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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
621/783

第一五六回 ①

ドルベンの奸謀を(もっ)て半日にて巨星()

クミフの明察に()りて一歳にて賢良()

 さて、イルシュ平原に敗れた隻眼傑(ソコル・クルゥド)シノンは何とか離脱(アンギダ)したが、光都(ホアルン)を目前にして赫彗星ソラに発見される。もはやこれまでと思い定めた瞬間、盟友(アンダ)たる笑面(だつ)ヤマサンに辛くも救われた。そのまま光都(ホアルン)に逃げ込み、これを宰相に任じる。


 軍議の席上、ヤマサンは城塞(バラガスン)を棄てて河西に逃れるよう勧めたが、ヤクマン部から助勢(トゥサ)に来たチャダが異を唱える。言うには、


「我が相国(サンクオ)は、自ら助くるものはこれを助けますが、戦わずに逃げてきたものに同じように厚く報いるかどうかは判りませぬ」


 やむなく籠城に決する。チャダが脅すように籠城を()いた裏には四頭豹の意向があったようだが、シノンたちは(あずか)り知らぬこと。


 神箭将(メルゲン)ヒィ・チノは義君インジャとともに追討軍を興して、たちまち光都(ホアルン)包囲(ボソヂュ)する。「囲師には必ず()く」の定石に逆らって、四面をことごとく兵馬で埋め尽くし、何としても(ソオル)を終わらせる決意。


 城楼からその様子を眺めていたシノンとヤマサンのもとに急を報せる兵が至る。聞けば、チャダの姿(カラア)がないとのこと。


 ヤマサンがはっとして駈けだす。言うには、


「四頭豹に謀られたのは我らかもしれぬ!」


 あわててチャダが守るはずだった南西両門へ(アクタ)を飛ばす。中途で二手に分かれてシノンは西(バラウン)へ、ヤマサンは(ウリダ)へと向かった。


 南門へ至ると、何とチャダの残した兵衆が城門を開こうとしている。


「何をする!!」


 (ダウン)を挙げてさらに馬を()かす。従う五百騎もあわてて喊声とともに突進する。たちまち入り乱れて斬り結ぶ。




 城外にあった獅子(アルスラン)ギィたちは、眼前の(エウデン)が一旦開きかけたので、まさか撃って出るのかと身構える。


 ところが僅かに開いた門はそのままに、中からときならぬ喊声が挙がったものだから、何が何だかわけがわからない。どうやら変事が出来(しゅったい)したようだが慎重に様子を窺う。傍ら(デルゲ)の蓋天才ゴロが進言して、


「一隊を接近(カルク)させて探ってみましょう」


 応じて黒鉄牛(ハラ・テムル・ウヘル)バラウンを差し向ける。千騎(ミンガン)を連れて恐る恐る門へと近づけば、そのうちに門が閉じてしまった。


 しかとは確認できなかったが、なぜか激しい戦闘(カドクルドゥアン)が行われていたようであった。今もまだ喊声とともに干戈が交わる音が聞こえてくる。


 ともかく門が閉じたのでどうすることもできず、首を捻りながら帰陣して見たままを告げれば、楚腰公サルチンが言うには、


「兵衆の叛乱(ブルガ)でも起こったのだろうか。この騒ぎは謀計の類とは見えぬ」


 ゴロも同意して、


「待っていればまた門が開くかもしれぬ。そのときには(チャク)を逃さず突入するべし」


 ギィは首肯して全軍に備えるよう命じたが、やがて騒ぎは鎮まり、結局何が起こったのか判らない。




 ヤマサンは何とかヤクマン軍を制圧していた。捕らえた兵を尋問すれば、


「チャダ様の命令(カラ)です。南西両門を開いて敵軍を導き入れるようにと」


「何という……。四頭豹め、すでに我らを見放していたか」


 と、西門の方角から大喊声。はっと見れば、急を告げる狼煙が上がっている。


「いかん!」


 ヤマサンは連れてきた兵をその場に残して単騎駆けだす。内心おおいに焦って、


「今、行くぞ。隻眼傑、堪えてくれ……」


 果たして西門はすでに破られていた。何となれば南門には千騎があるのみだったが、西門にはダルシェのトゥクトゥクを主将に三千騎が配されていたからである。


 いかにシノンの武勇が(すぐ)れていたとしても、僅か数百騎をもって()()を含む大敵をすばやく制することはできない。


 トゥクトゥクが抵抗するうちに、別の兵衆の(ガル)によってすっかり門扉(ハアルガ)は開放されてしまった。駆け出た兵衆が口々にジョルチ軍に呼びかける。


 これを見たジョルチ軍もまた驚いてどうするべきか決めかねる。しかし偶々(たまたま)前列近くにあった百策花セイネンが、癲叫子ドクトや呑天虎コヤンサンに言うには、


「あっ、これこそ天祐! 行け(ヤブ)! ハーンには私から報せる。この機を逃すな」


 応じてカミタ軍とズラベレン軍併せて三千騎が疾駆(ツォギオ)する。さらに靖難将軍イトゥクも続く。一気に門内に雪崩れ込み、イトゥクがまず入口周辺を確保する。


 報を受けたインジャも瞬時(トゥルバス)に事態を察して、セイネンとキノフを友軍(イル)に走らせるとともに全軍に突入を命じる。後衛として百万元帥トオリルに二千騎を預けて残したほかは、みな列を成して殺到する。


 ドクト、オノチ、コヤンサンは、当たるを幸い城兵を殺戮する。シノンの兵はもちろん、ヤクマン軍もダルシェ軍も区別することがない。


 あっと言う間に広範な区域を制圧して、さらに中心(オルゴル)へと攻め込む。方々から城兵が駆けつけてきたが、指揮するものもなく抵抗は散発、片端から(むくろ)と化す。


 そのころには手薄になった北門にヒィ・チノが猛攻を加える。近接して驟雨(クラ)のごとく矢を浴びせ、鉄槌を振るわせて門を破らんと試みる。


 (ようや)くベルダイ軍、マシゲル軍も前進して、四方から散々に攻め立てる。東北方に待機していた神風将軍(クルドゥン・アヤ)もまたぐるりと西へ迂回して城内に入る。


 こうなればとても守りきれるものではない。糧食(イヂェ)は一年の籠城に堪えるほど蓄えられていたが、攻囲初日に(もろ)くも陥落してしまったことになる。

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