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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
635/783

第一五九回 ③

インジャ三種の兵器を(よみ)して(ことごと)く命名し

アルビン四門の守禦を(みだ)して(しき)りに讒訴(ざんそ)

 糧食(イヂェ)配分の件は、将軍たちだけではなく兵衆の不満をも惹き起こした。(こと)に西門を守るハラ・ドゥイドの兵は明らかに士気を阻喪する。そこで同じく糧食を減らされた南門のブギ・スベチが言いだしたことは、


「輪番で各門を守ることにすればどうだろう」


 すなわち(ウドゥル)を定めて、ぐるりと守る(エウデン)を入れ替えるというもの。東門を担当している間は多く食べ、西門に待機しているときは少なく食べる。四門については、一周すれば平等となる。


 グルカシュはやはりアルビンに(はか)る。すると(ガル)()って、


「それは妙案。きっと将兵の不満も解消されましょう。何より輪番にすれば、西門にある間は兵を休ませることができます。これぞ長久の策です」


 そう言うので早速実施して、三日ごとに兵を動かすことにする。東門のものは南門へ、南門のものは西門へ、西門のものは北門へ……、といった具合。


 しかしこれは三日に一度、城内に混乱を招くことになった。みな己のことばかり考えていたから、食は少なくとも楽な西門へ向かう将兵は、一刻も早く移ろうとする。逆に攻防の忙しい東門に回る部隊は、なるべく遅く行こうとする。


 互いに連携もなく伝達もおざなりだったために、配置の変わった当日は目に見えて防備が弱くなった。そして慣れてきたころには移動になる。


 各隊によって兵営の使いかたも守兵の配置もまちまちだったので、一周して同じ門に戻ってきてもいちいち惑うことに変わりはない。


 次第に城外に布陣するジョルチやナルモントの将兵にも神都(カムトタオ)軍の混乱が伝わりはじめたが、それが何に起因するかまでは判らなかった。




 それはさておきある日のこと。アルビンがグルカシュに言うには、


「大将軍に代わって宮中の様子を探って参りましょう」


「おお、よろしく(たの)む」


 そこで使者となって宮城へ足を運ぶ。大元帥スブデイに(まみ)えると、平身低頭して戦況を報告する。相変わらず頭巾を深く(かぶ)っているので表情は見えない。


 スブデイの傍ら(デルゲ)にはヤマサンが侍していたが、ひととおり中身のない報告を聞いて言うには、


「アルビンとやら。それで大将軍はいかにして(ブルガ)を退ける心算なのか」


 ますます(テリウ)を下げて答える。


はい(ヂェー)。幸い矢も食糧もいまだ尽きることはありません。我が神都(カムトタオ)は難攻不落。堅守していればいずれ包囲(ボソヂュ)は解けるものと思われます」


「いずれというのはひと月か、半年か、一年か」


「それは相手次第、我らには測りかねます。いずれはいずれでございます」


 スブデイが、(ハツァル)を引き()らせて叫んだ。


「ふざけておるのか! 疾く退けよ!」


「そうおっしゃられても、我が軍は守るには足りておりますが、撃って出るには兵が不足しております。しかし……」


 言い(よど)めば、すかさず尋ねて、


「しかし、何だ?」


「そこなるヤマサン様は、長く神箭将(メルゲン)の下にあって当然敵情に詳しいはず。またジョルチ軍とも干戈を交えたことがおありです。ヤマサン様がご自身で敵陣をご覧になれば、妙策が出ぬともかぎりません」


 スブデイは(サハル)(いじ)りながら、


「なるほど、一理あるな。呼擾虎(こじょうこ)らに(まか)せていては(らち)が明かぬ。笑面(だつ)よ、すぐに四門を(めぐ)って参れ」


 アルビンはこれを聞くと、


「さすがは大元帥! 俚諺にも『善事は矢のごとく』と申します。まさに名将の采配でございます」


 スブデイはおおいに喜んで、ヤマサンの(ノロウ)を押すように送りだす。ヤマサンが苦笑しながら去ると、アルビンは俄かに(ダウン)をひそめて、


「大元帥。(はばか)りながら申し上げます」


「どうした」


「大元帥はあの笑面獺を(こと)信頼(イトゥゲルテン)されているご様子ですが、臣はいささか(あや)うく感じられてなりません」


「何だと?」


 ますます声を落として、


「あれは智勇を兼ね備えた一個の傑物(クルゥド)。いつまでも人の下風に甘んじるものではありません」


「…………」


「神箭将や四頭豹ですら飼い馴らせなかった猛犬であることをお忘れなく」


 スブデイは(ニドゥ)を円くして言葉(ウゲ)もない。アルビンは立ち上がって深々と拝礼すると、さっさと退出する。


 そのまま帰るかと思いきや、近衛軍(ケシクテン)の兵営に赴いて青面(ゆう)ヒムガイに面会を求める。アルビンは胡乱(うろん)なものとはいえ一応は大将軍グルカシュの家臣(アルバト)、ほどなく迎え入れられる。ヒムガイは怪しんでじろじろと探りを入れながら、


「呼擾虎の小者(カラチュス)が何の用だ」


 やはり(マグナイ)(コセル)に擦りつけんばかりにして言うには、


「ここ神都(カムトタオ)にあってまことに(たの)みとすべきは、外に呼擾虎様、内に青面鼬様のお二人だけでございます」


 青(あざ)に覆われた面を(ゆが)めて冷笑すると、


「つまらぬ追従はやめろ」


いえ(ブルウ)、追従などではありません。……ときに青面鼬様は、かの笑面獺についてどう思われますか」


「…………」


 警戒したのか黙して答えない。しかしそれこそ好い印象を抱いていない(あかし)。そこで言うには、


「……笑面獺は、神箭将と通じているやもしれませぬ」


 ヒムガイは思わず瞠目して身を乗りだす。

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