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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
641/783

第一六一回 ①

ヤマサン楼車を(こぼ)たんとして(たちま)ち命数()

ヒスワ侍衛を()たさんとして(すなわ)ち佞臣奏す

 さて、神都(カムトタオ)包囲(ホソヂュ)されて数か月。守るジュレン軍は(クチ)を併せるどころかいよいよ(いが)み合って、ついにハラ・ドゥイドがタイラントを刺殺、処断されるという事態に至った。


 悪疫に罹患(りかん)したムンヂウンもあえなく歿(ぼっ)して、将の不足はいかんともしがたい。にもかかわらず青面(ゆう)ヒムガイは、笑面(だつ)ヤマサンに疑心を募らせて、何かあれば討とうと(ニドゥ)を光らせていた。


 と、東門の戦況に変化が訪れる。ジョルチ軍から鴉楼(あろう)と象車が送られてきたのである。


 試みに白夜叉ミヒチを載せた鴉楼を近接(カルク)させてみたところ、守将がヤマサンであることが判明する。ナルモント側はおおいに驚くとともに、陣立(バイダル)を再編してこれを攻略せんと意気揚がる。


 もちろんヤマサンが手を(こまぬ)いているはずもなく、(ブルガ)が攻勢に出る前にふたつの兵器を破砕してしまおうと夜襲を(かく)する。これまで一度も城門(エウデン)を開いて撃って出たことはなく、警戒があるとは思えない。寡兵とはいえ十分に成算がある。


 しかしそれはヒムガイの目には不審な動きとしか映らない。かつてのアルビンの言葉(ウゲ)が脳裏を(よぎ)る。やはりヤマサンは敵に通じており、ついに城門を開いてこれを導き入れようとしているのだと決めつける。


 夕刻(ヂルダ)、その(トイ)にアルビンが現れる。低い(ダウン)で言うには、


「……奴が動きますぞ」


 ヒムガイはぎょっとして、


「なぜそれを」


「大将軍もまた奴に信を置いておりません」


「ふん、()ているというわけか。然り(ヂェー)、俺もそう思っている」


 アルビンは深々と(テリウ)を下げて、


「さすがは青面鼬様。もしやと思って参ったのですが、要らざる心配でした」


いや(ブルウ)、よい。それで、お前の見たところ奴が動くのは夜か、朝か」


 即答して言うには、


「早朝でしょう。兵を招き入れたあと、次第に明るくなるほうがよいはずです」


「なるほど。参考になった」


「とんでもない、鄙見(ひけん)を申し上げたまででございます」


 ヒムガイはまだ何か言おうか言うまいか逡巡している風だったが、意を決して(アマン)を開くと、


「アルビンよ。笑面獺はなかなかの良将だ。後背からの奇襲とはいえ、奴を討ち、敵の突入を(はば)むことができようか」


 するとこれもまたすぐに答えて、


「ご懸念は無用です。人というのは、己の策がうまくいきそうだと思った瞬間、最も(ゆる)むものです」


 愁眉を開いて言うには、


「そうか、お前は智恵があるな」


「とんでもない。俗に『名は(たい)を表す』と謂います。私の名はアルビン(※役立たずの意)ゆえ……」


「ふふふ、おもしろい(ソニルホルトイ)奴だ。ほかに何か伝えおくことはないか」


 すると僅かに(ヌル)を上げて、


「大事なことを失念しておりました。青面鼬様が奴を討つのは、私怨からではなく神都(カムトタオ)を思ってのこと。しかるに先の征西将軍(※ハラ・ドゥイドのこと)と同じ(てつ)を踏んでは何にもなりません」


 ヒムガイは口角を(ゆが)めると、


「案ずるな。……実は皇帝(グルハーン)陛下より、笑面獺に不穏の動きあらば討てと密命を受けている」


「そうでございましたか。ならば怖れることはありませんな。存分になされませ」


「朗報を待っておれ」


 アルビンは一礼して足音も立てずに去った。このあと何を思ったか、彼はグルカシュのいる北門には戻らなかったが、くどくどしい話は抜きにする。




 明け方。ヤマサンは兵衆をうち揃えて(チャク)を窺う。城壁(ヘレム)の上から闇を透かして望めば、敵陣はひっそりと音もなく、僅かに哨戒する兵の灯す炬火が見えるばかり。


「思ったとおりだ。備えは薄い(ニムゲン)


 ほくそ笑む。その目はナルモント軍にのみ向けられていて、己が後背から視られていることにはまったく気づかない。城壁を降り、門の前にて待機する。


 そのころ、ヒムガイもまた兵衆を幾手にも分けて静か(ヌタ)に付近に潜んでいた。


「よいか、門が僅かでも開いたら突っ込むのだぞ」


 傍ら(デルゲ)の兵に小声で確認する。もとより指令は徹底していたから、これは己に言ったものかもしれない。


 半刻ほど経ったろうか。(ナラン)が昇るにはまだときがあるが、闇はすでに遠ざかり、青い風景の中で人の動きが判るほどには明るくなる。


 と、(よど)んでいた空気がふわっと波打つ。東門の前の兵衆に動きはないが、それぞれ得物を握り直したり、手綱(デロア)を持ち替えたりと僅かにざわめく。


 なおも見ていると、中央(オルゴル)に立つ将が、すっと右手を挙げて何やら指示を出す。頷いた数名の歩兵が大きな(かんぬき)を引くと、門扉(ハアルガ)(ガル)をかけてゆっくりと開いていく……。


「今だ! 敵に通ずる佞者を討て!!」


 ヒムガイの号令が響きわたる。応じて方々からわっと近衛兵(ケシク)が群がり出て、盛んに喊声を挙げながら襲いかかる。


 不意を衝かれたヤマサンの兵衆は何が起きたかもわからず、片端から討ち取られていく。(あらが)う暇もない。

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