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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
620/783

第一五五回 ④

シノン黒袍の(はか)を定めて気概を(あらわ)

ヤマサン莫逆の友を助けて城塞に拠る

 シノンが光都(ホアルン)に逃げ込んだことを知ったヒィ・チノは、インジャと(はか)ってすぐに追討の軍を興す。北原の慰撫を()えた一丈姐(オルトゥ・オキン)カノンと黒鉄牛(ハラ・テムル・ウヘル)バラウンも合流(ベルチル)し、総勢四万騎ことごとく揃って楚腰道を南下する。


 光都(ホアルン)を落として賊魁シノンとその盟友(アンダ)ヤマサンを葬るとともに、どこかに監禁されている鳳毛麟角ツジャンを救出せねばならない。


 先にクミフが潜入して探っているはずであるが、さらにナユテ、ジュゾウ、ミヒチの三名を送り込むことにする。数十里も手前で一旦兵を止めて休養させつつ、三人が城内に入る時日を稼ぐ。


 三日ほど待って、再び進発する。(ようや)城壁(ヘレム)を望めば、当然城門(エウデン)は閉じられており、壁上には旌旗(トグ)が林立している。


「降るつもりはないようですな」


 ワドチャが言えば、ヒィ・チノは(ハマル)で笑って、


「俺は今さら助命を乞うような阿呆(アルビン)を重用したつもりはない」


「つまらぬことを申しました」


 あわてて謝る。


 四万騎は整然と列を成して、静か(ヌタ)包囲(ボソヂュ)にかかる。


 正面とも云うべき北側(ホイン)にはヒィ・チノのナルモント軍、カオロン(ムレン)を背にする西側(バラウン)にはインジャのジョルチ軍、同じく南側(ウリダ)にはギィのマシゲル軍、広く平原(タル・ノタグ)に面した東側(ヂェウン)にはトシ・チノのベルダイ軍が布陣した。アステルノのヤクマン軍は遊軍として待機する。


 ほどなく布陣は完了し、城塞(バラガスン)の四囲は兵馬で埋め尽くされる。これについては軍議の席上で百万元帥トオリルが諫めて、


「定石では『囲師には必ず()く(注1)』として、完全(ブドゥン)な包囲を戒めております。何となれば、退路が(ふさ)がれていれば城兵は(オロ)を決めて頑強に抵抗するため、攻城側の損害も甚大なものにならざるをえないからです。ここは一方を空けて敵人(ダイスンクン)の戦意を()らすべきでは……」


 するとヒィ・チノが言うには、


「ただ勝つだけならば、それでよい。しかし俺はここで確実にシノンを亡ぼすつもりなのだ。となれば、(オス)も漏らさぬよう囲むほかない。闕所(けっしょ)を設ければ、彼奴は必ず脱出する。(ソオル)は終わらず、果たして費やす(クチ)もまた膨大となろう」


「深慮がおありでしたか。余計なことを申しました」


 非礼(ヨスグイ)を謝して、引き下がる。




 その布陣に込められたヒィ・チノのなみなみならぬ気迫は、もちろんのこと城内にも伝わっていた。シノンは北門近くの城楼から望見して言うには、


「逃すつもりは毛頭ないというわけだ」


 答えたのはヤマサン。そこには二人きりで、周囲には誰もいない。


「何としても持ち(こた)えなければ。幸い糧食(イヂェ)は十二分にある。この一年の間に四頭豹から続々と送られてきたからな」


「ふむ」


 ということは、光都(ホアルン)での籠城を早くから想定していたということになる。己が敗れることを予見(ヂョン)されていたようでおもしろくない。


 ヤマサンはそれを察して、からからと笑うと、


「古言に『智者の慮は必ず利害に(まじ)う(注2)』と謂う。偶々(たまたま)負の予測が()たっただけのこと。おかげで飢える不安なく戦えるではないか」


「まあな」


「やはり四頭豹は草原(ミノウル)に冠たるセチェンよ。あのインジャに幾度も苦杯を嘗めさせた傑物、きっと光都(ホアルン)についても算段があるに違いない。ここを(しの)げばきっと活路はある」


「お前が言うならそうなのだろう」


 (ようや)く得心して楼を下ろうとしたとき、一人の兵があわてて駈け(のぼ)ってきて告げて言うには、


「一大事でございます!」


 シノンはつと城外の敵軍に(ニドゥ)()ってから言うには、


「どうした、外のあれより大事があるのか?」


はい(ヂェー)。南門、西門を守るべきチャダ様の姿(カラア)が見えません!」


 これには二人とも驚愕する。ヤマサンが尋ねて、


(ウネン)か!? そんなはずがなかろう。お前の思い違いでは……」


いえ(ブルウ)! 朝から大騒ぎになって、みなで捜しておりましたがどこにも……。いよいよ敵の布陣も完了目前とて、あわててご報告に及んだ次第」


 シノンは困惑して、


「どういうことだろう。怖気(おじけ)づいて隠れたか?」


 (にわ)かにヤマサンははっと(ヌル)を上げると、兵を押し退()けて駈けだす。あわててシノンもあとに続く。走りながら問う。


「笑面(だつ)、何が起きた?」


 (フル)を止めることなく答えて言うには、


「四頭豹に謀られたのは我らかもしれぬ! 迅く南西両門を押さえねば……」


 楼より駆け下りた二人は、繋がれていた軍馬(アクタ)(また)がる。また衛兵(ケプテウル)に命じて、数百騎ずつついてくるよう命じる。そのまま速足(ハティラー)にて大路(テルゲウル)を南行する。衛兵はわけもわからず一騎、また一騎とあとを追う。


 中途でヤマサンが叫んで、


「ハーンは西門を! 兵衆に不穏な動きがあれば容赦なく処断を!」


承知(ヂェー)


 そうは言っても(ブダン)を探るような話。不穏な動きとは何か、いったい何が起きようとしているのか。ともかくここで二手に分かれる。


 このことから莫逆の友は再び(まみ)えることをえず、かたや冥府(バルドゥ)に恨みを結び、かたや現世(イュルトゥンツ)に怨みを(つむ)ぐということになるわけだが、まさしく信ずるものを(あやま)てば、身は亡びて名は虚しくなるといったところ。果たしてシノンとヤマサンは光都(ホアルン)を保つことができるか。それは次回で。

(注1)【囲師には必ず()く】兵法においては、敵を包囲するときには必ず一か所逃げ道を開けておくべしと謂う。


(注2)【智者の慮は必ず利害に(まじ)う】智者はものごとの一面だけではなく、常に利害両面について考えているという意味。

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