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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
653/783

第一六四回 ①

楚腰公神都に還りてインジャ西に帰り

神道子光都を(おもんぱか)ってゴルバン東を望む

 さて、ついに神都(カムトタオ)を落とした義君インジャたち。宮城にて癲叫子ドクトが奸人ヒスワを発見、これを(とら)えると、すぐに好漢(エレ)たちが呼び集められた。


 みなの前で処刑すれば、それぞれ万感の思いが去来する。是非はともかくとして、この乱世においてたしかに一方の雄であった男が一人、退場したのである。


 インジャたちは市街の復旧を進めながら、楚腰公サルチンらの到着を待った。神都(カムトタオ)の統治を誰に委ねるかについては決まっていなかったが、早く彼らにこれを報せるべきだと思ったのである。


 それとは別にある(ウドゥル)獬豸(かいち)軍師サノウが尋ねて言うには、


神都(カムトタオ)帝都(ハンバリク)として収められますか?」


 するとインジャは即答して、


いや(ブルウ)神都(カムトタオ)神都(カムトタオ)のものに返す。それが道理(ヨス)だ」


 これによって指針は定まったようなもの。神箭将(メルゲン)ヒィ・チノはこのことを伝え聞くと、(ガル)って、


「さすがは義君だ。俺としては、もし義君が神都(カムトタオ)を欲すれば、異を唱えることはできぬと思っていた。楚腰公らにどう釈明しようかと憂えていたが、無用の心配だった」


 そうとは知らぬサルチンたちも、喜び馳せ参じながら実はやや緊張していた。


 光都(ホアルン)に続いて神都(カムトタオ)もまたインジャの(クチ)なくしては奪還できなかった。それを(かんが)みれば、ヒスワを除いたからといって何もかも旧に復してほしいと願うのは、いささか厚かましい話には違いない。


 そこで北上の道すがら、サルチンは鉄面牌(テムル・フズル)ヘカトと(はか)って、どのような条件を提示すれば自治を確保できるか、(タルヒ)を悩ませた。ヒィ・チノの股肱(ここう)である鳳毛麟角ツジャンの助力(トゥサ)を請えば、言うには、


「もちろん恩には報いたいが、我が主君(エヂェン)も義君のおかげでやっと牧地(ヌントゥグ)を保ったようなもの。強く提言することは難しい」


 ところが赫彗星ソラが言うには、


「なあに、案ずることはありません。我がハーンは道理の解るお方です。条件やら代価やらを(かぞ)えるよりも、白心(ツェゲン・セトゲル)で臨むべきです」


 これには商人(サルタクチン)たる二人は無論のこと、ツジャンも半信半疑の(てい)。だが道を急いでいるうちに、これといった案もないまま到着してしまった。


 ジョルチ、ナルモントの諸将が一堂に会して歓待の宴を催す。サルチンは慎重に言葉(ウゲ)(えら)びつつ、祝辞(ウチウリ)を述べる。ヘカトが黙っているのは常のとおり。


 すると何とインジャが満面に笑みを(たた)えて言うには、


「祝いを言うべきは我らのほうです。やっとあの奸人を討つことがかないました。これで楚腰公殿をはじめ、みな神都(カムトタオ)に帰ることができるというもの。さて、今後はどのように神都(カムトタオ)を治めるおつもりでしょう?」


 サルチンたちは瞠目する。まさかインジャのほうから辞を(ひく)くして問うてくるとは想像だにしていない。狼狽(うろた)えるのをソラがにやにやしながら眺めている。


 サルチンは思わず進みでて平伏すると、


「もしハーンにお許しがいただけるのであれば、昔日(エルテ・ウドゥル)のごとく自由(ダルカラン)な商人の(バリク)として再生したいと切に望んでおります」


 まさにそれは一片の打算もない白心から出た言葉。インジャはおおいに頷いて、


「すばらしい! 許すも何も、神都(カムトタオ)はもとよりあなたたちの(バリク)ではありませんか。私のようなものがあれこれ口を出すべきではありません」


 はっとして(ヌル)を上げると、


ありがとうございます(バヤルララ)! みなどれほど喜ぶことでしょう!」


「聞けばここにある神箭将が、かつてあなたに神都(カムトタオ)を返すと約したとか。微力ながら助力できたことを嬉しく(バヤルタイ)思います」


「何と、何ともったいないお言葉……」


 再び平伏して、幾度も叩頭する。ソラが近づいて助け起こすと言うには、


「ほら、俺の言ったとおりだったでしょう。さあさあ、お座りなさい」


 サルチンは頷きながら、もとの席に返る。みなわっと歓声を挙げて、


万歳(ウーハイ)! 万歳(ウーハイ)!」


 繰り返しては杯を干す。そんな調子でその日はお決まりの宴で終わったが、翌日には早くも新たな体制を築くべく会合(クラル)を開く。


 もちろんジュレン帝国(ウルス)などという怪しげなものはことごとく棄て去って、元首(ドルチ)の制(注1)を復活させる。本来ならば選挙を経て決めるものだが、危急のときなればとりあえずサルチンが任に就く。


 かつて二人あった大臣(ヤルグチ)には、ゴロ・セチェンとヘカトを指名した。然るべき人を得るまでは大院(クルイエ)上卿(クシュチ)も置かず、三人の合議で運営することとした。


 また神都(カムトタオ)出自(ウヂャウル)ながらジョルチン・ハーンに仕えるサノウとハツチに、特に外卿の名誉(フンドゥ)を贈った。そのサノウが言うには、


神都(カムトタオ)の政事にハーンが容喙(ようかい)(注2)することはない。しかしその守禦(しゅぎょ)については自ずから別だ」


 これを聞いたサルチンたちは愁眉を開いて、


「まさにそのことを憂慮していたのだ。今、人衆(ウルス)に兵役を課すことはできない。かといって胡乱(うろん)なものを雇い入れることも躊躇(ためら)われる」


 サノウはふむと頷くと、


神都(カムトタオ)は中原と東原を結ぶ要衝。そこで我がハーンと(ヂェウン)のハーンがそれぞれ兵を供出して、ともに防衛に当たるというのはどうだろう」


 もちろん断る道理はない。先に光都(ホアルン)で行ったように傭兵(ヂュイン)の契約を交わすことにして、将の人選については一任することにした。応じてのちに中原からは白面鼠(シルガ・クルガナ)マルケが、東原からは縁のあるツジャンが守将として入城した。


 また獅子(アルスラン)ギィも兵を送って、先日までマシゲルにあったゴロに預けた。それに伴ってゴロは、大臣と守護官(タンマチン)を兼務することになった。

(注1)【ドルチの制】旧の神都(カムトタオ)の政体については、第一 九回①参照。


(注2)【容喙(ようかい)】横から口を挟むこと。

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