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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
628/783

第一五七回 ④

天仙娘ツジャンを療やして眷恋(けんれん)(かわ)

黒曜姫メサタゲを招いて兇手を(ほろ)ぼす

 アネクはいよいよ闘志も(あらわ)に一歩踏み出そうとしたが、再び戸張(エウデン)が開いて、


「ハトン、もうお下がりください。あとはみなに(まか)せましょう」


 (ダウン)の主は打虎娘タゴサ。やむなく中へ入る。その戸張にまた二本、矢が刺さる。その瞬間、大ゲルの上方から矢を放ったものがある。闇の中に吸い込まれたかと思うと、


「ぎゃっ!!」


 悲鳴が挙がる。どうやら刺客(アラクチ)を一人葬ったらしい。はっとメサタゲが仰ぎ見れば、大ゲルの天窓(エルゲ)の辺りにシャイカがあって弓を構えている。


「何といつの間に」


 驚いているうちにも方々からシャイカを狙って矢が飛び交う。しかしさっと伏せれば、いずれも()たらず(コセル)に落ちる。


「あの(オキン)、笑っているぞ。余裕綽々というわけか」


 感心しているときではない。麾下に命じて、矢が放たれた辺りを指して斉射を命じる。()()の兵衆は無論のこと、侍衛兵も勇躍(ブレドゥ)して盛んに射る。また二、三人(ほふ)ったようだ。


 はたと刺客の攻勢が止む。


 メサタゲたちも(ガル)を休めて、怠りなく様子を窺う。そのうちにシャイカがするすると下に降りてきて言った。


「おそらく敵人(ダイスンクン)は矢が尽きた(エチュルテレ)


「なるほど。退くかな」


 小首を(かし)げて考えていたが、やがて言うには、


「襲ってくるよ。先にハトンに迫ったように」


「それはそれで難敵だな」


 得物を握りなおして気を引き締める。彼奴らが狙うのは、きっと将たる己とシャイカの二人に違いない。


 静寂(ヌタ)……。ときが止まったかと思われるほど長い静寂。みな(アミ)を殺して、ことが起きるのを待つ。


 さあっと(サルヒ)草原(ケエル)を撫でる。ふと息を吐いて、


「黒曜姫はああ言ったが……」


 言いかけた刹那、眼前に黒い(セウデル)が跳び上がって、


「…………!」


 無言のまま刺突してくる。


「うぉっ!」


 虚を衝かれたメサタゲは対応がやや遅れる。


 と、数歩離れたところにいたシャイカの右手がさっと振られた。何かが飛んで刺客を(とら)える。もんどりうって転がったのを見れば、例の鉄針(テムル・ヂュウ)(注1)が頸脈(スヂャス)突き刺さって(カドゥグタダアス)いる。


ありがとう(バヤルララ)! やあ、(あや)うかった」


「気を抜いたらいけないよ。活寸鉄、侍衛兵に命じて灯を!」


 意図を察して、即座に炬火の使用を許す。たちまち幾十もの灯が周辺を照らしだす。もう飛矢を怖れる必要がないとなれば、明るいほうが(ブルガ)接近(カルク)に備えられるというもの。


 効果は覿面(てきめん)、早速地に這いつくばって周章している敵を見つけた魔軍の兵衆が、一斉にこれを襲って斬殺する。ほかにも跳ね起きて(ノロウ)を向けたものがあって、斉射を浴びせる。


 暗殺ではなく正対しての戦闘(カドクルドゥアン)であれば、魔軍はまさしく無敵。次々に刺客を見つけて根絶やし(ムクリ・ムスクリ)にする。半刻も経たぬうちに掃討に成功する。メサタゲは(ようや)く安堵して、


「恐ろしい敵人だった。黒曜姫がなければ守りきれなかったかもしれない」


 シャイカは(ほが)らかに笑って、


「そんなことないよ。むしろ活寸鉄のおかげだよ。もし魔軍の精鋭がいなければ、ハトンが自ら身を(さら)して戦うことになっていたかも」


「考えただけでぞっとするな。いかにハトンが勇猛とはいえ、あれは尋常のもの(ドゥリ・イン・クウン)とは違う」


 ふとメサタゲは気づいたことがあって、尋ねて言うには、


「なぜ早く炬火を灯させなかったのだ。おかげでかなり(エレグ)を冷やしたぞ」


 すると莞爾として答えて言うには、


(ネグ)には、まことに矢が尽きたのか確かめるため。(ホイル)には、あえて近接させて殲滅するため」


「ははあ、そのために俺を(バイ)にしたか」


 そう言いつつ、どこか楽しげである。シャイカは肩を(すぼ)めて、


「でもこれでしばらくは心配ない。あれだけ(エルデム)のある刺客を短時日に揃えることはできない。もちろん警戒は怠らないけど」


 メサタゲはおおいに感心すると、


「お前はたいした娘だ! 今日の危機(アヨール)に接しながら、明日の安寧(オルグ)をも考えていたとは!」


 それから二人は、中で待つアネクたちに事の次第を報告した。アネクはシャイカを激賞して、


「何てすばらしい! 貴女は天王(フルムスタ)様が(つか)わした神女じゃないかしら」


 しかしそのあと付け加えて、


「もし貴女がいなかったら、私と打虎娘の二人だけで退けるには、少しばかり手がかかっただろうよ」


 メサタゲは僅かに(ニドゥ)を見開き、シャイカはころころと笑った。さすがは勇猛を(うた)われた女傑、自負はいささかも揺るがない。まさに面目躍如といったところ。


 かくして、卑劣な襲撃は異能の娘の活躍によって回避されたわけだが、四頭豹の奸智(ザリ)たるや僅かな隙も許されぬ。


 これを打倒しなければ草原(ミノウル)に安住の(ガヂャル)はない。「吊るした(ウルドゥ)の下では眠れない」とはまさにこのこと。果たして、このあと黄金の僚友(アルタン・ネケル)はいかにして奸智を砕くか。それは次回で。

(注1)【例の鉄針(テムル・ヂュウ)】シャイカの得意とする暗器。第一三八回②参照。

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