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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
661/783

第一六六回 ①

ガラコ(さら)に官を加えて賢婀嬌の言を容れ

ヒィ(つい)に意を決して金杭星の任を解く

 さて、十万の大軍が迫って光都(ホアルン)を放棄せざるを得なくなった義君インジャ。幸いにして一丈姐(オルトゥ・オキン)カノンたちは、人衆(ウルス)とともに無事に神都(カムトタオ)へ逃れた。


 光都(ホアルン)を奪った三色道人ゴルバン・ヂスンは、これを梁の魏登雲らに(まか)せて、イルシュ平原に進出する。続々と伺候した小氏族(オノル)(ノヤン)をいちいち歓迎して、たちまち覇権を確立する。ついに幕府を開いて混血児(カラ・ウナス)ムライを(しょう)とした。


 また(ヂャサ)を宣布し、近衛(ケシク)を設けるなど次々と施策を打って、瞬く間(トゥルバス)(ヂェウン)ヤクマン部とも云うべき版図(ネウリド)を形成する。


 (ナマル)は去って(オブル)となり、やがて(ヂル)が明けた。


 インジャやヒィ・チノは、為す術もなく手を(こまぬ)いているばかり。そうして東原に(ニドゥ)を向けているところに、思いがけず西原から急を告げる早馬(グユクチ)が至る。


 聞けば、ボギノ・ジョルチ部のハヤスン・コイマル・カンが(にわ)かに崩じたとのこと。驚いているうちに今度は武神モルトゥまで(こう)じてしまった。いずれも尋常の死ではありえない。


 王大母ガラコをはじめ、みな動揺してインジャに助力(トゥサ)を求めた。そこで胆斗公(スルステイ)ナオルらを派遣する。ナオルはかつてモルトゥと兵を併せて上卿会議を覆滅した(注1)ボギノ・ジョルチと縁の深い好漢(エレ)


 インジャが戒めて言うには、


「新たなカンが即位するのを見届けたら帰れ。カンの人選については容喙(ようかい)(注2)してはならぬ」


 何となれば、ボギノ・ジョルチはあくまで一個の盟邦、インジャに属するものではなかったからである。


 ところがナオルを迎えたガラコたちは心奥より安堵したらしく、これを伏し拝むようにして喜んだ。のちに雷霆子(アヤンガ)オノチが、


「そのまま胆斗公をカンに推戴してしまうのではないかと思ったぞ」


 そう苦笑したほどの熱烈な歓迎ぶり。(ようや)く平静を取り戻して、向後について(はか)る。とりあえずカンは空位のままで、太師エジシ、断事官(ヂャルグチ)ガラコ、司法官(ヂャサウル)カンバルが共同で統治しつつ、慎重にカンの人選を進めることにした。


 そもそもハヤスンは、かの悪名高き上卿会議によって立てられたカンである。小心で従順というだけではなく、年老いて後を継ぐものがなかったことも傀儡とするのに最適だった。


 それが回天を経た今となっては、後継を定めておかなかったことがまことに悔やまれる。近親もなく、孤独な老人(ウブグン)であった。


 賢婀嬌(けんあきょう)モルテが気遣(きづか)わしげな表情で、


「大カンに迂闊なものを立てるわけにはいきません。願わくば多くのものが得心して従い、後継に憂いがないこと……。またかつてのように小氏族(オノル)から選んでは、上卿会議に(なら)ったものとの(そし)りを(まぬが)れますまい」


 ガラコは(フムスグ)(しか)めて、


「まったくもって賢婀嬌の言うとおりさ。で、どこにそんな人が隠れているんだい? モルトゥ・バアトルが生きてりゃ話は別だけどね。理想ばかりは言ってられないよ」


 もとより上卿専制と内乱(ブルガルドゥアン)のために人材が払底していることが部族(ヤスタン)の悩みの種、いきなりカンを立てるといっても容易(アマルハン)ではない。ナオルの援護を得て人心はやや鎮まったようだが、苦悩するのはむしろこれからといったところ。


 一方、ナオルたちとて気に懸かることがないわけではない。中でも天仙娘キノフはうしろ髪引かれる思いで西原へと渡ってきた。


 というのもつい先日、皇后(ハトン)アネクの第二子懐妊が判ったばかりだったからである。オルドに仕える鑑子女テヨナと小白圭シズハンに後事を託してはきたが、経過が気になってしかたがない。


 あるとき偶々(たまたま)そのことを知ったモルテは、おおいに恐縮して謝意を表したが、心中にある思案が生まれていた。それが何であるかはいずれ判ることゆえ、今は述べない。




 こうして何も進展がないまま、(ハバル)を迎える。と、それを待っていたかのように兵乱が起こった。インガル氏のハダムが決起したのである。ハダムはカンと称して、「クル・ジョルチ」の復活を高らか(ホライタラ)に唱える。


 インガル氏とは、前のカンであるハヤスンの出自(ウヂャウル)である。族長(ノヤン)のオグハンがあわてて討伐の兵を向けたが鎧袖一触、あっさり撃ち破られてしまった。


 急報を受けたガラコは怒り(アウルラアス)心頭に発した。自ら(ヂダ)(つか)んで兵を糾合すると、直ちに進撃する。ナオルもまた呼応して、オノチ、ドクトを従えて合流(ベルチル)した。


 ハダムはあれこれと高邁な理念を掲げて蜂起したが、いかんせん人望にも兵略にも欠けていた。(トグ)さえ揚げればたちまち人が集まるだろうという目算はあえなく外れ、一戦にて敗れ去る。


 ガラコはこれを執拗に追撃してついに討ち取った。主要な将もことごとく葬る。さらに族長(ノヤン)のオグハンをも叱責して謹慎を命じた。これによって、法に(ヂャサ)拠らず武によってカンたらんとするものは、決して(ゆる)さないことを内外に示したのである。


 とはいえ、このことはガラコたちの心胆を寒からしめた。早急にカンを立てねば、ハダムに続くものが現れないとも限らない。エジシが言うには、


「ここはやはり王大母殿を(たの)むほかありません」


「何言ってるんだい。私にカンになれって言うのかい?」


「それでもよろしいのですが、きっと(がえん)じますまい」


「当然だよ! ただでさえ、族長(ノヤン)だの断事官(ヂャルグチ)だのを持て余してるんだ」


 エジシは莞爾と微笑んで、


「ならば持て余すついでに、もうひとつお願いします」


 (いぶか)しむガラコに告げて言うには、


「摂政として、いずれ立つカンが(みずか)ら政事を始めるまで、しばし部族(ヤスタン)を治めていただきたい」


「そいつは断れないんだろうね?」


 ガラコは思わずテンゲリを仰いだが、くどくどしい話は抜きにする。

(注1)【ナオルはかつて……】第一三四回②参照。


(注2)【容喙(ようかい)】横から口を挟むこと。

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