表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
630/783

第一五八回 ②

ナオル猛将を加えて亜喪神を退け

スブデイ智者を得て神都城を(まも)

 ハレルヤの参戦によってムカリの猛勇(カタンギン)を抑えることはできたが、ヤクマン軍にはもう一人の勇将があった。すなわちダルシェから降ったガリドである。


 ハレルヤが大君(イェケ・アカ)タルタル・チノの逆鱗(注1)に触れて失脚したあと、僅かの間だが()()を委ねられたこともある。愚にもつかぬ奸者には違いないが、相当の武勇の主ではある。


 すっかり四頭豹の(ノガイ)と化したガリドは、ムカリが下がったことをむしろ己の(クチ)を示す好機(チャク)と看た。おおいに発奮して、得物の蛇矛を掲げて暴れ回る。


 ハレルヤがこれを見逃さぬはずはない。部族(ヤスタン)を傾けた憎むべき仇敵(オソル)、かっと(ニドゥ)()くと大馬(トビチャグ)の腹を蹴って猛然と挑みかかる。遮ろうとするものは、いや、そのつもりがなくとも線上に立ったものは、瞬時(トゥルバス)(むくろ)となる。


 ガリドは調子に乗って雑兵を突き伏せていた。彼方から悪鬼(チュトグル)のごとき形相でハレルヤが迫っていることにすぐには気づかない。悲鳴の波が寄せてきてやっと異状を(さと)ったときには、指呼の間に巨躯があった。


「ガリドォォォッ!!」


 裂帛の気合い至って、一瞬に身は(すく)み、蛇矛を()(ガル)ががくがくと震える。目を見開き、開いた(アマン)(ふさ)ぐことすら忘れる。どっと汗が噴き出して、(ダウン)にならない絶叫とともに馬首を(めぐ)らさんとするが、


「遅い!」


 言うとともに大刀一閃、ガリドの首は驚愕の表情を留めたまま宙に舞う。あまりの早業に、首が(ビイ)を離れたことに気づかず、ぱくぱくと口が動いて何か言おうとした。……と、のちのちまでまことしやかに語られたほどの鮮やかさ。


 味方(イル)からは大歓声、敵人(ダイスンクン)は戦慄してどっと浮足立つ。


 この機を逃さず一斉に攻めかかったので、おおいに押し込む。しかしそこはムカリもさるもの、兵衆を(まと)めてぐっと(こら)える。巧みにハレルヤを避けつつ、(バラウン)(ヂェウン)に獅子奮迅のはたらき。


 再び戦線は膠着して、双方兵を退く。ジョルチの陣営(トイ)では、参陣早々に敵将を(ほふ)ったハレルヤに賞賛を惜しまぬものはない。


 ムカリはさらに十里退いて陣を構える。幾日かは(アミ)を潜めて動かない。九尾狐テムルチや白面鼠(シルガ・クルガナ)マルケは、勢い込んでナオルに攻撃を進言したが、


(モルスン)の張った(ノール)に踏み込むことはない。薄氷ともかぎらぬぞ」


 そう言って(がえん)じない。また言うには、


「敵がわざわざ麒麟児と合流(ベルチル)する時日を与えてくれているのだ。何を焦る必要があろう」


 みななるほどと得心する。言葉(ウゲ)のとおり、数日後にはネサク軍が到着する。シン・セクはタクカを(したが)えて颯爽(オキタラ)と現れる。諸将と挨拶を交わすと、


「俺が来たからには、亜喪神ごときに好きにはさせぬ」


 おおいに(うそぶ)く。諸将はやんやの喝采。また後続のスク・ベクが、敵軍の退路を(やく)すべく動いていることを告げれば、マルケが感心して、


「ああ、お二人はまさしく名将! これ以上の援軍はありません」


 誰もが明日は兵馬を(つら)ねていざ決戦、とて勇躍(ブレドゥ)する。と、自ら志願して敵情を探っていたタケチャクがあわてて戻ってきて言うには、


「亜喪神め、退却(オロア)したようだぞ!」


 みなおおいに驚く。シンなどは右の拳を左の掌に打ちつけて、


「この麒麟児と戦わずして去るのか! 俺は戦う(アヤラクイ)ためにきたのだ。そんなことは(ゆる)さぬぞ!」


 言うや否や、さっと飛び出していく。ナオルたちがあわてて止めようとしたが、何と云っても(くだん)の神速の法(注2)なれば(ダウン)をかける暇もない。諸将は急いで兵衆のもとに返って追撃の準備を命じる。


 そのころにはネサク軍はすでに進発している。先頭を行くはもちろんシン・セク。()るは漆黒の名馬「黒亜麒(こくあき)」。兵衆を叱咤しつつ道を急ぐ。これに(ようや)くムジカの兵が続き、キレカ、オラルの隊もあとを追う。


 敵が拠っていた(ガヂャル)に到れば、とっくに引き払ったあと。舌打ちして踏跡(カウルガ)を辿る。しかしついに見失って追撃を断念する。シンは切歯扼腕して、タクカに慰められつつ帰陣した。


 ナオルは斥候(カラウルスン)を放って広く探索させたが、まことに南原まで退いた様子。さらにスク・ベクから早馬(グユクチ)が来て言うには、彼らもまたムカリ軍に遭うことはなかったとのこと。


 ともあれ、麒麟児の合流によって敵を退けたことには違いない。みなこれを(たた)えて戦勝を祝う宴を開く。それでもシンは憤懣やる方なく、常より酒量を過ごしたがこの話はここまで。




 実のところムカリがどうしたかと云えば、四頭豹から撤退の(カラ)を受けて早々に南原に帰っていた。当人としては不本意であったが、相国(サンクオ)には逆らえない。復命に及べば、四頭豹は満悦の(てい)でこれを激賞して、


「まったくお前は(エチゲ)に勝るとも劣らぬ名将だ。進んでは策を(まっと)うし、退いては軍を(まっと)うした。言うことはない」


 ムカリは少しばかり不満があったが、これを聞いてすっかり霧消した。にやにやと笑って揖拝(ゆうはい)する。それに向かって言うには、


「これでインジャも、留守地(アウルグ)が累卵の(あや)うきにあることを(エレグ)に銘じただろう。さらに遠方に兵を()くことはできぬはずだ。よいか、亜喪神。私が真に欲しているのは東原だ。東原さえ手に入れれば中原などいかようにもなる」


はい(ヂェー)


 笑みを収めて、


「勝った、勝ったと浮かれているがいい。私はな、得るべきものと、そのために棄ててよいものは明瞭に分けているのだ」


「はあ……」


 ムカリは意とするところを(つか)みかねて曖昧に答えたが、この話もまたここまでとする。

(注1)【タルタル・チノの逆鱗】ハレルヤは、タルタル・チノがヤクマンの招撫に応じようとしていることを非難して罪を得た。第一三八回④参照。


(注2)【神速の法】シンは、自らの足で信じがたい速さで駈けることができる。第六 一回②参照。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ