第一五八回 ④
ナオル猛将を加えて亜喪神を退け
スブデイ智者を得て神都城を衛る
ヤマサンは目を伏せて静かに微笑む。ハラ・ドゥイドが言った。
「お前は光都を失っているではないか。城塞を衛るのは易いなどと大言を吐くものではない」
つと顔を上げると、
「たしかに。……ですが、同じ過ちを繰り返さねばよいだけのこと」
ヒスワが焦れて、
「それで、どうすればよいのだ」
「はい、お答えします。城塞を衛る法はただひとつ。団結してことに当たり、決して内から門を開かぬこと。それだけです」
「策でも何でもないな」
ヒムガイが冷笑して言ったが、声を荒らげるでもなく、
「草原の民は、城を攻めることに慣れていません。内から応じるものがなければ、落ちることはほとんどないと言ってよいのです。光都も、ヤクマンの援兵が門を開けたために半日で失いましたが、それさえなければ今も持ち堪えていたでしょう」
誰も応えるものがないので、さらに続けて、
「ましてや神都は草原に冠たる巨城。その壁は登るに高く、崩すに厚い。その門もまた容易く破れるものではありません。内に争わず力を併せて戦えば、必ず敵人を退けることができます」
将軍たちは互いに顔を見合わせて様子を窺う。ヤマサンはそう言うが、彼らは日ごろから仲が悪く、信頼など欠片もない。うっかり恃みにすれば、後背から襲われかねないとすら思っている。
すべてヘカトの策謀の成果だが、当人たちはもちろん気づいていない。ヤマサンもそんな内実は知らない。ただ当然のことを当然に述べているだけのこと。
ヒスワが言った。
「まさに神都は難攻不落である。各々が責務を果たせば、笑面獺の言うとおり守りきれよう。元帥、指示を」
スブデイは当惑して、
「ああ、ええ……」
天井を見上げて口籠もったので、ヤマサンがこれを助けて言うには、
「元帥にはすでに腹案がおありだったはず。よろしければ私が代わって述べましょうか」
「おお、おお、そうじゃ。うむ、お前が言え」
「では失礼して。東西南北の四門は、それぞれ征東、征西、征南、征北の四将軍が担当されるとよいでしょう。宮城の警護はもちろん近衛大将であるヒムガイ様が。大将軍グルカシュ様は中央にて待機し、情勢に応じて各処の応援に赴けばよろしいかと」
ヒスワはおおいに満足して、
「簡にして要を得た配置だ。諸将の奮戦に期待しているぞ」
「はっ!」
六人の将軍は一斉に答えて席を立つ。スブデイもまたヤマサンを伴って退出する。宮城の廊下を歩みながら密かに言うには、
「まことにお前はセチェンだ。おかげで助かったぞ」
「いえ、私はただ元帥のお考えを推し量っただけのこと」
「恃みにしているぞ」
ヤマサンは揖拝して応えたが、くどくどしい話は抜きにする。
さて、呼擾虎グルカシュは兵営に戻ると、麾下の軍勢を連れて宮城前の広場に整列させた。四方に早馬を多数配して、四門の状況を逐一報告させる。
準備を万端整えたところに近づいてきたものがある。昨年幕僚に加えたもので、陰気な男だがなかなかに知恵がある。常に頭巾をかぶって顔を半ば隠している。出自など己のことも一切語らない。名を尋ねたところ、
「そうですね、アルビン(阿呆の意)とでもお呼びください」
戯言にも聞こえぬ調子で言うので、訝しく思いつつもそう呼んでいる。そのアルビンが言うには、
「軍議はいかがでしたか」
「聞いて驚け。スブデイが光都の笑面獺を連れてきた」
「…………」
反応を窺ったが答えはない。頭巾の陰になって表情もよくわからない。いつものことなので、かまわず言うには、
「奴の献策に順って城を守ることになった」
内容を詳しく話せば、アルビンはひとつ頷いて言った。
「さすがは高名な笑面獺です。しかしひとつ重要なことを忘れております」
「何か」
「大将軍の任務について」
「任務?」
「はい。四方の応援はそのとおりですが、それだけであればただの遊軍。大将軍に相応しい任務と言えるでしょうか」
「たしかに」
「大将軍に課せられた任務はそれに留まりません。諸軍を監督し、将軍たちを後背から監視して懈怠なからしめるべきです。籠城は一瞬たりとも気を弛めてはならぬもの。よって僅かでも隙があるのを見つけたら、厳しく叱責するとよいでしょう。実際に諸軍の上に立っているのは、名ばかりの元帥ではなく大将軍ですぞ」
グルカシュはおおいに喜んで、
「お前の言うとおりだ。それでこそ大将軍というものだ」
それからは各処に幕僚を遣って目を光らせる。ちょっとした過失を咎めていちいち責める。みな辟易して鬱憤を募らせたが、独りグルカシュは満悦の体。
籠城においては内の和こそ肝要と説かれた端からこの有様、まさに「水と油はいくら雑ぜても交わらぬ」といったところ。果たして、神都攻囲はいかなる顛末を辿るか。それは次回で。