表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
654/783

第一六四回 ②

楚腰公神都に還りてインジャ西に帰り

神道子光都を(おもんぱか)ってゴルバン東を望む

 サルチン、ゴロ、ヘカトの三頭(ゴルバン・テリウ)が牽引する神都(カムトタオ)の治安はみるみる回復して、人心はほどなく安定した。


 もちろん至るところに(ソオル)の傷痕が残り、かつての繁栄を取り戻すのはいつになるやら知れぬほどだったが、何より僭帝ヒスワの暴政を脱した人々の表情は明るかった。人衆(ウルス)を苦しめた数々の悪法はすべて廃されて、自由(ダルカラン)の気風が徐々に甦る。


 神都(カムトタオ)傭兵(ヂュイン)となったマルケとツジャンは城壁(ヘレム)城門(エウデン)を修築して、ともに(はか)って綿密な防衛の策を講じる。


 また中原から美髯公(ゴア・サハル)ハツチが招かれて、東西を結ぶ駅站(ヂャム)の整備を委ねられた。もともと東原にはサルチンの楚腰道があったが、これを(チャク)にあらゆる(モル)を繋げようという壮大な企図。


 新たに神都(カムトタオ)鍾都(ハガム)も結ばれて、これはそのまま北道(ホイン・モル)へと続く。ナルモントから長者(バヤン)ワドチャに勅命(ヂャルリク)が下って、ハツチを輔ける。さらにタムヤから豬児吏トシロルが召されて、船着場(オングチャドゥ)の拡張を手がける。


 こうしたことが着手されるのを見届けて、いよいよ遠征軍はそれぞれの牧地(ヌントゥグ)へと帰還することになった。それを前に神都(カムトタオ)の城外に祭壇(シトゥエン)が築かれる。何のためかといえば、ジョルチ、ナルモント、そして神都(カムトタオ)の会盟を行うためである。


 インジャ、ヒィ・チノ、サルチンがテンゲリに誓って、友好(ナイラムダル)を確かめる。歓呼の声は草原(ケエル)をどよもし、いつまでも()むことがない。


 酒食が供されて、そのまま盛大な宴となる。好漢(エレ)たちも張り巡らされた帳幕(ホシリグ)のうちに席を設けて、祝杯を交わしながら向後について話し合う。


 三者の人衆は互いに割符(ベルゲ)を交付して、通行の自由を保証する。もともと神都(カムトタオ)は、中原から来るものについては(アクタ)の渡河を禁じていたが、それも撤廃となる。いずれは西原へも使臣を()って、同様の盟約を交わすことも決まる。


 ジュゾウは雀躍して、


「カムタイの紅大郎(アル・バヤン)がこれを聞いたら喜ぶぞう!」


 みなどっと笑う。今ここに神都(カムトタオ)を得たことで、誰もが浮かれていた。


 ヒスワがこの(ガヂャル)に盤踞していたために、長らく東西の和合が(はば)まれてきた。その障碍が除かれたおかげで、(ヂェウン)はナルモントから、ジョルチを経て、西(バラウン)のウリャンハタ、ボギノ・ジョルチまでを包括する広大(ハブタガイ)な交易圏が現出したのである。


 そこではジョルチン・ハーンの掲げる大義の(トグ)の下、人衆は平和(ヘンケ)安寧(オルグ)を享受することができた。あとは南原にあるヤクマン部を亡ぼすばかり。これさえ覆滅すれば、永遠(モンケ)に続くかと思われた乱世もついに終息が見えてくる。


 もちろん容易ではない大敵だが、すでにインジャとその盟友(アンダ)版図(ネウリド)は、三方からこれを包囲(ボソヂュ)する形勢。然るべきときに然るべき手を打てば、必ず大願を成就できるはずである。好漢たちは希望に(オモリウド)を膨らませた。


 かくして会盟も成功裡に終わり、諸将は去ったがこの話はここまでとする。




 インジャも約一年半ぶりに懐かしいオルドへと帰った。無事に留守陣(アウルグ)を保った胆斗公(スルステイ)ナオルや、刺客(アラクチ)から三后(ゴルバン・ハトン)を護った黒曜姫シャイカらは激賞される。余の諸将もそれぞれ賞を賜った。


 しばらくは東原親征の疲れを癒し、兵を休ませて次の戦に備える。東西に使節を(つか)わして、交誼を深めることも忘れない。ウリャンハタの衛天王カントゥカは返礼(カリラ)の使者として、奇人チルゲイと神道子ナユテを送る。


 インジャは大喜びでこれを迎えると、


「おお、奇人殿! 息災でしたか(メンドー)?」


 揖拝(ゆうはい)して言うには、


はい(ヂェー)、もちろん。それよりこのたびの多大な戦果は史上稀なるもの。お慶び申し上げます」


「幸いにしてテンゲリの加護がありました。神道子にもずいぶん助けられた」


「私などは何も。おめでとうございます」


 チルゲイはにやにや笑いながら、インジャの傍ら(デルゲ)にあるサノウに目を止めて、


「迷い子も無事に帰ったようで何よりですな!」


 サノウは(フムスグ)(しか)めたが、居並ぶものはみな笑う。インジャはまた尋ねて、


「久しく名を耳にしていませんでしたが(注1)、この間は何を?」


「さあ、特に何も。ぼんやりしているうちに数年経っておりました」


 この答えにまた満座は笑いに包まれる。さらに言うには、


「まあ、たまには人に請われて小さな謎を解いたりしていました」


 インジャは興味を惹かれた様子で、


「ほほう、それはまたどのような……。あっと、うっかりしておりました。お話は(ボロ・ダラスン)とともに拝聴いたしましょう」


「それでこそ義君! その言葉(ウゲ)をお待ちしておりましたぞ!」


 応じて神餐手アスクワが腕を(ふる)った料理(シュース)の数々が運ばれる。チルゲイは舌なめずりして大喜び。


 一同は乾杯して料理を楽しみながら、チルゲイの語る少しばかり不思議な話の数々に(チフ)を傾けた。それがどのようなものだったかは別に機会もあるだろうから、くどくどしくは述べない。

(注1)【久しく名を……】チルゲイが最後に登場したのは、ウリャンハタの北伐にて三部族会盟を成立させたときである。西暦1214年のこと。現在は1218年なので、かれこれ四年前となる。一三三回④参照。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ