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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
659/783

第一六五回 ③

ジュゾウ光都に駆けて一丈姐を逃し

ゴルバン府署を設けて河東公に達す

 好漢(エレ)たちは散々に苦労しながら、互いに助け合って何とか神都(カムトタオ)に達した。サルチン、ゴロ、ヘカトの三頭(ゴルバン・テリウ)(まみ)えて、事の次第を報告する。


 光都(ホアルン)城門(エウデン)を破壊したと聞いたゴロが、ジュゾウに言うには、


「壊すより、いっそ掃き清めるくらいが良かった。そうすれば愚かなものなら怒る。賢いものなら疑う。どちらにしても利があった」


「そうですかい。これでも迷ったんですよ」


「お前は慧敏だが、昔日(エルテ・ウドゥル)からどうも粗忽なところがある」


「ちぇっ、今さら言われなくても解ってますよ」


 ジュゾウがむくれたところで、


「まあ、みな無事に着いたんだからいいじゃないか」


 そう言ったのは、先に到着して光都(ホアルン)人衆(ウルス)のために奔走していたカノン。(ソオル)や悪疫の流行で(エヂェン)を失った家屋を、ことごとく難民に与えるよう手配した。


 かつてはヒスワの暴政を嫌った神都(カムトタオ)の民が大挙して光都(ホアルン)に移ったものだが、今や逆に神都(カムトタオ)光都(ホアルン)の民を受け容れることになった。


 バラウンが首を(かし)げて、


「たしかにゴロの兄貴の言うとおりなら追撃を受けてもおかしくないのに、ただの一人も敵兵を見ませんでしたよ」


 ヘカトがううむと唸って、


「テンゲリの加護か、それとも……」




 くどくどしい話は抜きにして、ついに(ムレン)を渡ったヤクマン軍に(ニドゥ)を転じる。城門が破壊されているのを見た三色道人ゴルバン・ヂスンは、


「小癪な。実にくだらぬ」


 そう吐き捨てた。傍ら(デルゲ)にはあの混血児(カラ・ウナス)ムライがあって言うには、


敵人(ダイスンクン)はまだ遠くには行っておりますまい。城門を壊して時を稼ごうとあがいているのが何よりの証左。追わせますか?」


いや(ブルウ)。やらねばならぬことはほかにある。小敵など放っておけ」


「まったくそのとおりでございます。では次の策へと進みましょう」


 ゴルバンは鷹揚に頷くと、梁の将軍たちと麾下の部将を集めた。千里の(モル)を踏破して梁兵を率いてきたのは、征虜大将軍たる魏登雲。青竜刀を操る豪のものにて、「鬼頭児」と称されている。


 副将は江奇成、官は平北将軍。七尺に足らぬ短躯である。ほかに武には「黒蟾蜍(こくせんじょ)(黒いひきがえるの意)」の卞泰岳(べんたいがく)と「矮飛燕(ちびの燕の意)」の拓羅木公(ぼくこう)があり、文にはまた秦元敏と江秀之がある。


 もう一人、怪しげな長身の道士があって名を林孟辰と云う。号して「尸解(しかい)道士」。この七人(ドロアン)が梁軍の中核(ヂュルケン)


 一方、三色道人の下にはムライのほかに、ドロアン・トイ、トウトウ、イヒトバン、ゴルバン・アンクらがある。先にシノンを(おとしい)れたチャダの姿(カラア)も見える。渾名(あだな)があるものもいれば、ないものもいる。


 もちろん草原(ミノウル)中華(キタド)では言葉(ウゲ)が異なる。


 そこで華語通辯(つうべん)として耶律老頭なるものがある。いかなる言葉もたちどころに習得してしまう異能(エルデム)の主。これを(たた)えた渾名があって、すなわち「九声鸚(きゅうせいおう)」。彼と彼の門弟たちが、誰かが話すたびに訳して伝える。


 ゴルバンは魏登雲と(はか)って、光都(ホアルン)を梁軍に(まか)せると、自身はウルハンク軍を率いてゆっくりと北上する。四方に早馬(グユクチ)を放ちながら辿り着いたのはイルシュ平原。かつて南伯シノンが拠点とした要衝である。


 クリエン(注1)を形成して待っていると、三々五々集まってきたのは早馬に接した小氏族(オノル)族長(ノヤン)たち。シノンが没落したのちはヒィ・チノの傘下に復していたはずが、四頭豹の調略によって再び離れたのである。


 呆れたことに(つよ)い草はただの一本もなく、(サルヒ)が吹けばたちまち(なび)くものばかり(注2)。もとよりヒィも彼らをあてにはしていないが、あまりに節操がなさすぎるというもの。


 ゴルバンとてこれを(たの)みにしなかったのはヒィやシノンと同様だが、本心(カダガトゥ)はどうあれ、これを(はな)から粗略には扱わなかった。会盟して形ばかりの忠誠を誓わせたヒィやシノンと同じ(てつ)は踏まない。


 一応は歓迎する素振りを見せて、不安に(おのの)く彼らを安んじた。その上で百人長(ヂャウン)の位を与えて諸将の下に配属する。小氏族(オノル)は厳正に組織されて、ほどなくゴルバンの覇権が確立した。


 実はゴルバンは、驚くほど広範な権限を付与されて河東に渡っていた。先の百人長の任命も本来ならハーン、あるいは相国(サンクオ)たる四頭豹にしか許されていない。その及ぶところは軍権に留まらず、内政外交など多岐に(わた)った。


 ついに幕府(注3)を開いて、ムライを(しょう)(注4)とする。のちに正式に河東公に任じられ、「順王」の称号すら得る。ゴルバン治下の東原を、以後は「(ヂェウン)ヤクマン部」と呼ぶことにする。


 ヒィは、光都(ホアルン)のみならず、再び東原の南半をことごとく失ったのである。切歯扼腕したが、どうにもならない。神行公(グユクチ)キセイをして敵情を探らせただけである。


 (にわ)かに強大な(ブルガ)と境を接することになり、ヒィは再び窮した。彼我の兵力差は歴然、単独では決して抗しえない。


 憂悶するうちに(ナマル)は過ぎ去ろうとしていた。ヒィは冬営地(オブルヂャー)への移動(ヌーフ)を指揮しながら、沈思黙考することが多くなったが、くどくどしい話は抜きにする。

(注1)【クリエン】複数のアイルの集団から成り立つ部落形態。主に軍団の駐屯に際して形成され、遊牧形態から戦闘形態への転換が容易である。圏営、群団などと訳されることもある。単位は「翼」。


(注2)【(つよ)い草はなく……】古言に「疾風に剄草を知る」とある。激しい風が吹いてはじめて丈夫な草が見分けられる。つまり、苦難に遭ってはじめてその人の意志の強さや節操の堅さがわかることの(たと)え。


(注3)【幕府】出征中の将軍の幕営。


(注4)【相】諸侯を補佐する官吏の最高位。中央における宰相に当たる。

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