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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
664/783

第一六六回 ④

ガラコ(さら)に官を加えて賢婀嬌の言を容れ

ヒィ(つい)に意を決して金杭星の任を解く

 呆然とするケルンに代わって(アマン)を開いたのは(エメ)のショルコウ。言うには、


「ハーンは獅子(アルスラン)殿や超世傑殿に(なら)って義君に投じる、とおっしゃるのですか」


然り(ヂェー)


 僅かな躊躇もない。それでショルコウもまたひと言で応える。


「承知しました」


 あまりにあっさり了承しすぎると(いぶか)しんだか、ヒィは尋ねて、


「司命娘子は賛成か、反対か」


 何と答えたかといえば、


「私などが口を挟むことではありません。ハーンが熟慮の末にそうお決めになったのであれば、人衆(ウルス)は自ずと従うでしょう」


 ヒィは、ふふんと笑って、


「お前も白夜叉と同じ(アディル)ことを言う。賢い女とはそういうものか」


「さあ、どうでしょう」


 そこで(ようや)く我に返ったケルンがあわてて言うには、


「ちょっと待ってください。それと俺の解任はどういう……」


「お前の賢い妻に尋ねてみたらどうだ?」


 するとケルンは素直に感心して、


「ははあ、たしかに! なあ、お前。ハーンがそうおっしゃっているのだが……」


 ショルコウは細い(エリウン)(ホロー)を当てて言った。


「そうですね、森の民(オイン・イルゲン)のことは森の民で決めよ、ということでしょうか」


「それなら考えるまでもない。ハーンに従って、ともに義君に投じるぞ」


 これも迷わず即答する。ヒィは笑って、


「おい、少しは考えてくれ。俺はこの(オブル)、そのことばかり考えて過ごしたのだぞ」


「どれだけ考えようが、答えが変わらないなら同じことでしょう」


 至ってまじめな(ヌル)で言う。ヒィはひとつ頷くと、


「その(オロ)嬉しい(バヤルタイ)が、ならばいよいよお前を解任しなければならん」


 ケルンは途端に憤慨する。


「ですから、それが解らんのです! ともに投じるのに何でそうなるのか……」


「聴け。お前は北伯のままでは、俺が義君に投じたとき、陪臣(ばいしん)(注1)ということになる。しかしお前が北原の王として別個に義君に降れば、俺と同じ直参の処遇となろう」


「ハーンと同じ……?」


然り(ヂェー)。そのほうが森の民の面目が保たれるではないか」


 ケルンはしばし考える風だったが、


「面目やら体裁やらを気にしたことはありませんでしたが、それを言えば私はまた(エヂェン)を替えることになります。世間(オルチロン)がとやかく言うことはありますまいか」


 言葉のとおり、ケルンは最初に鎮氷河エバ・ハーンの女婿(グレゲン)となってこれを助け、セペート部が滅んだのちにはヒィ・チノに投じた。今またインジャを主君と仰げば、畢竟二君どころか三君に仕えることになる。


 それを聞いたヒィは、


「言いたいものには言わせておけ。お前はかつて一度たりとも主に叛したことはない。金杭星(アルタン・ガダス)ほど忠良(シドゥルグ)で信義に厚いものがないことは、誰もが知っている。何より俺は、そこを見込んで司命娘子を(めと)らせたのだからな」


「ありがとうございます」


 ケルンはそう言いつつ、美しい妻の横顔を一瞥して赤面する。ヒィはその様子を見て、にやりと笑うと、


「もちろん司命娘子にとっても良縁だったであろう」


はい(ヂェー)、おかげさまで楽しく暮らしております」


 傍ら(デルゲ)からケルンが、


(ウネン)か? まことに不満はないか?」


 ショルコウはこれを優しく(とが)めて言うには、


「ありません。それよりハーンの御前ですよ、好きに喋ってよいわけではありませんからね」


「ああっ、これはとんだ失礼(ヨスグイ)を!」


「よいよい。言ったであろう。お前はもう俺の臣ではない」


 俄かに(ムル)を落として、


「そうはっきり言われると寂しいものです……」


「主従ではなく、僚友(ネケル)となるのだ。もちろん森の民がそれを善し(サイン)とすればだが」


「僚友! 何とまあ、畏れ多い」


「同じ処遇とは、そういうことではないか」


「たしかに……」


 ヒィは向き直ると、


「司命娘子よ。お前の夫は忠良だが、やはりお前の助けが必要だ。(たの)んだぞ」


はい(ヂェー)、お(まか)せください」


 完爾として答えれば、ケルンもまた、


「ハーンのおっしゃるとおりだ。俺からもぜひよろしく嘱む」


 (テリウ)を下げたものだから、ヒィとショルコウは揃って吹き出す。




 くどくどしい話は抜きにして、ついに東原に冠たる英傑(クルゥド)は大義の(トグ)の下に加わることを決心して、白面の女傑を中原に送ることになる。


 テンゲリの定めに(したが)えば、さながら(オス)が高きより低きに下るがごとく、好漢英傑はことごとく義君のもとに参集するといったところ。果たしてヒィ・チノはどのようにしてインジャに降るか。それは次回で。

(注1)【陪臣(ばいしん)】家臣の家臣。

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