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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
632/783

第一五八回 ④

ナオル猛将を加えて亜喪神を退け

スブデイ智者を得て神都城を(まも)

 ヤマサンは(ニドゥ)を伏せて静か(ヌタ)に微笑む。ハラ・ドゥイドが言った。


「お前は光都(ホアルン)を失っているではないか。城塞(バラガスン)(まも)るのは易い(アマルハン)などと大言を吐くものではない」


 つと(ヌル)を上げると、


「たしかに。……ですが、同じ(アディル・)過ち(アルヂアス)を繰り返さねばよいだけのこと」


 ヒスワが()れて、


「それで、どうすればよいのだ」


はい(ヂェー)、お答えします。城塞を衛る法はただひとつ。団結してことに当たり、決して内から(エウデン)を開かぬこと。それだけです」


「策でも何でもないな」


 ヒムガイが冷笑して言ったが、(ダウン)を荒らげるでもなく、


草原(ケエル)の民は、城を攻めることに慣れていません。内から応じるものがなければ、落ちることはほとんどないと言ってよいのです。光都(ホアルン)も、ヤクマンの援兵が門を開けたために半日で失いましたが、それさえなければ今も持ち(こた)えていたでしょう」


 誰も応えるものがないので、さらに続けて、


「ましてや神都(カムトタオ)草原(ミノウル)に冠たる巨城。その(ヘレム)は登るに高く(カサグ)、崩すに厚い(ゾザーン)。その門もまた容易(たやす)く破れるものではありません。内に争わず(クチ)を併せて戦えば、必ず敵人(ダイスンクン)を退けることができます」


 将軍たちは互いに顔を見合わせて様子を窺う。ヤマサンはそう言うが、彼らは日ごろから仲が悪く、信頼(イトゥゲルテン)など欠片(かけら)もない。うっかり(たの)みにすれば、後背から襲われかねないとすら思っている。


 すべてヘカトの策謀の成果だが、当人たちはもちろん気づいていない。ヤマサンもそんな内実(アブリ)は知らない。ただ当然のことを当然に述べているだけのこと。


 ヒスワが言った。


「まさに神都(カムトタオ)は難攻不落である。各々が責務(アルバ)を果たせば、笑面(だつ)の言うとおり守りきれよう。元帥、指示を」


 スブデイは当惑して、


「ああ、ええ……」


 天井を見上げて口籠もったので、ヤマサンがこれを助けて言うには、


「元帥にはすでに腹案がおありだったはず。よろしければ私が代わって述べましょうか」


「おお、おお、そうじゃ。うむ(ヂェー)、お前が言え」


「では失礼して。東西南北の四門は、それぞれ征東、征西、征南、征北の四将軍が担当されるとよいでしょう。宮城の警護はもちろん近衛大将であるヒムガイ様が。大将軍グルカシュ様は中央(オルゴル)にて待機し、情勢に応じて各処の応援に赴けばよろしいかと」


 ヒスワはおおいに満足して、


「簡にして要を得た配置だ。諸将の奮戦に期待しているぞ」


はっ(ヂェー)!」


 六人の将軍は一斉に答えて席を立つ。スブデイもまたヤマサンを伴って退出する。宮城の廊下を歩みながら密かに言うには、


「まことにお前はセチェンだ。おかげで助かったぞ」


いえ(ブルウ)、私はただ元帥のお考えを推し量っただけのこと」


(たの)みにしているぞ」


 ヤマサンは揖拝(ゆうはい)して応えたが、くどくどしい話は抜きにする。




 さて、呼擾虎(こじょうこ)グルカシュは兵営に戻ると、麾下の軍勢を連れて宮城前の広場に整列させた。四方に早馬(グユクチ)を多数配して、四門の状況を逐一報告させる。


 準備を万端整えたところに近づいてきたものがある。昨年幕僚に加えたもので、陰気な男だがなかなかに知恵がある。常に頭巾をかぶって顔を半ば隠している。出自(ウヂャウル)など己のことも一切語らない。名を尋ねたところ、


「そうですね、アルビン(阿呆の意)とでもお呼びください」


 戯言にも聞こえぬ調子で言うので、(いぶか)しく思いつつもそう呼んでいる。そのアルビンが言うには、


「軍議はいかがでしたか」


「聞いて驚け。スブデイが光都(ホアルン)の笑面獺を連れてきた」


「…………」


 反応を窺ったが答えはない。頭巾の(エチネ)になって表情もよくわからない。いつものことなので、かまわず言うには、


「奴の献策に(したが)って城を守ることになった」


 内容を詳しく話せば、アルビンはひとつ頷いて言った。


「さすがは高名(ネルテイ)な笑面獺です。しかしひとつ重要なことを忘れて(ウマルタヂュ)おります」


「何か」


「大将軍の任務について」


「任務?」


はい(ヂェー)。四方の応援はそのとおりですが、それだけであればただの遊軍。大将軍に相応しい任務と言えるでしょうか」


「たしかに」


「大将軍に課せられた任務はそれに留まりません。諸軍を監督し、将軍たちを後背から監視して懈怠(けたい)なからしめるべきです。籠城は一瞬たりとも気を(ゆる)めてはならぬもの。よって僅かでも隙があるのを見つけたら、厳しく叱責するとよいでしょう。実際に諸軍の上に立っているのは、名ばかりの元帥ではなく大将軍ですぞ」


 グルカシュはおおいに喜んで、


「お前の言うとおりだ。それでこそ大将軍というものだ」


 それからは各処に幕僚を()って目を光らせる。ちょっとした過失を(とが)めていちいち責める。みな辟易(へきえき)して鬱憤を募らせたが、独りグルカシュは満悦の(てい)


 籠城においては内の(エイエ)こそ肝要と説かれた端からこの有様、まさに「(オス)(トス)はいくら()ぜても交わらぬ」といったところ。果たして、神都(カムトタオ)攻囲はいかなる顛末(ヨス)を辿るか。それは次回で。

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