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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
658/783

第一六五回 ②

ジュゾウ光都に駆けて一丈姐を逃し

ゴルバン府署を設けて河東公に達す

 ジュゾウたちが(ようや)光都(ホアルン)を望めば、まだ敵影はない。


「おお、間に合ったようだ!」


 一散に駆け込んで、すぐにカノンたちに(まみ)える。当然、光都(ホアルン)からも河西に大軍があることは見えていて、どうしたものか(タルヒ)を悩ませていたところ。ジュゾウが早口に言うには、


「悩んでいる暇などないぞ。すぐに退去せよ、とのハーンの勅命(ヂャルリク)だ」


「苦労して得たものを……」


 カノンはやや不満げな様子。ナハンコルジも(ニドゥ)(いか)らせて、


「ハーンに伝えてくれ。たとえ百万の(ブルガ)といえども、救援があるまで必ず守りとおしてみせる、と」


 バラウンは困ったような顔で、(アマン)を閉ざしている。察するにすでに退去を進言して却下されたのだろう。ジュゾウは半ばあわて、半ば呆れて言った。


道理(ヨス)の解らぬことを言うな。ハーンは諸君の(アミン)こそ(バリク)より重んじている」


「だが光都(ホアルン)守禦(しゅぎょ)を託されながら一矢も交えずに逃げたとあっては、何の面目あって僚友(ネケル)(まみ)えることができようか」


「悔しいのはみな同じだ。(バリク)などいずれ奪還すればよい。それも生きて(オスチュ)こそかなうというものだ。ここで退いたとて誰が(わら)おう」


「しかし……」


 ずっと黙って聞いていたシャイカが、初めて口を開いて、


「もたもたしているうちに(チャク)を逸したら、むしろ(わら)うよ、私」


「何だとっ!?」


 目を()いたナハンコルジはもはや顧みず、カノンに言うには、


「姉さんは解っているはず。すぐに逃げよう。今ならきっと人衆(ウルス)も助けられるよ」


「人衆を……。そうだ(ヂェー)、黒曜姫の言うとおりだ。こうしちゃいられないね。みなで神都(カムトタオ)へ走ろう!」


 カノンがきっぱりと言えば、それ以上逆らうこともできぬ。バラウンは明らかにほっとした様子で、


石沐猴(せきもっこう)、我らはあとまで残ってできるかぎり人衆の離脱(アンギダ)を援けよう。それこそハーンの御心(オロ)(かな)う道ではないか」


 何とか首肯したので、早速手分けして準備にかかる。バラウンとナハンコルジは兵衆を使って街中に布告を出し、退去を勧めて回る。


 シャイカはカノンを伴って先発、神都(カムトタオ)を指す。道々、駅に達するごとに駅馬(ウラアン)光都(ホアルン)に差し向けるよう要請する。もちろん人衆の移動(ヌーフ)に供するためである。また駅はすべて撤去して、駅站吏(ヂャムチ)たちも神都(カムトタオ)へ向かわせる。


 その他諸々の差配はジュゾウが残ってこれを担う。光都(ホアルン)は俄かに上を下への大騒ぎとなった。多くの人衆が避難することを希望したからである。


 幸いにして架橋の進捗は三分の一ほど、まだ時日はある。とはいえ一度完成してしまえば、歩騎併せて十万の兵に蹂躙されることになる。悠然と構えていられるわけもない。


 急ぎに急いで、五日ほどのうちに光都(ホアルン)はすっかり閑散となる。残留を望んだものは別として、数多の人衆が(ホイン)へ向けて発った。(アクタ)が足りず、てくてくと歩いていくものもある。


 公用の馬や(テルゲン)も供出したが、まるで追いつかない。楚腰道の駅から回された馬群(アドゥ)に逢うたびに弱きものから順に与えたものの、それも限りがある。騎兵を率いて周囲を哨戒していたバラウンが言うには、


「なあ、石沐猴。この遅々とした歩み(アルハー)では、河東に達した敵に追われたら、たちまち殲滅(ムクリ・ムスクリ)されるぞ」


「そのときはそのときよ」


 不機嫌そうに答えるばかり。


 最後に光都(ホアルン)を出たのはジュゾウ。数百の騎兵を従えている。発つ前に例の架橋を望見すれば、すでに(ムレン)半ば(ヂアリム)を越えて迫ってきている。


「もうすぐこちらに達しそうだ」


 そこでふと思案に暮れる。あれこれと逡巡したのち、何と言ったかと云えば、


城門(エウデン)を壊そう。運びきれない火薬(ダリ)がある。僅かでも時を稼ぐべきだ」


 たちまち実行されて四門は崩落する。それを見届けてジュゾウも発った。すると翌日には逃げる人衆の後尾に追いつく。(フムスグ)(ひそ)めて、


「ははあ、まだこんなところに。果たして逃げきれようか」


 とはいえ、一歩でも進むよりほかにない。後方を気にしつつ先を急ぐ。


 しかし幾日経っても追ってくる気配はない。そのうちに神都(カムトタオ)から白面鼠(シルガ・クルガナ)マルケが、ナルモントから白夜叉ミヒチと病大牛ゾンゲルが、多量の馬と車を連れて助力(トゥサ)に現れた。


「ハーンの厩舎(アラチュグ)を空にしてきたよ。で、敵兵十万ってのは(ウネン)なのかい?」


 ミヒチの問いに答えたのはバラウン。


はい(ヂェー)、姐さん。対岸は敵兵で埋め尽くされていました」


「うひぃ」


 (ダウン)を挙げたのはもちろんゾンゲル。ミヒチはそれを一瞥したが、何も言わずに視線を戻して、


「もう光都(ホアルン)は奪われたろうね」


 ジュゾウが頷いて、


「俺が出るとき、橋は此岸に達しそうだったからな。とっくに光都(ホアルン)に入っているだろう」


「ならば疾く神都(カムトタオ)へ。ぼやぼやしている暇はないよ!」


はい(ヂェー)、姐さん!」


 バラウンが威勢よく答えて、一行はさらに足を速める。

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