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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
627/783

第一五七回 ③

天仙娘ツジャンを療やして眷恋(けんれん)(かわ)

黒曜姫メサタゲを招いて兇手を(ほろ)ぼす

 と、一人の侍衛兵が暗闇に堪えかねて炬火を灯さんとする。


「あっ!」


 メサタゲが制する暇もない。(オト)()けた途端に矢の(クラ)を喰らって(たお)れ伏す。


「見ただろう! 火は点けるな。(バイ)になるだけだぞ」


 言うなりさっと移動する。すると、狙い(たが)わずもともと立っていたところへ方々から矢が飛来する。もちろん空を切って地面(コセル)に突き立つ。


「はあ、(あや)うい、殆うい。もう迂闊に(ダウン)も出せないか」


 そっと身を(かが)めて辺りを窺う。余のものも黙って(なら)う。敵人(ダイスンクン)も間合いを取って伏せているのか、しんとして気配もない。身動(みじろ)ぎもせぬままときが経つ。


「困ったものだ。俺はいいが、兵衆の緊張がもたぬぞ」


 傍ら(デルゲ)の兵が(ささや)いて、


「備えがあるのを看て、すでに逃げてしまったのでは……?」


 やはり小声で返して、


いや(ブルウ)


 そのとき、前方で小さな黒い(セウデル)がすばやく動く。


「うわあぁぁっ!!」


 侍衛兵の一人が悲鳴とともに立ち上がって矢を放つ。たちまちどこからか矢が飛んできて(むくろ)となる。


「……(ソロンガ)(いたち)だ」


 なかなかまずいことになった、とメサタゲは思う。侍衛兵はすでに恐慌を(きた)している。怯える(カリタリル)あまり尋常の判断ができなくなっている。鼬と人の見分けもつかぬのでは、ひょっとすると(ブルガ)味方(イル)も見違えるかもしれぬ。


「さぁて、どうしたものか」


 メサタゲが黙考していると、不意にすぐ近くから、


「活寸鉄」


 呼びかけられてぎょっとする。はっと顧みれば、何と黒耀姫がそこにいる。


「驚かすな。まるで気づかなかったぞ」


 抗議には取り合わず言うには、


瓊朱雀(けいしゅじゃく)様、打虎娘様をはじめ女たちは、さっきの笛を聞いてすでに大ゲルに移ったよ」


「そうか」


「我らの使命(アルバ)は、三后(ゴルバン・ハトン)とハーンの僚友(ネケル)たる女官を護ること」


「ふむ、そうだな」


「ほかのことは気にしなくていい」


 そう言ったかと思うと、かき消すようにいなくなる。


「やれやれ、恐ろしい(オキン)だ。黒曜姫が刺客(アラクチ)だったら、すでに俺は死んでるな」


 身震いすると、四方に目を(くば)りつつ静か(ヌタ)に移動しはじめる。連れて三百騎もじりじりと後退して、大ゲルの周囲に集まってくる。とにかく何人失っても、大ゲルにさえ敵を寄せつけなければよい。


 そのうちにも幾人かが討たれる。矢で射抜かれたものもあれば、(ウルドゥ)で斬られたものもある。傍にいたものがあわてて反撃を試みるが、影すら(とら)えられない。


 侍衛兵たちはますます戦慄して、じっとしていることもできない。自暴を起こして、当てもなく得物を()って駈けだしたものもあったが、当然すぐに餌食となる。


 メサタゲは辛抱してともかく兵衆を集める。散開して個々に討たれんよりは、たとえ標的にされやすくとも、数をもって人の(ヘレム)を築くことにしたのである。


 しゅっ、しゅっと空を裂く音がするたびに一騎、また一騎と(たお)れる。射返してみるが手応えはない。メサタゲはなおも堪える。


 侍衛兵の(セトゲル)はいよいよ摩耗(ハウタル)して、一人が立ってついに叫ぶ。


「俺は逃げるぞ……」


 言い終わるか終わらぬかのうちに(ホオライ)を射抜かれる。ざわめき、波のように動揺が広がる。ついには悲鳴や怒号が巻き起こる。メサタゲは(ヌル)(しか)めて、


「参ったな。こんな騒ぎじゃ敵が近づいても判らない」


 と、(にわ)かに大ゲルの戸張(エウデン)が開く。小さな人影が現れると、


「静まれ! それでも我が侍衛(トゥルガグ)か!」


 みなはっとして振り返れば、そこには何と鉄鞭(テムル・タショウル)のアネク。一斉にあわてて言うには、


「ハトン! 危ない。お下がりください!」


 口々に叫ぶ。気にする様子もなく威風凛々、辺りを圧して言うには、


「よいか、臆するな! 戦場にあっては、怯んだものから死ぬんだよ!」


 その姿(カラア)奥座(コイマル)にあるハトンのそれではなく、まさに威名を轟かせた猛将(バアトル)のもの。兵衆は雄心(ヂルケ)を奮い起こされてたちまち沈着を取り戻す。


 そこへ、ひょうっと(サルヒ)を切ってふた筋の矢が飛来する。アネクは軽く身を捻ると左手をさっと(ひるがえ)す。一本は戸張に突き立ち、一本は鉄鞭に(はじ)かれる。みなおおいに(エレグ)を冷やしたが、アネクは動じることなく艶然と微笑みすらして、


()たるもんか。鉄鞭のアネクを侮っちゃいけないよ」


 兵衆は思わず、うおぉと歓声を挙げる。


 と、不意にアネクの目の前の地面がふわっと浮き上がったかと思うと、黒衣の刺客が躍り上がって短剣(オコル・ウルドゥ)を振り(かざ)す。


 みなあっと息を呑んだが、これも右手を一閃、一撃で叩き伏せる。


「驚かすんじゃないよ」


 そう言いつつも(アミ)ひとつ乱れていない。

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