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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
623/783

第一五六回 ③

ドルベンの奸謀を(もっ)て半日にて巨星()

クミフの明察に()りて一歳にて賢良()

 三人は驚きのあまり、しばらくは無言で立ち尽くす。老婆(エムゲン)もまた何も言わない。表情もなく闖入者を眺めている。と、クミフが入ってきて、


「外には何もなかったよ。こっちは……」


 言いかけたところで老婆に気づいて、はっと息を呑む。ナユテが我に返って、


「貴女はいったい……」


 問いかければ(ようや)く応えて、痩せ細った右手をそろそろと伸ばす。言うには、


「……この先に進んではいかん」


 見ればその背後に(いわ)くありげな(ハアルガ)がひとつ。四人は(ヌル)を見合わせて頷く。ジュゾウが一歩踏みだして、


「悪いがそこを退()いてくれ。退かないってんなら、無理にも退いてもらうよ」


「いかん。この戸は決して開けぬよう、きつく言われておるのだ」


「きつく……。って、誰にだい?」


息子(クウ)だ」


 四人はおおいに驚く。ミヒチが尋ねて、


「それはもしかしてヤマサンのこと?」


そうだ(ヂェー)


 何と老婆はヤマサンの(エケ)。これほど信が置けるものはほかにあるまい。いよいよ先に進まないわけにはいかない。


「さあ、婆さん。退いた、退いた。ちょいと失礼」


 ジュゾウが近づいて、椅子ごと抱え上げる。


「こら、何をする! やめろ!」


 (ニドゥ)()いて(あらが)うが、かまわず房の外に運び出してしまった。なおもジュゾウの(カンチュ)(すが)りついて(わめ)く。すっかり辟易(へきえき)しつつ、


「俺は婆さんを押さえておくから、神道子たちで見てきてくれ」


承知(ヂェー)。あとは(たの)んだ」


「早くしてくれよ。殴っておとなしくさせるわけにもいかない」


 戸にはしっかりと鍵が掛けられていた。クミフがほかの房から(つち)を見つけてきて一気に叩き破る。


 そこは狭くて暗い一室。見たところぽつんと長持(アヴダル)がひとつ置いてあるきりで、ほかには何もない。燭台に(オト)()けてぐるりと見回してみる。ミヒチが首を捻って、


「この長持……。頻繁に動かした(あと)がある……」


「あっ、そこ!」


 クミフが目敏(めざと)く何か見つけたらしい。指すほうを見れば、長持の下に半ば隠れてはいるが、床に二尺四方の板が嵌め込まれている。端に(ホロー)を掛けられる溝が付いている。


 ナユテは燭台をミヒチに託して、長持を押し退()ける。案に相違して軽い。しゃがみ込んで仔細に観察する。試しに動かそうとしてみたところ、容易(アマルハン)に開きそうである。


「よし、開けるぞ」


 (ダウン)をかければ、二人はごくりと(シルスン)を呑んで首肯する。溝に指を掛けて引き上げる。板は案の定あっさり外れて、ぽっかりと空洞が現れる。梯子があって下に降りられそうである。


「照らしていてくれ。ちょっと降りてみる」


 ナユテはまず梯子を(つか)んで揺さぶってみる。しっかりとした造りである。ふうとひと息()くと、床に(ガル)を突いてそろそろと(フル)を下ろす。梯子を(とら)えると一段ずつ慎重に降りる。


「よく見えないな。灯を」


 燭台を受け取って、もう数段下ったところで辺りを照らす。


「あっ!」


「何!? どうしたの?」


 クミフの問いに答えて、


「牢だ! 中に誰かいる!」


 闇を透かしてさらに窺う。数尺の狭い檻が(しつら)えてあり、一人の男が黙然と座しているようだ。眠っているのか、何の反応もない。


 ナユテは急いで下りてしまうと、近づいて灯を(かざ)す。


「どう? 鳳毛麟角?」


 頭上からミヒチが尋ねる。


「ちょっと待て……。おい、君、目を覚ませ。まさか、死んで……?」


 男はがっくりと項垂(うなだ)れている。髪も(サハル)も伸び放題、袍衣(デール)もほつれ、汚れて無惨な有様。


「……いや(ブルウ)(アミ)はある! 槌を! 檻を破る」


 クミフが槌をゆっくりと差し入れる。燭台を床に置いてこれを受け取ると、


「さあ、今助けてやるからな。ちょっと大きな音を立てるが辛抱してくれ」


 迷わず槌を振り上げる。二度、三度と錠に叩きつければ、やがて(はじ)け飛ぶ。槌を(ほう)りだして中に入ると、男の両肩に手を置いて、


「おい、しっかりしろ」


 やっと男は顔を上げて、(うつ)ろな目を向ける。苦しげに息を漏らしつつ言うには、


「……あ、ああ。……君は?」


「神道子ナユテ。ヒィ・チノに頼まれて人を探している。君は鳳毛麟角か?」


 男は僅かに瞠目して、


然り、然り(ヂェー ヂェー)


 それだけ言うと激しく咳き込んで気を失ってしまう。ナユテはとりあえず上で待っている二人に告げて、


「いたぞ! 鳳毛麟角だ!」


 ミヒチとクミフはわっと歓声を挙げる。


「喜ぶのはまだ早い。随分と弱っている。娃白貂(あいはくちょう)は湯を沸かせ。白夜叉は飛生鼠を呼んできてくれ」


 ツジャンはすっかり痩せ細って老人(ウブグン)のごとく軽かったが、自ら動くことができなかったので、おおいに苦労して上階に上げる。敷布に寝かせて顔やら身体(ビイ)やらを拭き清め、(オス)を含ませたり、手足を(こす)ったりして介抱に努める。


 そうこうするうちに、いつの間にかヤマサンの母は姿(カラア)(くら)ましてしまった。

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