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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
622/783

第一五六回 ②

ドルベンの奸謀を(もっ)て半日にて巨星()

クミフの明察に()りて一歳にて賢良()

 ヤマサンは必死に盟友(アンダ)姿(カラア)(もと)めていた。ときに戦い、ときに逃げつつ四方に目を(くば)る。もはや光都(ホアルン)の陥落は避けられない。となれば何としてもシノンを助けて脱出させねばならない。


 すでに市中は敵軍(ブルガ)によって大半を制圧されている。どうやら北門も破られたようだ。ヤマサンの(ヌル)を知るものも多い。うろうろしていれば自らの身も(あや)うかったが、一顧だにしない。


 そして、ついにシノンを発見する。


 (アクタ)を降りると、目瞬き(ヒルメス)も忘れて()()を見下ろす。やがてどっと膝を突いた。(ガル)を伸ばしてその(ハツァル)を撫でる。


 莫逆の友は、無数の傷を負ってすでに死んでいた。隻眼傑(ソコル・クルゥド)と称された英傑(クルゥド)の姿はどこにもない。ほかの無名(ネルグイ)の兵卒と同じように屍となって転がっていた。


「…………」


 言葉(ウゲ)はない。涙もない。感情(ドウラ)もない。世界(イュルトゥンツ)すらも失われたようであった。


 しばらく(ひざまず)いていたが、(ようや)くのろのろと立ち上がりかける。ふと思い立って、シノンの左眼を(おお)っていた眼帯を外して、懐中(エブル)に入れる。呟いて言うには、


冥府(バルドゥ)で待ってろ。俺もほどなくそちらへ行く。……だが、為すべきことを為してからだ」


 シノンであった屍は両目を閉じており、眼帯がなければ隻眼(ソコル)であることすら判らない。


()()()はたしかに死んだ……」


 そのあとは迷いもなく速足に去る。顧みることもない。ヤマサンは混乱に(まぎ)れて光都(ホアルン)を脱出したが、どこへ向かったかはのちに明らかになること。




 混乱の中、走り回っていたのはヤマサンばかりではない。勝利目前の攻囲軍のほうにもそうするべきものがあった。


 ツジャンを探す娃白貂(あいはくちょう)クミフたちである。余の三人、すなわち神道子ナユテ、飛生鼠ジュゾウ、白夜叉ミヒチもすでに合流(ベルチル)している。光都(ホアルン)攻防の間隙を縫ってじっくり探索するつもりが、急転直下の事態にあわてたのは彼女たちも同様である。


 最初からシノンとツジャンは(オス)(トス)のごとく交わらなかった。落城の危機(アヨール)に瀕して、ヒィ・チノが(たの)みとするツジャンの(アミン)だけは奪わんとするかもしれない。


 いや、英傑を自任するシノンにその発想はないかもしれない。だが、あのヤマサンは何をするかわからない。友のためなら何をするにも躊躇しないことを、少なくともミヒチは知っている。


 長らく光都(ホアルン)に潜入していたクミフによれば、中央(オルゴル)の官庁の牢獄にいないことは間違いないとのこと。いったいどこに隠したのか、八方手を尽くして探ったがいまだ所在が(つか)めない。塔の上や寺院、空き家など、それらしきところはすべて(あらた)めた。


 ジュゾウが言うには、


「どこにもいないぞ。まさかもう殺されて(アラアサアル)いるんじゃ……」


 ナユテがそれを制して、


「迂闊なことを言うな。思うに、きっと生きて(オスチュ)いる」


「ならよいが」


「鳳毛麟角ほどの名士をこっそり殺す(アラハ)のはむしろ益が少ない。どうせなら広く処刑を喧伝して、神箭将(メルゲン)に打撃を与えようとするだろう」


「なるほど」


 またミヒチが言うには、


「鳳毛麟角を生かしておけば、これを交渉に用いて包囲(ボソヂュ)を解かせることができるかもしれない。笑面(だつ)なら籠城を決めたときにあらゆる策を想定している」


「ははあ。ところが交渉する間もなく(エウデン)が開いたってわけか」


そう(ヂェー)。連れ出す暇もなかったはず。だから鳳毛麟角はきっとどこかで救助を待っている」


 と、クミフが俄かに(フル)を止めて余の三人を顧みる。そこはやや広壮な邸宅の前。長い石塀が続いていて中の様子は見えない。


「笑面獺は、鳳毛麟角を絶対に逃がしたくない。だから信用(イトゥゲルテン)あるものに監視を命じていたはず。ここはどうだろう?」


 ナユテが(ニドゥ)を上げて問う。


「ここは?」


「笑面獺の自邸」


 それを聞いて余の三人は、あっと(ダウン)を挙げる。なるほど、目の届くところに置いておくことは十分に考えられる。


 石塀の高さは身の丈の倍ほどもあったが、クミフにとってはどうということもない。ひらりと跳び越えて塀の向こう側へ消える(ブレルテレ)


「誰もいない。門に回って。内から開く」


 三人は頷き合って塀に沿って走る。待っていると、ほどなく門が開く。すばやく中に滑り込む。クミフが小声で言うには、


「人の気配がほとんどない」


 ナユテが答えて、


「この騒ぎだ。逃げ散ったのかもしれない。とにかく探そう」


 クミフが庭を、余の三人が邸内を探索することにした。片端から房を(あらた)める。誰も出てこないので、次第に大胆になってツジャンの名を呼びながら駈け回る。


「あっ!」


 (にわ)かに叫んだのはミヒチ。ほかの房にあったナユテとジュゾウがあわてて駈けつければ、ミヒチが呆然と立っている。


 その視線の先には、一人の老婆(エムゲン)が端座していた。

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