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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
624/783

第一五六回 ④

ドルベンの奸謀を(もっ)て半日にて巨星()

クミフの明察に()りて一歳にて賢良()

 ツジャンの衰えようは(ニドゥ)(おお)わんばかり。消息を絶ってから一年半あまり(注1)、ずっとあの狭くて暗い地下の一室に在ったのだろうか。


 目は(くぼ)み、(ヌル)は青く、肋骨(カビルガル)は浮き出て、両足(フル)は萎えている。呼吸(アミ)は弱々しく、苦しげに喘鳴(ぜんめい)している。すぐには恢復しそうにない。ナユテはジュゾウを顧みて、


「これは(あや)うい。天仙娘をできるだけ早くここへ」


承知(ヂェー)


 またミヒチに告げて、


神箭将(メルゲン)に鳳毛麟角が見つかったことを報せてくれ。また一隊を派してこの邸を護るよう差配してほしい。動かすのはまずい、このままここで治療するのがよい」


 クミフへは、


娃白貂(あいはくちょう)はここに残って、あれこれと(たす)けよ。まずは(エウデン)を閉じて、ハーンの割符(ベルゲ)を掲げてこい」


 三人は頷いて房を飛び出していった。かと思うと血相を変えて戻ってくる。


「どうした?」


 問えば、ミヒチが答えて、


「さっきの老婆(エムゲン)が、首を吊った」


「何だと!?」


 吃驚してツジャンはそのままに見に行けば、言葉(ウゲ)のとおり(はり)にぶら下がっている。すでに息はない。溜息を吐いて遺体を下ろす。ジュゾウとミヒチは発たせて、クミフと二人で庭に葬ったが、くどくどしい話は抜きにする。




 さて、西門と北門を破った攻囲軍はほどなく市街の掃討を()えて、中央(オルゴル)合流(ベルチル)する。諸将はおおいに喜んで、僅か一日で都城(ゴト)を制したことを祝った。これでやっと叛賊(ブルガ)の勢力は壊滅したのである。


 諸方に兵を配備して、余剰の兵は城外に野営させる。また人衆(ウルス)に布告してこれを慰撫する。光都(ホアルン)の統治は、再び楚腰公サルチン、鉄面牌(テムル・フズル)ヘカト、一丈姐(オルトゥ・オキン)カノンの三名に託すことを決める。


 またインジャが命じて、黒鉄牛(ハラ・テムル・ウヘル)バラウンと赫彗星ソラが四千騎をもってこれを(まも)ることになった。ナルモント部には光都(ホアルン)()く兵力がなかったからである。例によって傭兵(ヂュイン)の契約を結ぶ。早速ヘカトの指揮で城門や城壁(ヘレム)の修繕に着手する。


 さらにともに(はか)って、ジョルチの中軍(イェケ・ゴル)とセント軍併せて約二万は、東原南半にて越冬することにした。ひとつには南伯としてシノンが治めていた版図(ネウリド)の動向を見極めるため、ふたつにはヤクマン部の侵攻に備えるためである。


 霹靂狼トシ・チノのベルダイ軍は中原へ、靖難将軍イトゥクの千騎(ミンガン)は西原に帰って、それぞれ戦勝を報じる。ヒィ・チノは北上して、旧の版図をしかと再建する。




 そうした諸々のことどもを決める間も、神行公(グユクチ)キセイと病大牛ゾンゲルに命じて、シノンとヤマサンを探させる。やがてキセイが朗報をもたらす。


「シノンの遺骸を発見、収容しました」


 ヒィ・チノは一瞬(フムスグ)(ひそ)めたようだったが、すぐに何でもない様子で、


「そうか」


 短く答える。キセイは躊躇(ためら)いがちに尋ねて、


「ご覧になりますか」


「……いや(ブルウ)、よい」


「遺骸はどのように……」


「ほかの屍とともに城外に運びだせ。特にどうするということはない」


承知(ヂェー)


 しかしなおも立ち去らない。ヒィ・チノは(いぶか)しんで、


「どうした?」


「ひとつ気になることが……。遺骸はたしかにシノンに相違ありませんが、なぜか眼帯を失っていました。傍には見当たらず……」


 ヒィ・チノはふんと(ハマル)を鳴らすと、


「どこぞで紛失したのだろう。どうでもよい。……それより笑面(だつ)は?」


 首を振って、


「それが、どこにも。逃したかもしれません」


「ううむ。引き続き探せ」


 そう命じてから、キセイの表情を見て破顔一笑すると言うには、


「そう、不安げな顔をするな! もし生きて(オスチュ)いたとしても奴独りで大事を為すことはできぬ。奴は有能だが、シノンがなくてはな」


「……はい(ヂェー)


 キセイが去るのと入れ替わりに、ミヒチがやってくる。


 先に述べたようにツジャンを保護したことを告げれば、居並ぶ諸将はわっと快哉を叫ぶ。しかし仔細を知るにつれ、顔を曇らせる。あとはキノフの医道と、テンゲリの加護を(たの)むばかり。




 ともかく天導教徒の蜂起と南伯シノンの造反によって始まった東原動乱は、一応鎮まったかのようであった。


 しかしすべては四頭豹の策謀なれば、これで終わったと手放しで喜ぶには早すぎる。まだどんな奸計があるやら知れない。(たと)えて云えば、「根のある(ウヴス)はまた()えてくる」といったところ。ぜひともその根源(ウヂャウル)を断たねばならぬ。


 その証拠に(オブル)に入った途端に中原から早馬(グユクチ)が至って、好漢(エレ)たちの(エレグ)をおおいに冷やすことになる。果たして何が起こったか。それは次回で。

(注1)【一年半あまり】ツジャンは当初、イルシュにて青袍教徒が監禁していた。ヤマサンが光都(ホアルン)を得たのちに移送したので、実際はもう少し短い。

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