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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
639/783

第一六〇回 ③

アルビン北に犬猿を(なら)べて呼擾虎を悩ませ

ヤマサン東に病者と替わりて青面鼬を駆る

 急報を受けたグルカシュは驚愕して、すぐに駆けつける。ハラ・ドゥイドは呆然として門前に立ち尽くしていた。その(ガル)にはまだ血染め(チストゥ)の短刀を握りしめている。


 もちろんタイラントの亡骸(なきがら)もそのままである。兵衆は恐れ(おのの)いて、ただ遠巻きにそれを囲んでいる。


 グルカシュは叫んだ。


「何をしている! 捕らえよ!」


 兵衆ははっと我に返ると、俄かに怒号を挙げて殺到する。ハラ・ドゥイドに抵抗する意思はなく、たちまち捕縛される。呆けた(ヌル)で、抗弁するでもない。


「何たること……」


 グルカシュはあまりのことに言うべき言葉(ウゲ)も知らない有様。そこへヒムガイも現れて言うには、


「いったい何があった」


「……俺も来たばかりで何が何やら」


「おい、誰か経緯(ヨス)を述べられるものはないか!」


 兵衆に(ただ)したが、みな首を振るばかり。やっと一人が進み出て、


「仔細は判りませぬが、(にわ)かに口論になって気づいたときにはもう……」


「話にならぬ」


 そこでハラ・ドゥイドに(ニドゥ)()る。(ひざまず)かされて、数人でそれを押さえつけている。ヒムガイが責めて言うには、


「私闘にて僚友(ネケル)(あや)めるとは……。弁明することはあるか!」


「……つ、つい、かっとして」


「もうよい」


 みなまで言わせずグルカシュを顧みて、


「大将軍、疾くこの場を収めよ」


「う、ううむ。とりあえず檻車に押し込んでおけ! あとで軍法(ヂャサ)に照らして処断する。タイラントの遺骸は親族(ウイエ・カヤ)に引き取らせよ」


 百人長(ヂャウン)が恐る恐る尋ねて言うには、


「こ、ここの守りはどういたしましょう?」


 大きく舌打ちして、


「俺が守る。青面(ゆう)、四門への応援は貴殿に(たの)む」


「やむをえんな。(ブルガ)に討たれたならまだしも、まさかこのような……」


 いつジョルチ軍やナルモント軍が襲ってくるかわからないので、あわてて兵を動かして体裁を整える。幸いにして混乱を悟られることなく配置を()える。


 ひと息()いたところでハラ・ドゥイドの斬首を命じる。もとより死刑に当たる重罪、しかもしかと釈明もできぬようでは救いようがない。


 有能とは言えなくとも将は将である。それをつまらぬことで一度に二人も失ったのだから(テリウ)が痛い。さらに追い討ちをかけるように早馬(グユクチ)が至って、


「征東将軍(※ムンヂウンのこと)様が、闘病虚しく先ほど亡くなりました」


 グルカシュは思わず立ち上がると、ばりばりと頭を掻き(むし)って、


「テンゲリは我らを見棄てるか!」


 開戦当初、四門を預かっていた将のうち三人までもが、(ソオル)に因ることなく(アミン)を落としたことになる。暗澹たる心地でアルビンを召すと、


「もはや神都(カムトタオ)命運(ヂヤー)尽きた(エチュルテレ)かもしれぬ……」


「何を弱気な。大将軍がそのようでは全軍の士気に関わりますぞ。まだ敵軍の侵入を許したわけではありません」


「しかし……」


 アルビンは(ダウン)をひそめて、


「大将軍。……これは好機(チャク)かもしれませぬぞ」


「好機?」


「そもそも神都(カムトタオ)の兵は(すべ)て大将軍が(ひき)いていたもの。六軍が創設されて削られた兵力を復するのは、今を()いてないのでは?」


 途端に愁眉を開いて、


「なるほど!」


「まずは直属の百人長を抜擢して、千人長(ミンガン)になさいませ。そして次第に四門の兵権をこれに与えるのです」


「待て。果たしてブギ・スベチやヒムガイが(がえん)じるだろうか」


「今や大将軍は、タイラントとハラ・ドゥイドの兵を加えております。ブギ・スベチごときはもちろんのこと、青面鼬様とて逆らうことはできますまい」


 グルカシュはこれを聞いておおいに喜ぶ。早速、将の補充を名分として皇帝(グルハーン)にも元帥にも断りなく千人長を任命する。越権ではあったが、戦時のこととて批判を封じた。


 当然、ほかの将はおもしろくない。(こと)に南門に在るブギ・スベチは、その意図(オロ)を疑っておおいにグルカシュを怨んだ。


 スブデイもまた己が(ないがし)ろにされたことを悟って、烈火(ガルチュ)のごとく怒る。と、如才なくアルビンが現れて言った。


「ここは度量を示して追認なさるべきです。いえ(ブルウ)、いっそ初めから大元帥の指示であったかのように振る舞えば、世間(オルチロン)は大将軍ではなく大元帥を(たた)えるでしょう。新任の千人長も恩に感じるはずです」


 たちまち機嫌を直して辞令を発する。これに味を占めたスブデイは、良い(サイン)と思ったものは誰のものでもあとから己の命令(カラ)であるかのように(つくろ)うようになった。


 これによって将兵たちからはますます軽侮され、ヒスワはさらに疑心を募らせたが、くどくどしい話は抜きにする。




 こうした愚にもつかない騒動を(なが)めがら、ヤマサンは独り防衛に専心していた。日夜怠りなく警戒していたのでナルモント軍も迂闊に近づけない。それを知ったインジャは、いよいよ北門と南門への攻勢を強める。


 遊軍の任を負ったヒムガイは忙しく転戦しながらも、ヤマサンが敵に通じていることをすっかり確信して、いつことを起こすかとそればかりを気にしていた。

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