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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
631/783

第一五八回 ③

ナオル猛将を加えて亜喪神を退け

スブデイ智者を得て神都城を(まも)

 奔雷矩(ほんらいく)オンヌクドによって亜喪神の撤退を知らされたインジャたちは、快哉を挙げて留守(アウルグ)の諸将を(たた)えた。また東原南半、すなわち南伯シノンの麾下にあった小氏族(オノル)も、粛々とヒィ・チノの威令に従う姿勢を見せている。


 さまざまな憂いがなくなったので、いよいよナユテが献策した神都(カムトタオ)の件にとりかかることにする。飛生鼠ジュゾウを()って(はか)れば、ヒィ・チノもまたおおいに喜んで、


善し(サイン)


 ひと言で同意する。


 かくして(ハバル)も目前に迫ったある(ウドゥル)、例のオハザフ平原にて約会(ボルヂャル)することになった。インジャはセイネンら数人の僚友(ネケル)とともに三千騎をもって赴く。ヒィ・チノもまた三千騎を率いて現れる。


 二人は(ナマル)以来の再会を祝して、笑顔で礼を交わす。互いに譲りながら幕舎(チャチル)に入り、左右に分かれて腰を下ろす。まずは(オブル)の間のことどもを語りあったが、幸いにして特筆すべきこともない。そこでインジャは、神都(カムトタオ)攻略の可否を改めて問う。


 もとよりヒィ・チノにとっても、神都(カムトタオ)のヒスワは(ホオライ)に刺さった小骨のごときもの。インジャの助勢(トゥサ)が得られるのならば、(こば)道理(ヨス)もない。かつて光都(ホアルン)の楚腰公サルチンにも、神都(カムトタオ)を取り戻すことを約している(注1)。


 異を唱えるものもなかったので、すぐに準備を始めて春とともにこれを包囲(ボソヂュ)することに決する。あとはお決まりの宴、盛大に飲んで散会する。


 そして春。インジャは冬営地(オブルヂャー)を発って北上する。ナユテの献言に(したが)って、石沐猴(せきもっこう)ナハンコルジに千騎(ミンガン)を与えて光都(ホアルン)()る。


 また神風将軍(クルドゥン・アヤ)アステルノを中原に返して、代わって碧水将軍(フフ・オス)オラルを呼び寄せる。率いる兵は五千騎。


 再びベルダイ軍も参戦させるべきとの(ダウン)もあったが、先に亜喪神撃退に苦労したことから中原の備えに残すことにした。これは四頭豹の狙いどおりといったところ。それでもナルモント軍と併せて約三万騎が集結、意気揚々と神都(カムトタオ)を指す。


 途上、金毛狗ダルチムカのアイルを襲う。呉侯前将軍として栄耀を極めたのも今は昔、癲叫子ドクトによって易々と討ち取られる。神都(カムトタオ)に急を告げることすらかなわない。


 おかげでヒスワが(ブルガ)の襲来を知ったのは、すっかり包囲されてからのこと。そもそも草原(ケエル)においては、「遠く(ホル)(ニドゥ)を持たざるものは亡び、近く(オイル)(チフ)()たざるものは失う」と謂うが、まさに眼も耳もない有様。あわてて諸将を召して軍議を開く。


 居並んだのはまず大元帥スブデイ・ベク、大将軍たる呼擾虎(こじょうこ)グルカシュ、また近衛大将たる青面(ゆう)ヒムガイ。そして征東将軍ムンヂウン、征西将軍ハラ・ドゥイド、征南将軍ブギ・スベチ、征北将軍タイラント。


 もう一人、うっすらと笑みを(たた)えたものが末席にある。だがその目はまるで笑っていないどころか、微かに瞋恚(しんい)(ガル)が揺らめいている。


 まずヒスワが重い(アマン)を開く。


「……よもや神聖(ダルハン)なるこの(ゴト)を囲むとは、テンゲリをも畏れぬ連中だ。いかにして退けよう」


 すぐには答えるものもない。ヒスワの(ヌル)がみるみる(ゆが)む。それを察して従弟のスブデイがとにかく言うには、


「呼擾虎、策を出せ」


 名指されたグルカシュは眉間に皺を寄せて、


「軍を(ひき)いるのはスブデイ様。我らは命令(カラ)に従うだけのこと」


 冷たく言い放つ。かつて鉄面牌(テムル・フズル)ヘカトが()いた不和の種(注2)は、枯れることなく生長している。余の将軍たちも互いに牽制するばかりで、黙したまま。


 スブデイは苛立って、


「この役立たず(アルビン)どもめ! 日ごろ高禄を()んでいるのは、このときのためではないのか!」


 叫び散らしたが、その声は沈黙に呑まれる。呆然としているところに、


「僭越ながら、よろしいでしょうか」


 末席の男が静か(ヌタ)に切りだす。助かったと言わんばかりに喜んで、


「おお、おお、かまわぬとも! 何でも言うがよい」


 諸将は不審げな顔で男を見遣(みや)る。実は誰も彼を知らない。なぜ同席しているかもわからない。(こら)えきれずヒムガイが制して、


「お待ちを。大元帥、此奴は何ものですか?」


 すると誇らしげに答えて言うには、


「ふっふっふ。このものはな、()()()()といって、あの隻眼傑(ソコル・クルゥド)の片腕だった逸材。光都(ホアルン)を逃れたのち、このわしを(たの)んで流れてきたのよ」


 何と男はあの笑面(だつ)。胸宇に怨嗟を秘めて投じたのは神都(カムトタオ)だったという次第。これを聞いた諸将はおおいに驚く。無知な彼らでもその高名(ネルテイ)は聞き及んでいる。ブギ・スベチが目を見開いて、


「まことに、まことにあのヤマサンか!?」


 末席の男はくすりと笑って、


「たしかに私はヤマサンです。しかし真偽はどうあれ、たいしたことではありますまい」


「何と……」


「肝要なのは外敵を退けること。有用な策であれば誰のものであろうとよろしいでしょう?」


「はっはっは」


 (にわ)かに笑声を放ったのは高き座(オンドゥル)にある奸人ヒスワ。みなが驚いて注視すると言うには、


「気に入った! そのとおりだ。たしかにお前が誰でもかまわない。この危機(アヨール)を救えるのか」


はい(ヂェー)城塞(バラガスン)(まも)るのは、難しい(ヘツウ)ことではありません」


「ほう、壮語したな」

(注1)【いずれ神都(カムトタオ)を……】ヒィ・チノはかつて神都(カムトタオ)を落としたらサルチンたちに譲ることを口頭で約した。第九 一回④参照。


(注2)【ヘカトが()いた不和の種】第一〇二回④参照。

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