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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
67/783

第一 七回 ③ <コニバン登場>

インジャ死地を逃れ至りて衆星に(まみ)

ギィ武勲を(あらわ)し果たして野人を(はし)らす

 トシ・チノは全軍を三手に分けた。中軍(ゴル)はもちろん自ら統べ、前軍(アルギンチ)(ヂョチ)たるギィが率い、後軍(ゲヂゲレウル)はインジャが担うこととなった。いよいよ出陣というときにインジャが諸将を拝して言うには、


「実は、(ブルガ)の手中に私の僚友(ネケル)が二人ほど(とら)われていると思われます。一人はゴロ殿もご存知の美髯公(ゴア・サハル)ハツチ、人並み外れた長身に長髯(オルトゥ・サハル)(なび)かせる異形のもの。もう一人は飛生鼠ジュゾウ、身の丈は七尺足らずの小男ですが数多の異能(エルデム)の主。この二人を何とかして助けたいのですが」


 聞いてトシ・チノはふうむと唸る。


「貴殿にはアネクを救ってもらった。兵に二人の名と風貌(ガタル)を知らしめておこう。そして無事にこれを救ったものに厚い恩賞を出すことにしよう」


ありがとうございます(バヤルララ)!」


 そこでマルケが不安そうな(ヌル)で言うには、


「まさかサルカキタンが、いざ敗戦となったときに二人を斬るようなことはありますまいな」


 即座に答えたのは何とゴロ・セチェン。


「そんな愚かなことはするまい。生かしておけば人質になる。連れて逃げることはあっても斬ったりするものか。……もっともサルカキタンとやらが、どうしようもなく知恵がない奴だとしたら話は別だがね」


 インジャらは、サルカキタンが「()()()()()()()()()()()()()」ことを知っていたので、それを聞いて気が気ではない。


 ともかくベルダイ左派(ヂェウン)軍にイタノウ軍を加えた六千騎は進発した。先駆け(ウトゥラヂュ)獅子(アルスラン)ギィ。腰には一対(オレエレ)の宝剣がきらめいている。(サーハルト)には文武両道の好漢(エレ)ゴロ。得物は赤い房の色も鮮やかなひと筋の長槍(オルトゥ・ヂダ)


 やがて前方に右派(バラウン)の三千騎が現れた。ギィは続く将兵に向かって(ダウン)をかける。


(チノ)の兵の戦いぶり、この獅子にとくと見せてもらおう。行け(ヤブ)!」


 言うが早いか、両手で(ウルドゥ)を抜き放つと敵軍目がけてまっしぐらに突っ込んでいく。遅れじとばかりに勇猛果敢な二千騎がこれに続く。ギィの駆けるところ、(きぬ)を裂いたように敵陣が分断されていく。


「見事だ!」


 中軍からこれを望んだトシ・チノが感嘆の声を挙げる。右派軍は浮足立って、陣形(バイダル)もなく片端から蹴散らされていく。トシは太鼓を打たせて中軍も投入した。


 こうなると勝敗は明らかである。右派軍は算を乱して敗走(オロア)に転じた。しかし後背を固めていたインジャは、それを見てもハツチらのことが気になってはらはらするばかり。




 ではそのころ、当のハツチとジュゾウはどうしていたかと言えば、一人はやはりサルカキタンの手中にあった。不運の巨人(アヴラガ)ハツチである。


 ジュゾウのほうは捕まることなく何処かへ去っていた。先の敗戦のおり、彼はインジャとは別の方角へ(はし)った。右派軍はインジャとアネクを躍起になって追ったため、ジュゾウはそれほど執拗な追撃に遭わなかったのである。もちろんそれを狙っていたのは言うまでもない。


 ハツチはインジャに合流(ベルチル)しようと懸命に(アクタ)を走らせていたが、慣れぬ手綱(さば)きが災いしてか、ほどなく捕縛されることとなった。


 さて、サルカキタンは、これをテクズスの嫡子(クウ)コニバンに預けて監視を命じた。このコニバン、非道の(エチゲ)とは似ても似つかぬ仁者であった。


 その父は策謀と武略を主とすれど、彼の性分(チナル)は公平と無私。その父は身の丈七尺半の偉丈夫(エレ)なるも、彼のそれは僅かに六尺半。温和にして従容、朴訥(ぼくとつ)にして淳良、それこそアイヅムのコニバン。


 サルカキタンはこれを評して、


「戦場では折れた(ヂダ)ほどの役にも立たぬ男」


 そう(わら)ったが、忠勤に励むこと人並み以上だったので、覚えはめでたかった。そんなコニバンだったから、いかに捕虜とはいえハツチを粗略に扱うようなことはなかった。縄は掛けたものの侮辱したり拷問したりといった苦痛は与えなかった。


 またいよいよ交戦が近づき、あわただしく準備をしている最中にも待遇に意を払うことを忘れなかった。ハツチが恩義を感じたのは言うまでもない。


 やがて左派軍の襲来が報じられて、アイヅムの陣にも馬蹄(トゥル)の響きが届く。ハツチは動くこともできず(ニドゥ)を白黒させていたが、そこにあわてて駆けつけたものがある。誰かと思って見ればコニバン。


 これは人質として移動させられるに違いないと思っていると、案に相違して言うには、


「敗戦になりそうです。お逃げなさい」


 ハツチは驚いてこれを見返す。


「サルカキタンは承知したのですか?」


いえ(ブルウ)、大人からは決して逃がしてはならぬと厳命されましたが、それではあなたがきっと無益に(アミン)を落とすことになると思ったのです」


「ど、どういうことですか」


「敗戦に腹を据えかねた大人が、捕虜であるあなたを処刑して()さを晴らそうとするのは目に見えています。私はそんなものを見たくないのです。さあ、行きなさい。もうすぐここにもトシ・チノの兵が来るはず、助けてもらいなさい。大人にはうまく報告しておきます」


 そう言ってコニバンは駆け去った。ハツチは呆然とそれを見送る。


「美髯公!」


 (にわ)かに声をかけたものがあった。

 はっとして顧みると何とジュゾウが立っている。


「おお、飛生鼠、生きていたか!」


「喜ぶのはあとだ! ぼやぼやしてると馬に踏まれるぞ! ついてきな」


 そう言うとどこからか持ってきた剣を渡して駈け出した。あわててそれを追う。


「左派の(トグ)は縁が薄黄色(コンゴクチゥド)だったな」


「そうであったか?」


「しっかりしてくれよ! アネク殿が教えてくれたじゃないか!」


 二人は馬蹄の間を縫って走った。危ない局面が何度かあったが、その都度ジュゾウが目にも留まらぬ早業で相手を斬り伏せた。


 やがて馬を奪うと、彼方に見えた左派の旗を指して一散に駆ける。旗の下にいた将の顔を見て、ハツチは目を円くして驚いた。

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