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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
634/783

第一五九回 ②

インジャ三種の兵器を(よみ)して(ことごと)く命名し

アルビン四門の守禦を(みだ)して(しき)りに讒訴(ざんそ)

 神都(カムトタオ)完全(ブドゥン)包囲(ボソヂュ)しながら、着々と攻城の準備を進めるインジャたち。もとより持久の構えにて兵站も万全、焦ることもない。無理に攻めかかることもなく、ときに敵情を探るために兵を近づける。


 一方で、次々と兵器を(つく)っては訓練に(いそ)しむ。そのうちに三種の兵器が(ようや)く数を揃えはじめた。検分したインジャは瞠目して、


「何という大きさ。このようなものは見たことがない」


 おおいに喜んで、(みずか)ら命名する。すなわち長い梯子は「竜梯(りゅうてい)」、(ガダス)を積んだ(テルゲン)は「象車」、(やぐら)を載せた車は「鴉楼(あろう)」。


 それぞれ将を任じて運用を託す。竜梯は癲叫子ドクト、象車は呑天虎コヤンサン、鴉楼は雷霆子(アヤンガ)オノチである。それらを百万元帥トオリルが(ハルハ)の兵を率いて援けることにした。


 これに対して守るヒスワのほうはどうだったかと云えば、無為無策にただ(ブルガ)の出かたを待つばかり。城楼に見張りを置いて、寄せてきたなら(かね)を鳴らして集まり、去ったなら休む。射てくれば射返し、(ヘレム)に取りつけば(グル)を落とす。


 勝算もなければ展望もない。一応の備えがあったのを幸い、守りに徹する。ジョルチ軍の後方で何やら大がかりな訓練が行われているのは気づいていたが、意に介することもない。


 それより彼らの(ニドゥ)(もっぱ)ら城内に向けられていた。何とも不思議なことではあるが、将軍たちはそもそもヘカトの計略によって不和であったし、何より神都(カムトタオ)の高く厚い壁を草原(ケエル)の民が越えられるはずがないと(たか)(くく)ってもいた。


 インジャたちが攻撃を焦らなかったことも、彼らから見れば難攻不落の城塞(バラガスン)を攻めあぐねているように映ったのである。よって大軍に囲まれながらも、それほど危機(アヨール)を感じていなかった。


 城外の敵人(ダイスンクン)は放っておけばいずれ諦めて退くだろう。それより彼らはこれを(チャク)に誰かの権勢が突出することを恐れた。


 現にグルカシュは大将軍の位を振り(かざ)して、四門の将にあれこれと干渉を止めない。そのグルカシュにアルビンが言い含めたことには、


「四将には、大将軍が常に()ていることを知らしめておくべきです。そしてそれを私のような小者(カラチュス)の進言に()るものと思わせてはなりません」


 意外そうな(ヌル)を向けて、


「お前は新参ではあるが智慧がある。誰が小者と(さげす)もうか。むしろ俺がお前を引き上げてやろうと思っているのだが」


 アルビンは揖拝(ゆうはい)して言うには、


「ありがとうございます。しかしそれでは大将軍のためになりません」


「そうなのか?」


「大元帥の無様な姿(カラア)をご覧になったのでしょう。自ら言わず笑面(だつ)に言わせたことを、将軍はどのように思われましたか」


 グルカシュは感心して、


「なるほど、お前の言うとおりだ。やはりセチェンだな」


 以後、ますます四将に掣肘(せいちゅう)を加えたのでおおいに恨まれたが、アルビンの名が知られることはなかった。


 グルカシュはグルカシュで、大元帥スブデイから毎日のように使者が来ては、早く敵を退けるよう督促されて不満を募らせていた。


(ソオル)のことなど何も知らぬくせに偉そうに!」


 やはりアルビンが答えて、


「おそらく笑面獺が勧めているのでしょうが、適当にはぐらかしておきなさい。元帥などただの飾り、将軍の(クチ)には及びません」


「笑面獺か! 俺は奴が好かぬ」


「いずれ除けばよろしいでしょう。今はまだ争ってはいけません」


「なぜだ?」


「笑面獺は策謀に()けています。あまり敵視すれば、将軍の身を(おびや)かそうとするかもしれません」


「あんな奴に何ができる!」


 激昂(デクデグセン)するグルカシュに、(フムスグ)ひとつ動かさず淡々と言うには、


「例えば四門の将と結んで挟撃する。あるいは宮中に呼びだして襲う。いや(ブルウ)、兵を動かさずとも皇帝(グルハーン)を欺いて将軍の位を奪うのは難しくありません。ほかにもいくらでも策というのはあるのです」


 さっと青ざめるとこれを見つめて、


「なるほど、お前がいなければ(あや)ういところだった。元帥に笑面獺あれども、俺にはお前がいる。(たの)みにしているぞ」


はい(ヂェー)。そういうわけですから、たとえ宮中からお召しがあっても迂闊に出向いてはなりません」


 幾度も頷いて、


「よく解った。スブデイといい、笑面獺といい、宮中のものは信が置けぬ。近衛(ケシク)を預かる青面(ゆう)も何を考えているかわからぬ。決して兵衆のもとを離れるまいぞ」


「それがよろしいかと存じます」


 アルビンは一礼して退出する。


 またしばらくすると、四門の将の間で(いさか)いが起こった。ここまで最も攻勢が盛んだったのは神箭将(メルゲン)ヒィ・チノが担う東門だったが、そこでこれを守るムンヂウンが不平を鳴らして主張するには、


「我らの功労が最も大きいのは誰もが認めるところ。西門のハラ・ドゥイドなどは何もしておらぬではないか。なのに糧食(イヂェ)の配分が均等なのは道理(ヨス)に反する。西軍のそれを削って我らに回すべきではないか」


 当然、ハラ・ドゥイドは反発する。グルカシュはどうしたものかアルビンに(はか)ったところ、たちまち答えて言うには、


「労力を言うなら、四門いずれにも助力(トゥサ)に走る大将軍の兵が一番。最も多くの糧食を取るべきです。その次に東軍、北軍、南軍の順に配分すれば道理に(かな)います」


 おおいに喜んで即日(カラ)を下せば、ムンヂウンもハラ・ドゥイドも忿怒(アウルラアス)(ハツァル)を染める。

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