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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
650/783

第一六三回 ②

サノウ義君に(まみ)えて呼擾虎(こじょうこ)自ら(ふん)

ドクト奸人を(とら)えて蓋天才(もっぱ)ら恥ず

 サノウは己のことはさておき、神都(カムトタオ)で何が起こったかについては詳細に語った。諸将が反目して(いが)み合った結果、次第に数を減じて四門の守禦(しゅぎょ)にも支障を(きた)した顛末(ヨス)好漢(エレ)たちはおおいに呆れる。


 またそこで初めて笑面(だつ)ヤマサンの最期も知ることになった。神箭将(メルゲン)ヒィ・チノから東門に笑面獺があると聞いて憂えていたが、すでに殺されて(アラアサアル)いたとは開いた(アマン)(ふさ)がらない。


 そして最も気に懸かっている宮城の火災についても、


「僭帝ヒスワは佞臣の進言を容れて、囚人を衛兵(ケプテウル)にしようとしておりました。きっと得物を得た囚人たちが造反して暴れているに違いありません」


 あまりの愚かしさにやはり言葉(ウゲ)を失う。


 ともかく敵情を深く知ったインジャたちは、もはや神都(カムトタオ)命運(ヂヤー)は尽きたとて勝利を確信する。北門の呼擾虎(こじょうこ)さえ破れば奸人ヒスワは裸も同然、()れた果実のごとく容易(たやす)(とら)えられるに違いない。士気はテンゲリを衝かんばかりに昂揚する。


 恐るべきは悪霊(アダ)(注1)の()き散らす疫病のみ。しかしこれもキノフが何を為すべきか、何に意を払うべきか示したので、すぐにヒィ・チノたち東門と南門を占める諸将に伝達する。サノウが言うには、


「悪疫に冒された遺骸は、城外にヒスワが築いた(ドブン)があるから、そこに棄てさせればよかろう」


「丘? それはいったい何のためのものですか」


 キノフの問いに答えて、


中華(キタド)皇帝(グルハーン)(なら)って、陵墓を造ろうとしたのだ」


 草原(ミノウル)にはそのような習慣(デグ・ヨス)がないので、みなわけがわからずに首を(かし)げる。(ようや)くキノフが答えて、


「墓というなら、遺骸を棄てるに相応しいというもの。よいかと存じます」


 また別に早馬(グユクチ)を立て、ギィに兵を分けて呼擾虎の後背を襲うよう命じる。炎上する宮城については、市街に延焼せぬかぎり手を着ける必要もない。こうして手はずを整えると、いよいよ北門への攻勢を強める。


 守るグルカシュもさるもの、孤軍奮闘してなかなか崩れない。とはいえそれもマシゲル軍が達して挟撃するまでのこと。腹背に(ブルガ)を受けては、いかな猛将(バアトル)といえども打つ手がない。


 竜梯(りゅうてい)(つた)っての侵入を許し、やがて城楼もひとつ、ふたつと奪われる。門前の守兵も蹴散らされ、ついに城門(エウデン)が内より開かれて大軍が押し入ってくる。グルカシュは城壁(ヘレム)の上で奮戦していたが、自軍の惨状を見ておもえらく、


「無念だ、実に無念だ。……だが俺はそもそも市井の一無頼(ぶらい)(注2)に過ぎぬ。それを思えば、神都(カムトタオ)の大将軍まで昇りつめたのだから愉快な生涯であった。(チェエヂ)を張って冥府(バルドゥ)へ参ろうぞ」


 (オロ)を決すると、(ヂダ)(なげう)って(ウルドゥ)を抜き放つ。迷わず頸脈(スヂャス)に当てて一気に引けば、(ツォサン)飛沫(しぶき)となって噴き出す。


 ぐらりと傾いたかと思えば、そのまま欄干を越えて真っ逆さまに(コセル)に落ちる。どうんと()ねて転がったときにはすでに絶命していた。


「呼擾虎が死んだぞ!」


 方々から歓声が挙がり、神都(カムトタオ)軍は戦意を喪失して続々と降る。今や完全(ブドゥン)に北門周辺はインジャたちの(ガル)に落ちた。門をいっぱいに開放して(サルヒ)を通し、布告して人衆(イルゲン)を宣撫する。また飛生鼠ジュゾウを走らせて、友軍(イル)に勝利を伝える。


 癲叫子ドクトと百万元帥トオリルは、残敵を掃討するべく慎重に市街へと進んでいったが、案に相違して抵抗するものは誰もない。みなジョルチ軍の姿(カラア)を見るや、得物を棄てて投降する。ドクトはこれを揶揄して言うには、


「皇帝というのは何とまあ、人望があることだ」


 残るは西門のスブデイと、宮城のヒスワばかり。


 北門の傍で待機していたインジャのもとへ、カオロン(ムレン)の西岸に在った長韁縄(デロア・オルトゥ)サイドゥから早馬が来る。何ごとかと思えば、


「先刻、(にわ)かに西(バラウン)の門が開いて、一艘の早舟が下流に向けて走りました」


 インジャたちはおおいに驚く。仔細を尋ねれば、


「おそらくはスブデイかと。対岸を軽騎をもって追いましたが、ヤクマンの版図(ネウリド)に入ったので(とら)えられませんでした」


 しかしサノウが断じて言うには、


「ご心配は無用です。スブデイは元帥とは名ばかりの無能(アルビン)の小人。四頭豹がこれを用いようとしても応えることはできますまい」


「ならよいが……」


「それよりもヒスワです。宮城の混乱は(はなは)だしく生死のほども判りませぬが、いずれにせよヒスワだけは逃してはなりません」


 西門の確保にはマシゲル軍を()って、北門には百策花セイネンを残し、インジャたちもまた兵を中央(オルゴル)へと進めることにした。


 遠く望めば火勢は先よりも衰えているようである。暴徒と化した囚人兵のうちに我に返ったものがあったか、それとも侍衛兵(トゥルガグ)がこれを鎮圧して消火に回ったか。


 ここまで城門を幾つも突破されながら、宮城からは何の反応もなかった。現状はさっぱり判らない。念のために戦列(ヂェルゲ)を組んで、整然と接近(カルク)する。すると宮城の門は半ば開いており、無反応であることも変わらない。インジャは傍ら(デルゲ)を顧みて、


「軍師、どう思う?」


 答えて言うには、


「行きましょう」


 力強い言葉に勇を得て、進軍を命じる。先駆け(ウトゥラヂュ)はもちろんドクト。左右に目を(くば)りつつ門をくぐって、壮麗な宮城を仰ぐ。辺りはしんとして騒乱の気配も感じられない。

(注1)【悪霊(アダ)】疫病を広めると謂われる。


(注2)【市井の一無頼】グルカシュはもともとカムタイの出自。自らヒスワに売り込んで将軍となった。第四 三回③参照

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