼して辞したモルテは、その(ウドゥル)のうちに西帰する。それを送りだしたインジャも、すぐに獬豸(かいち)軍師サノウや百策花セイネンらを召して話し合ったが、くどくどしい話は抜きにする。




 (ナマル)が近づく。この間にも中原と西原を早馬(グユクチ)が往来したほか、ナオルも一旦兵を収めて帰っている。そしてついにモルテが再訪する。言うには、


「クリルタイの開催が決定しました」


 あれこれ細目について討議したかと思うと、瞬く間(トゥルバス)に発つ。またナオルはジョンシ氏を挙げて移動(ヌーフ)の準備を進めた。百万元帥トオリル、鑑子女テヨナ、飛天熊ノイエンの三名も、中央(オルゴル)での官職を解かれて同行することになった。


 一日、西を指して出立する。その列の中に、インジャの長子であるウル・ウマルタク・ヴァルタラの小さな姿(カラア)もあった。

(注1)【ジェチェン・ハーンに預けられた】第 三 回②参照。

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