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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
652/783

第一六三回 ④

サノウ義君に(まみ)えて呼擾虎(こじょうこ)自ら(ふん)

ドクト奸人を(とら)えて蓋天才(もっぱ)ら恥ず

 ヒスワはもとはと云えば、神都(カムトタオ)一の富豪(バヤン)だったゴロの家宰(アルバト)に過ぎない(注1)。ゴロの留守中に偶々(たまたま)ハツチの書簡を手に入れたところから、俄かに野望を(たくま)しくして、主人(エヂェン)(エメ)たるミスク(注2)と語らい、ゴロを(おとしい)れようとした。


 迂闊にもゴロは二人の本心(カダガトゥ)を測り(そこ)ねて、まんまと罠に()まった(注3)。大河(ムレン)に身を投じて何とか虎口を脱すると、紆余曲折を経てギィを(たの)むことになり(注4)、爾来その下にある。


 一方のヒスワは、奪った富を使って神都(カムトタオ)中枢(ヂュルケン)に喰い込む。種々の奸謀を重ねた末に、大院(クルイエ)を廃してついに皇帝(グルハーン)と称するに至った。


 (バリク)から多くの好漢(エレ)()い、東西を問わず幾つもの部族(ヤスタン)(ソオル)に巻き込んだ。ここに身を亡ぼすことになったが、犯した大罪の数々を()れば(アミン)ひとつではとても(あがな)いきれぬほど。


 すべての好漢たちが参集すると、インジャは直ちにヒスワの処刑を命じる。もちろん一切の弁明を許さない。居並ぶものはあれやこれやと過去(エルテ・ウドゥル)を思い返しながら、その最期を見届ける。ジュゾウがゴロに言った。


「やっとあの奸人との悪縁が切れたのだな」


 笑顔なく答えて言うには、


「旧怨を(すす)いだ喜び(ヂルガラン)よりも、己の不明から草原(ミノウル)に乱を招いたことを恥じるばかりだ。まったく私さえしっかりしていれば……」


「言うな、言うな。君だけの思いではない」


 奸婦たる皇后(ハトン)ミスクは、見つかったときにはすでに殺されて(アラアサアル)いた。かつての美貌はとうに失われて、醜く肥えた淫欲の塊。ほかの屍とともに無造作に(テルゲン)に積まれて運び出される。


 かくして神都(カムトタオ)敵人(ダイスンクン)は、逃亡(オロア)したスブデイを除いてことごとく葬った。




 インジャは諸将と(はか)って、さまざまなことどもを定める。まずはキノフの進言を容れて、軍勢は城内に留めず、ほとんど退去する。城門(エウデン)の監視に僅かな兵を残すばかり。


 門は開け放したままにして、遺骸や瓦礫の搬出を急がせる。悪疫に(たお)れたものは病に()った人衆(イルゲン)(まか)せ、兵刃に(たお)れたものは降兵たちが運ぶ。


 半焼した宮殿は、ノイエンに命じて破却させる。建材として使えるものは、(グル)(モド)とを問わず、市街の復旧に供した。


 復旧については市街を東西に分けて、東半(ヂェウン)はワドチャとジュゾウが、西半(バラウン)はサノウとゴロが監督する。みな嬉々としてはたらいたので、徐々にではあるが昔日の姿(カラア)を復しはじめる。


 何より、(バリク)に活気が溢れた。それはヒスワが登極してより絶えてなかったことである。


 また光都(ホアルン)早馬(グユクチ)()って、楚腰公サルチンらに神都(カムトタオ)奪還を報せる。暴政を嫌って難を避けていた好漢たちは等しく喜んだ。


 早速サルチン、ヘカト、そして光都(ホアルン)で療養していたツジャンが北上することになり、赫彗星ソラが千騎(ミンガン)を率いてこれを護衛する。代官(ダルガチ)としてカノンが残り、バラウンとナハンコルジが衛兵(ケプテウル)(たば)ねる。


 このときはまだ神都(カムトタオ)を今後どのように統治していくか、実は決まっていない。かつてヒィ・チノはサルチンに、これを奪ったら返還すると口頭で約した(注5)。


 しかし主力として戦い、ヒスワを(とら)えたのは、まさにジョルチの将兵であった。当面は人心の慰撫と市街の復旧を優先したので、あえて誰もこのことには言及しなかった。


 初めてそのことに触れたのは、もちろん獬豸(かいち)軍師サノウ。ある(ウドゥル)、インジャを尋ねて何げない調子で言うには、


「人衆は悪政と戦のために、(オブル)(ホニデイ)のごとく疲弊(ハウタル)しています。しばらく租税を減免するべきでしょう」


 やや困惑した様子で答えて、


「いかにも軍師の言うとおりだが……」


ええ(ヂェー)、承知しております。そのことは治者の大権です」


「……ならば、私が言うべきことはない」


 サノウはインジャをじっと正視していたが、やがて言った。


「ハーンはいかがなさるおつもりですか、神都(カムトタオ)を。帝都(ハンバリク)として収められますか?」


 即答して言うには、


いや(ブルウ)神箭将(メルゲン)が約したとおり、神都(カムトタオ)神都(カムトタオ)のものに返す。それが道理(ヨス)というものだ」


 サノウはしばらく無言だったが、ふうと息を()くと、


「……よろしいでしょう。楚腰公らに改めて提言することにいたします」


「そうしてくれ」


 ほっとしたように言えば一礼して退出したが、くとくどしい話は抜きにする。




 サルチンたちが(オモリウド)を躍らせつつ神都(カムトタオ)に至ったのは、(ゾン)も終わろうとするころだった。先にソラを()って到着を知らせれば、インジャ、ヒィ・チノ、ギィなどが城外に建てられた幕舎(チャチル)にうち揃ってこれを迎える。


 かくしていよいよ神都(カムトタオ)の治権の行方を定めるわけだが、このことから神都(カムトタオ)の名士はことごとく原籍(ウヂャウル)に復して、おおいにその才幹(アルガ)()べることになる。


 (たと)えて云えば、暴風(ハラ・サルヒ)去れば必ず蒼穹(そうきゅう)高しといったところ。(ニドゥ)に映るのは同じ(バリク)だが、心なしか明るくすら見える。前途は洋々、(エウレン)ひとつないかのよう。


 しかし俗に「好事魔多し」と謂うとおり、何が起きるかわからないのが乱世の宿命(ヂヤー)。果たして、神都(カムトタオ)は誰の(ガル)に託されるか。それは次回で。

(注1)【ゴロの家宰(アルバト)に……】ヒスワ初登場は、第一 四回①参照。


(注2)【ミスク】ゴロの(エメ)。第一 四回②参照。


(注3)【罠に()まる】ゴロは、トシロルたちの忠告を聞かずに危機に(おちい)る。第一 四回③参照。


(注4)【紆余曲折を経て……】ゴロは夜雷公ジュドの一党に加わることになり、そこに偶然捕まったアンチャイを救ってギィに投じる。第一 五回①から、第一 五回③参照。


(注5)【奪ったら返還すると……】第九 一回④参照。

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