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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
671/783

第一六八回 ③

インジャ神箭将を(たの)んで国王の称を許し

アネク賢婀嬌(けんあきょう)(まみ)えて慮外の(はかりごと)を聴く

 興奮の(うしお)が引いたあとは、主客分かれてお決まりの宴。ヒィとムジカは揃って南面し、左手(ヂェウン)にアンチャイをはじめとする中原の使臣が、右手(バラウン)にはツジャン以下東原の諸将が並ぶ。インジャの徳を讃え、天地に感謝を捧げておおいに交歓する。


 しばらくして、ミヒチはいつ果てるとも知れぬ宴筵(えんえん)をそっと抜け出す。吹き抜ける(サルヒ)に黒髪を(なび)かせつつおもえらく、


「さて南伯の恐れていたとおりになったが、そもそも南伯さえ叛かなければこうはならなかったろうよ。運命(ヂヤー)ってのは判らないものだねえ」


 (ハツァル)にかかった髪をそっと(ホロー)で払って、


「だがハンにとってもナルモントにとってもこれで良かったのさ。神道子言うところの主星を見つけたらしいからね。私が言うのも何だけれども、ハンは実にほっとした様子だったよ」


 そろそろ戻ろうかと(きびす)を返したところ、ぬっとゾンゲルが立っている。心臓(ヂュルケン)がどきりと跳ねて、


「またお前はっ! 何でいつもいつも黙って立ってるんだい。おかげで寿命(アミン)が縮んだよ。まったく役立たず(アルビン)だね!」


 散々に悪態を()きながら、その(オモリウド)を幾度も()つ。するとゾンゲルはにんまりと笑いながら、


「いやあ、姐さんの後ろ姿は実に(あで)やかなもので見惚れてましたよ」


「気色の悪い奴だね。だいたい後ろ姿は、って何だい。まるで前は見られないみたいじゃないか。突っ立ってないで、とっとと中にお入り! 私ももう戻るから」


はい(ヂェー)、姐さん」


 ゾンゲルは素直に先に戸張(エウデン)をくぐる。ミヒチもあとに続こうとしたが、ふと振り返って、もう一度眼前に広がる平原(タル・ノタグ)を眺める。


「もうすぐ良き(クラ)を得れば、一面が(ウヴス)(ダライ)になる。まったく東原は豊か(バヤン)で良いところだよ」


 独語して(ようや)く席に戻ったが、この話はここまでとする。




 ムジカたちはしばらく滞在して、会盟について算段する。初夏にこれを行うことにして無事に西帰した。復命したムジカは、アンチャイを(たた)えて、


瓊朱雀(けいしゅじゃく)がいて実に助かりました。まさに鳥瞰(注1)して、足らざるを補い、過ぎたるを抑え、謙恭にして慎慮あり。もとより(すぐ)れていることは知っているつもりでしたが、改めて敬服いたしました」


 アンチャイはあわてて小さく首を振ると、


「私など何の役にも立っておりません。何より超世傑の堂々たるさまは、まことに勅使に相応しいもので、東原の諸将もすっかりその威に服したようでした」


 インジャは呵々と笑って、


「二人ともご苦労であった。初夏に神箭将(メルゲン)(まみ)えるのを楽しみにしておこう」


 ムジカ、アンチャイらは一礼して、それぞれの牧地(ヌントゥグ)へと帰っていった。会盟のことはサノウとセイネンが担うことにしたが、この話もここまで。




 再び東原。ツジャンは神都(カムトタオ)に戻って、その守備に就く。そこへ三頭(ゴルバン・テリウ)、すなわち楚腰公サルチン、蓋天才ゴロ、鉄面牌(テムル・フズル)ヘカトが訪ねてくる。ナルモントがインジャに投じることは先に伝えてある。


 迎え入れると、揖拝(ゆうはい)してサルチンが言うには、


「四周の情勢を(かんが)みれば、独り神都(カムトタオ)が立つのは無理がある。やはりジョルチン・ハーンの庇護を得て都城(ゴト)を保つべきだと愚考するが、鳳毛麟角の考えを伺いたい」


 ツジャンは驚き、喜んで、


「私ごときの鄙見(ひけん)など何の参考にもならないでしょうが、あえて述べさせていただくならば、まったく楚腰公殿のおっしゃるとおり、それこそ神都(カムトタオ)長久の策かと存じます」


 三人もまたおおいに喜んで、すぐにヘカトを中原へ送ることにした。外卿としてジョルチにあるサノウとハツチを通じて、神都(カムトタオ)献上(オルゴフ)する旨を伝える。


 これもまた断る道理(ヨス)もないので、喜んで容れられる。よってサルチンは元首(ドルチ)の位を去って、改めてハーンの代官(ダルガチ)に任じられた。


 とはいえ変わったのはまさに名ばかり、当然のようにこれまでどおり自治を許される。のちに銀貨の鋳造権などを与えられて、その繁栄は往時に迫ることとなる。


 神都(カムトタオ)も初夏の会盟に参加して、インジャに忠誠(シドゥルグ)を誓うことになった。




 ナルモントと神都(カムトタオ)がインジャの傘下に加わったことは、三色道人ゴルバン・ヂスンからの早馬(グユクチ)によって四頭豹に伝えられた。四頭豹は珍しく首を(かし)げて、


「この私でも予測(ヂョン)を外すことがあるとは。神都(カムトタオ)はともかく、あの神箭将というものは決して人に膝を屈することはないと看ていたが……」


 しばらく黙考していたが、やがて言うには、


「まあよい、奴は隻眼傑(ソコル・クルゥド)と同類、いつまでも人の下風に立つことはできまい。インジャはかえって身中に虫を飼ったも同然、あわてることはあるまい」


 引き続き注視するよう命じると再び沈思したが、これもひとまず()く。




 うち続く朗報に沸くジョルチ部に、今度は西原から客人(ヂョチ)が至る。ボギノ・ジョルチ部の賢婀嬌(けんあきょう)モルテである。王大母ガラコの付託を得て、次のカンについて(はか)るべく中原を訪れたもの。やはりおおいに歓待される。


 一日、モルテは、望んで鉄鞭(テムル・タショウル)のアネクに(まみ)える。ほかにあるのは(チェルビ)(・オキン)たる鑑子女テヨナと小白圭シズハン、それから神餐手アスクワと黒曜姫シャイカのみ。インジャもサノウもセイネンもない。跪拝して言うには、


「ハトンにおかれましてはご機嫌いかがでしょう。お身体はよろしいですか」


 というのも、第二子を懐妊してまもなく臨月を迎えるからである。


ええ(ヂェー)、とってもよろしくてよ。名高い賢婀嬌に会えて嬉しく思います」


「ありがとうございます。こうして参ったのはほかでもありません。実はハトンに我が部族(ヤスタン)を救っていただきたいのです」


「私に?」


はい(ヂェー)

(注1)【鳥瞰】鳥のように高いところから広範囲を見ること。転じて、全体を大きく見渡すこと。

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