第一五九回 ②
インジャ三種の兵器を嘉して尽く命名し
アルビン四門の守禦を攪して頻りに讒訴す
神都を完全に包囲しながら、着々と攻城の準備を進めるインジャたち。もとより持久の構えにて兵站も万全、焦ることもない。無理に攻めかかることもなく、ときに敵情を探るために兵を近づける。
一方で、次々と兵器を製っては訓練に勤しむ。そのうちに三種の兵器が漸く数を揃えはじめた。検分したインジャは瞠目して、
「何という大きさ。このようなものは見たことがない」
おおいに喜んで、親ら命名する。すなわち長い梯子は「竜梯」、杭を積んだ車は「象車」、櫓を載せた車は「鴉楼」。
それぞれ将を任じて運用を託す。竜梯は癲叫子ドクト、象車は呑天虎コヤンサン、鴉楼は雷霆子オノチである。それらを百万元帥トオリルが盾の兵を率いて援けることにした。
これに対して守るヒスワのほうはどうだったかと云えば、無為無策にただ敵の出かたを待つばかり。城楼に見張りを置いて、寄せてきたなら鉦を鳴らして集まり、去ったなら休む。射てくれば射返し、壁に取りつけば石を落とす。
勝算もなければ展望もない。一応の備えがあったのを幸い、守りに徹する。ジョルチ軍の後方で何やら大がかりな訓練が行われているのは気づいていたが、意に介することもない。
それより彼らの目は専ら城内に向けられていた。何とも不思議なことではあるが、将軍たちはそもそもヘカトの計略によって不和であったし、何より神都の高く厚い壁を草原の民が越えられるはずがないと高を括ってもいた。
インジャたちが攻撃を焦らなかったことも、彼らから見れば難攻不落の城塞を攻めあぐねているように映ったのである。よって大軍に囲まれながらも、それほど危機を感じていなかった。
城外の敵人は放っておけばいずれ諦めて退くだろう。それより彼らはこれを機に誰かの権勢が突出することを恐れた。
現にグルカシュは大将軍の位を振り翳して、四門の将にあれこれと干渉を止めない。そのグルカシュにアルビンが言い含めたことには、
「四将には、大将軍が常に監ていることを知らしめておくべきです。そしてそれを私のような小者の進言に由るものと思わせてはなりません」
意外そうな顔を向けて、
「お前は新参ではあるが智慧がある。誰が小者と蔑もうか。むしろ俺がお前を引き上げてやろうと思っているのだが」
アルビンは揖拝して言うには、
「ありがとうございます。しかしそれでは大将軍のためになりません」
「そうなのか?」
「大元帥の無様な姿をご覧になったのでしょう。自ら言わず笑面獺に言わせたことを、将軍はどのように思われましたか」
グルカシュは感心して、
「なるほど、お前の言うとおりだ。やはりセチェンだな」
以後、ますます四将に掣肘を加えたのでおおいに恨まれたが、アルビンの名が知られることはなかった。
グルカシュはグルカシュで、大元帥スブデイから毎日のように使者が来ては、早く敵を退けるよう督促されて不満を募らせていた。
「戦のことなど何も知らぬくせに偉そうに!」
やはりアルビンが答えて、
「おそらく笑面獺が勧めているのでしょうが、適当にはぐらかしておきなさい。元帥などただの飾り、将軍の力には及びません」
「笑面獺か! 俺は奴が好かぬ」
「いずれ除けばよろしいでしょう。今はまだ争ってはいけません」
「なぜだ?」
「笑面獺は策謀に長けています。あまり敵視すれば、将軍の身を刧かそうとするかもしれません」
「あんな奴に何ができる!」
激昂するグルカシュに、眉ひとつ動かさず淡々と言うには、
「例えば四門の将と結んで挟撃する。あるいは宮中に呼びだして襲う。いや、兵を動かさずとも皇帝を欺いて将軍の位を奪うのは難しくありません。ほかにもいくらでも策というのはあるのです」
さっと青ざめるとこれを見つめて、
「なるほど、お前がいなければ殆ういところだった。元帥に笑面獺あれども、俺にはお前がいる。恃みにしているぞ」
「はい。そういうわけですから、たとえ宮中からお召しがあっても迂闊に出向いてはなりません」
幾度も頷いて、
「よく解った。スブデイといい、笑面獺といい、宮中のものは信が置けぬ。近衛を預かる青面鼬も何を考えているかわからぬ。決して兵衆のもとを離れるまいぞ」
「それがよろしいかと存じます」
アルビンは一礼して退出する。
またしばらくすると、四門の将の間で諍いが起こった。ここまで最も攻勢が盛んだったのは神箭将ヒィ・チノが担う東門だったが、そこでこれを守るムンヂウンが不平を鳴らして主張するには、
「我らの功労が最も大きいのは誰もが認めるところ。西門のハラ・ドゥイドなどは何もしておらぬではないか。なのに糧食の配分が均等なのは道理に反する。西軍のそれを削って我らに回すべきではないか」
当然、ハラ・ドゥイドは反発する。グルカシュはどうしたものかアルビンに諮ったところ、たちまち答えて言うには、
「労力を言うなら、四門いずれにも助力に走る大将軍の兵が一番。最も多くの糧食を取るべきです。その次に東軍、北軍、南軍の順に配分すれば道理に適います」
おおいに喜んで即日命を下せば、ムンヂウンもハラ・ドゥイドも忿怒に頬を染める。