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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
636/783

第一五九回 ④

インジャ三種の兵器を(よみ)して(ことごと)く命名し

アルビン四門の守禦を(みだ)して(しき)りに讒訴(ざんそ)

「おい、小者(カラチュス)。ゆえなき中傷で欺こうとしているのではあるまいな」


 ヒムガイが(ただ)せば、アルビンは身を縮めて言うには、


「とんでもない! ……青面(ゆう)様は不審に思われませぬか」


「というと?」


神箭将(メルゲン)らが兵を出したのは、まるで笑面(だつ)神都(カムトタオ)に入るのを待っていたかのようではありませんか」


「ううむ……」


 腕を組んで唸る。アルビンは(ダウン)をひそめて、


「笑面獺は隻眼傑(ソコル・クルゥド)に加担した罪を、神都(カムトタオ)を献ずることによって消そうとしているのではありませんか。光都(ホアルン)を逃れたのも自力によってではなく、何らかの密命を帯びて放たれたということもありえますぞ」


「まさか……!」


 否定はしたものの、もちろんヒムガイに確信はない。むしろ心中には黒雲(ハラ・エウレン)のごとく疑念が湧く。アルビンは面を伏せたままだったが、鋭くそれを察して、


「そもそもあれほどの男が、大元帥に諾々と従っていることこそ(はなは)だ奇怪……。畏れながら大元帥は、神箭将や隻眼傑より(すぐ)れているとは言えますまい」


「……それは、そうだ」


 しぶしぶ首肯する。そこで再び低頭して言うには、


「どうか怠りなきよう。笑面獺はいずれ(はら)(うち)(ウルドゥ)(かく)しております。隙を見せれば何をするか判りませぬぞ」


 そう言われてみれば、だんだんとそんな気がしてくる。ヤマサンの常に笑みを浮かべた(ヌル)も、何か企みがあるのを韜晦(とうかい)しているようにも思えてくる。しかしたかが小者の言葉(ウゲ)をすっかり信じるのも矜持が許さなかったので、


「一応、気には留めておいてやる。もうよい、下がれ」


承知(ヂェー)


 重ねて言い募ることなく、おとなしく拝礼して退く。残されたヒムガイは独り黙考したが、この話はここまでとする。




 また別の(ウドゥル)、宮中で大騒動が巻き起こった。侍従(チェルビ)の一人が何げなく一通の書簡を拾って(あらた)めてみれば、あまりの内容に跳び上がってあわててヒスワに報せる。がたがたと震えながら差し出されたそれに目を通すと、やはり驚愕して、


「何だ、これは!?」


「さ、さあ。何が何だか……」


 その書簡の体裁はまるで勅命(ヂャルリク)そのもの。しかしヒスワ自身にさっぱり覚えがない。それもそのはず、本来ヒスワの名があるべき箇所には、



  ジュレン帝国皇帝(グルハーン) スブデイ



 そう記されていたのである。そして勅命を下した相手とは、



  昌王丞相(チンサン)大元帥 ヤマサン



 ヒスワは目瞬き(ヒルメス)も忘れて幾度も文字(ウセグ)を追ったが、ついに書簡を叩きつけると、


「彼奴らめ! さてはわしを(しい)して、とって代わろうという魂胆だな!」


 激昂(デクデグセン)して、スブデイの捕縛を命じるためにヒムガイを召す。急ぎ参内したヒムガイに書簡を示して、


「大逆は死罪じゃ! すぐに捕らえよ!」


 ヒムガイは仔細に眺めていたが言うには、


「お待ちください。一片の書をもって元帥を罰するのは早計かと存じます」


「んん?」


敵人(ダイスンクン)による離間(カガチャクイ)の計かもしれませぬぞ」


 そう聞けば、衰えたりとはいえかつてはセチェンと称した男である。はっとして考え込んでいたが、やがて言うには、


「敵の間者が宮中に入り込んでいるとでも言うのか」


「そうと決まったわけではありませんが、この書簡はいかにも疑わしい。まことに元帥が謀叛を企んでいるなら、あまりに軽率すぎます」


「笑面獺とやらはどうだ?」


 ヒムガイは一瞬返答を躊躇(ためら)う。先にアルビンに言われたことが脳裏を(よぎ)ったのである。


「……あれも信を置いてよいものか、まだ判りませぬ」


 そしてつい続けて、


「かのものこそ間者ではないか、というものもおります」


 ヒスワはみるみる険しい表情になる。(アマン)を開くと暗鬱な調子で言った。


「二人をよく監視しておけ。怪しい素振りがあれば斬ってかまわぬ」


承知(ヂェー)


 それ以上書簡については詮索されなかったが、ヒスワやヒムガイの(セトゲル)にはたしかに暗鬼が宿った。いったい誰が何のつもりで作ったものかはいずれ判ること。




 かくして神都(カムトタオ)では宮城の内外で軋轢や疑心が渦巻き、互いに探りあって保身に汲々(きゅうきゅう)たる有様だったが、まさしく小人は危地においては必ず乱れ、他人のためには(ホロー)一本動かすのも()しまれるといったところ。


 そもそも呼擾虎(こじょうこ)に仕えるアルビンは、一見あれこれと忠言を尽くしているようであるが、(ネグ)には四門の防衛を惑わし、(ホイル)には大将軍と大元帥の不和を(あお)り、(ゴルバン)には帰投した智将の信を(おとし)めてしまった。


 これではいったい誰のためにはたらいているのかわからない。果たしてかの小者に何か思うところがあるのか。それとも名のとおりただの役立たず(アルビン)なのか。それは次回で。

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