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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
662/783

第一六六回 ②

ガラコ(さら)に官を加えて賢婀嬌の言を容れ

ヒィ(つい)に意を決して金杭星の任を解く

 エジシに請われて、ガラコは摂政を兼ねることになった。次のカンが立つまでのほんの僅かな間とて引き受けたものだったが、実にこの先何年も摂政であり続けることになろうとは予想(ヂョン)だにしていない。そうと知っていたら、決して承知しなかっただろう。


 あるとき、モルテが言うには、


「カンについて、考えていることがあります」


 ガラコは愁眉を開いて、


「さすがは賢婀嬌(けんあきょう)だ。良い案を思いついたみたいだね」


 するとなぜか浮かぬ(ヌル)で答えて言うには、


はい(ヂェー)。しかしながら、今はまだ何とも言えないのです」


「どうして?」


 やや言い(よど)んで、


「……そのときが来なければ、まことにそうできるか、またたとえ思うとおりになったとして、確かにそうさせていただけるか判らないからです」


 ガラコは虚を衝かれて首を(かし)げると、


「……私の(タルヒ)がどうかしちまったのかねえ。賢婀嬌が何を言ってるのか、さっぱり解らないよ」


「申し訳ありません。はっきりしたことは何も申し上げられないのです」


「あっはっは。何だい、それは! いつになればはっきりするって言うんだい?」


 思わず笑いだしたガラコに、深々と(テリウ)を下げて言うには、


(ゾン)には、私の考えが実現できるかどうか、検討を始められるはずです」


「はあ、夏ねえ……。まだ検討もままならないとは、賢婀嬌にしてはずいぶん珍妙なことを言うもんだ。いいさ、いつでも賢婀嬌は正しい。夏まで待つよ」


「ありがとうございます。それに関して、もうひとつお願いがございます」


「何でも許す。この件についてはもう賢婀嬌に(まか)せるつもりだからね」


「私をジョルチに()ってください。次のカンについて、義君や獬豸(かいち)軍師の意向(オロ)を確かめてまいります」


 ガラコは(フムスグ)をぴくりと動かすと、


胆斗公(スルステイ)によれば、義君はカンの人選に容喙(ようかい)しないようにとわざわざ戒めたって話じゃないか。こちらから何を確かめようって言うのさ」


 問われたモルテはしばらく無言だったが、やがて答えて言うには、


「……どうしても必要(ヘレグテイ)なのです」


ああ(ヂェー)、承知したよ。今はまだ聞くまい。行っておいで。その前に太師と胆斗公には挨拶しとくんだよ」


はい(ヂェー)、そのつもりです」


 一礼してモルテは退出したが、この話はここまでとする。




 変事が起こるたびに右往左往するボギノ・ジョルチ部に比べて、東原のナルモント部はむしろ一歩も動けずにいた。


 版図(ネウリド)の南半をゴルバン・ヂスンに抑えられて、逼塞(ひっそく)を余儀なくされる。彼我の兵力差は二倍どころか三倍に達しようとしていた。(たの)みのインジャも再び大軍を送ることはすぐには難しい。


 ハーンたる神箭将(メルゲン)ヒィ・チノは(オブル)の間、誰も近づけずに独り黙考していた。飛虎将とも称される果断な彼にしては珍しく、部族(ヤスタン)危機(アヨール)に対して何の命令(ヂャルリク)も出さずに無言を貫く。


 正月(ツェゲン・サラ)の祝いに諸将が集まった席でも、ほぼひと言も発しない。おかげでみな早々に退散してしまった。


 (ハバル)が近づいたある(ウドゥル)(ヂェウン)ヤクマン部を内偵していた神行公(グユクチ)キセイが復命する。ひととおり聞いたヒィは、


「やむなし。北伯と司命娘子をここへ」


 短く命じてキセイを送りだすと、病大牛ゾンゲルに、


「お前はオラザに行って、白夜叉を」


はい(ヂェー)!」


 あわてて飛び出す。


 数日経って先に着いたのはミヒチ。揖拝(ゆうはい)して言葉(ウゲ)を待つ。しかしヒィは何も言わない。いつもならば遠慮なく軽口を叩くミヒチも、主君(エヂェン)のただならぬ気配を察して黙っている。


 ヒィは、まるでミヒチの姿(カラア)など(ニドゥ)に入っていないかのようだったが、しばらくしてついに言うには、


「白夜叉。またお前に中原へ行ってもらうことになるだろう」


「中原へ……」


そうだ(ヂェー)


 また(アマン)(つぐ)んでしまう。ミヒチのほうは久々にヒィの(ダウン)を聞いて、やや安心する。そこで自ら尋ねて言うには、


「行くのはかまいませんが、どのような用件か伺ってもよろしいですか」


「…………」


 ミヒチは黙りこんでいるヒィの顔を観て思わず目を(みは)る。そこからは憤怒(アウルラアス)悲嘆(ゲヌエル)、悔恨、自虐、逡巡、恐懼に加えて、僅かに安堵(オルグ)喜悦(ヂルガラン)すら看て取れる。つい口を衝いて、


「……呆れました」


 言えば、ヒィは驚いて、


「何だと? いったい何を呆れる」


 はっとして言うには、


「失礼しました。人というのはそんな込み入った顔ができるものなのかと、うっかり感心してしまいました」


 ヒィは眉を(しか)めて、


「何だ、それは。まじめに考えていた俺が阿呆(アルビン)みたいだ」


「では、何かお決めになったのですね」


「まあな。みなに(はか)る前に、白夜叉の考えを聞いておきたい」


 ミヒチは内心、聞こうが聞くまいが一度決めたことを(くつがえ)す方ではないでしょうと思ったが、もちろん口には出さない。神妙に待っていると、やっと意を決して、


「……俺はテンゲリの、運命(ヂヤー)の導きに(したが)おう、と決めた」


 そう言ってミヒチの顔をじっと窺う。

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