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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
669/783

第一六八回 ①

インジャ神箭将を(たの)んで国王の称を許し

アネク賢婀嬌(けんあきょう)(まみ)えて慮外の(はかりごと)を聴く

 さて、白夜叉ミヒチは神箭将(メルゲン)ヒィ・チノに命じられて、義君インジャに投ずる旨を伝えるべく中原に赴いた。


 もちろんインジャは歓迎したが、例によって獬豸(かいち)軍師サノウがあれこれと言い立てて再考を(うなが)す。しかしそれもすべては国家(ウルス)のため、ミヒチが先にヒィ・チノと交わした約定を明かせば、


「神箭将の言葉(ウゲ)には誠意(チン)があります。言うべきことはありません」


 そう言って、(ようや)く退く。かくしてついにナルモントの好漢(エレ)たちも黄金の僚友(アルタン・ネケル)に名を連ねることになった。居並ぶものは、英傑(クルゥド)と名高いヒィ・チノの帰投を喜んで、一斉に快哉を叫ぶ。


 昂奮の(クイラン)の中にあって、インジャはふとミヒチの後方に控える一個の女性(ブスクイ)(ニドゥ)を留める。呼びかけて言うには、


「そこにあるのはナルモントの(ダナ)と称される司命娘子ではないか」


「覚えておいででしたか。まったくの虚名にて恥ずかしいかぎりですが、そのように呼ぶものもあるようです」


 ショルコウはやや面を伏せつつ、(へりくだ)って答える。


「たしか北伯たる金杭星(アルタン・ガダス)正妻(アブリン・エメ)であったな」


はい(ヂェー)。しかし我が夫ケルンはもう北伯ではありません」


 (いぶか)るインジャに、ヒィ・チノが森の民(オイン・イルゲン)の地位を(おもんぱか)って任を解いた経緯(ヨス)を語る。インジャはおおいに感心して、


「さすがは神箭将。何と行き届いたものであることか」


 百策花セイネンが(アマン)を開いて、


「では司命娘子は、北原からの使臣として参ったのか」


はい(ヂェー)。我らもまた神箭将に(なら)って、ハーンの足下に(ひざまず)かんとて参りました。どうか森の民をお見捨てにならぬよう、お願い申し上げます」


 断る道理(ヨス)があるはずもなく、たちどころに許される。ケルンもショルコウもともにその名は轟いていたので、やはり誰もが喜ぶ。


 平和裡に中原、東原、北原の一統が成ったことを祝って、あとはお決まりの宴。神餐手アスクワの料理(シュース)が運ばれて、インジャがひと声かければたちまち流觴(りゅうしょう)飛杯、語り、笑い、歌って、心ゆくまで楽しむ。


 また四方に早馬(グユクチ)が放たれて、神箭将と金杭星の帰投が伝えられる。これを聞いたものは等しく驚き、かつそれ以上に喜んだ。


 (こと)に「チェウゲン・チラウンの盟(注1)」によって、もとよりヒィ・チノの盟友(アンダ)だった超世傑ムジカと獅子(アルスラン)ギィの喜び(ヂルガラン)はひととおりではなく、自ら奉祝(ウチウリ)せんとて直ちにオルドに向かった。


 こうして新たな好漢が到着するたびに宴を開いて、友誼(ナイラムダル)を深めたが、もちろん飲んでばかりいたわけではない。やはりサノウが進言して、ヒィ・チノの待遇や序列について定める。インジャが言うには、


「神箭将はまことの英傑。ほかの僚友(ネケル)と同列に扱うわけにはいかぬ。カオロン(ムレン)より(ヂェウン)はことごとくこれに委ね、騎馬にて()けるかぎりの(ガヂャル)はすべてその牧地(ヌントゥグ)としようぞ。席次においては僚友の筆頭とし、特に『国王』、『万人長(トゥメン)の中の万人長』と称することを許す。よって戦地に私がなく神箭将があるときは、みなこれに従え」


 破格の厚遇にさすがのミヒチも開いた口が(ふさ)がらない。我に返ってあたふたと礼を述べつつ固辞せんとしたが、


「ならぬ。神箭将が重責を(まぬが)れようとするならば、帰投は認めぬ」


「しかしそれでは……」


 インジャは莞爾と笑って、


「おや、話が違うな。道理のあるかぎり何でも可とするよう、神箭将と約してきたのではなかったか」


「それはそうなのですが、まさかこのような。かえって道理を失うのではありませぬか」


「そうは思わぬ。神箭将は誰よりも広大(ハブタガイ)版図(ネウリド)を有し、最も多くの兵を養い、そもそも超世傑や獅子の義兄(アカ)である。ならば責務(アルバ)も序列も彼らより上位でなければおかしい。となれば自ずとそうなるのだ」


 ミヒチは助け(トゥサ)を求めて左右を見渡し、サノウと目が合った。ああ、この男がいた、かの狷介(けんかい)な軍師ならばと思った瞬間、何とそっと目を()らされる。


 どうやらインジャはこのことを(にわ)かに言いだしたものではなく、事前にサノウらと(はか)っていたに違いない。ならば「可」と答えなければ、道理を失うのはむしろミヒチのほうである。


承知しました(ヂェー)。帰って我がハンにそう申し伝えます」


 またインジャはショルコウに言うには、


「金杭星には北原の統治を託す。カンとして自由(ダルカラン)にこれを治めよ」


承知(ヂェー)


 さらに告げて言うには、


「北原は中原よりも東原と縁が深い。よってこれまでどおり、ことがあればまずは神箭将を(たの)め。いちいち私に(はか)らずともよい」


 たちまちその意図(オロ)を察したショルコウは瞠目して、


「あ、それでは……」


 インジャは大きく頷くと、


「そのほうが金杭星もはたらきやすいだろう。神箭将の配慮は徳とするが、森の民は森の民の望むようにせよ」


 ショルコウは平伏して、


ありがとうございます(バヤルララ)! 金杭星もきっと喜びます」


 居並ぶ好漢たちは、万事収まるところに収まっていくのを見るうちに、次第に(セトゲル)が昂揚する。ついに呑天虎コヤンサンが割れんばかりの大声で、


万歳(ウーハイ)!」


 そう叫んだのを契機に次々と唱和に及んだが、くどくどしい話は抜きにする。

(注1)【チェウゲン・チラウンの盟】チルゲイの斡旋によって、ヒィ・チノ、ムジカ、ギィの三人は盟友(アンダ)となった。第四 一回②参照。

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