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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
638/783

第一六〇回 ②

アルビン北に犬猿を(なら)べて呼擾虎を悩ませ

ヤマサン東に病者と替わりて青面鼬を駆る

 ヤマサンが()()の守将に()()したことが伝わると、アルビンはグルカシュに勧めて言った。


「よろしいかと存じます。笑面(だつ)神箭将(メルゲン)を怨んでいます。きっと懸命に戦う(アヤラクイ)でしょう。それに……」


「それに?」


(ソオル)に忙しければ、不善を為す(ザウタイ)もないはずでございます」


「たしかにそうだ」


 グルカシュは直ちに(カラ)を下した。


 ヤマサンは気負う様子もなくふらりと東門に移動すると、兵備や陣立(バイダル)を点検して、たちどころに守りを固める。その手腕(アルガ)はムンヂウンなどとは比較にならない。


 兵衆はおおいに感心する一方でどこかよそよそしく、これに近づくことすら恐れているようであった。それというのも例の風説、すなわち疫癘(えきれい)をもたらす悪霊(アダ)云々というのを、多くのものが信じたからである。


 それはさておき、アルビンはこっそり宮中に赴いてヒムガイに(まみ)えると、


「やはりあのものは笑裏に刀を(かく)しておりますぞ。征東将軍の疾病(しっぺい)を利して巧みに東門を手中に収めました」


 自らそれを勧めたことなど忘れたかのよう。そんなことは知らないヒムガイは(フムスグ)(ひそ)めて、


「何と。もしお前が言ったように奴が敵人(ダイスンクン)に通じているのであれば、これほど(あや)ういことはない」


はい(ヂェー)。青面(ゆう)様も宮城を出て、変事に備えるべきかと存じます。笑面獺がおかしな動きを見せたら、すぐに討たねばなりません」


「ふうむ。しかし我らは近衛軍(ケシクテン)皇帝(グルハーン)陛下の側を離れる(アンギダ)わけには……」


「そもそも城門(エウデン)が破られれば、陛下をお守りする術などありましょうや」


「たしかにそのとおりだ。大事を誤るところであった」


 ヒムガイは急ぎ参内してヒスワに拝謁すると、ヤマサンに不穏の気配ありと訴えて近衛軍の出動を請う。たちまち勅命(ヂャルリク)は下って、


「笑面獺がよく戦うようであればそれで善い。さもなくんば即刻討て。いちいち(はか)らずともよい」


はい(ヂェー)


 謹厳に答えたが、去らずに留まっている。(いぶか)しんで(うなが)せば、(ダウン)をひそめて言うには、


「元帥はいかがいたしましょう?」


「奴独りで何かできるとは思わぬが、遠ざけておくに越したことはない」


 ヒスワは沈思していたが、やがてはたと(ガル)()って、


「西門の将がおらんな。ちょうどよい、奴をして守らしめよ」


「元帥は兵を養っておりませぬが……」


「近衛兵を千騎(ミンガン)ほど貸し与えよ。意を含めて送りだし、やはり妄動あらば斬れ(オンラヂドクン)


「まことに上計かと存じます」


 ヒムガイは揖拝(ゆうはい)して退出する。


 ヒスワはすぐに侍臣(オチル)(つか)わして、スブデイに出陣を(うなが)す。すると日ごろは兵家を気どってあれこれと語っているが、空疎で内実(アブリ)に乏しく実地には何もわからなかったので、おおいに狼狽して固辞せんとする。


 侍臣は苛立って、強い口調で言うには、


「勅命ですぞ。疾く参られよ」


 青い(ヌル)でぶつぶつ言いながら、それでも(ようや)く軍装を整えて宮城を出た。まずはグルカシュの陣営(トイ)に赴いて助力(トゥサ)を請う。しかし内心の怯懦を悟られまいと虚勢を張って、やたらと尊大に振る舞う。


 もちろんグルカシュはたちまち機嫌を(そこ)ねる。眉間に皺を寄せて、


「そうご心配なさらずとも、西門が攻撃されることはありません。間諜の潜入にだけ留意されればよい」


 追い立てるようにこれを去らせる。


 スブデイは兵営に入ると百人長(ヂャウン)を召して、ただこれまでどおり務めるよう命じる。ほかには何もすることなく、城壁(ヘレム)や城楼に上がってみることすらない。


 これを見て貸与された近衛兵はもちろんのこと、残されていた弱卒や老兵にまで侮られる。しかし当人は何も気がつかずに、ひたすらふんぞり返っていた。


 グルカシュにとってはスブデイよりも、(にわ)かに宮城を出て(トイ)を構えたヒムガイのほうが目障りだった。それとなく探りを入れてみたが、


「勅命である。敵勢いよいよ盛んなればとて助勢を命じられたもの」


 そう言われては無下(むげ)に扱うこともできない。アルビンに(はか)れば、


「放っておけばよいではありませんか。青面鼬様はちょうど笑面獺を牽制しうるところに兵を(つら)ねております」


「それはそうなのだが……」


 グルカシュも何がどうというわけではなく、単にヒムガイを煙たがっているだけなのは自身解っていたので、言葉(ウゲ)を呑み込む。


 一方のヒムガイは、ヤマサンの動向にしか興味がない。不審なことに東門に対するナルモント軍の攻勢は明らかに鈍っていた。


 実はこれこそヤマサンの守禦よろしきを得たために(ブルガ)が警戒したのであったが、すでにして暗鬼の生じたヒムガイの(ニドゥ)には、ますますヤマサンが敵と通じているように映る。よって瞋恚(しんい)に燃えてこれを討つ機会(チャク)を待つ。


 そうこうしているうちに思いも寄らぬところで大事が出来(しゅったい)した。


 北側(ホイン)の城壁を守っていた二将、すなわちタイラントとハラ・ドゥイドは、(クチ)を併せるどころか、日を経るごとに険悪の度を増していた。そしてついに、些細な口論の果てにハラ・ドゥイドがタイラントを刺殺してしまったのである。

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