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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
614/783

第一五四回 ②

ヒィ神風将軍を起用して敵を(おびや)かし

シノン覚真導師に辟易(へきえき)して槍を(ふる)

 オハザフに至ったヒィ・チノたちは早速布陣する。前軍(アルギンチ)はもちろんアステルノとソラ。中軍(イェケ・ゴル)はナルモント軍。


 右翼(バラウン・ガル)獅子(アルスラン)ギィ。左翼(ヂェウン・ガル)に霹靂狼トシ・チノ。後軍(ゲヂゲレウル)にインジャたちジョルチ軍。うちドクトとオノチの二人は千騎(ミンガン)を率いて中軍に加わる。


 シノン軍も姿(カラア)を見せる。総勢七万騎。うようよと現れて、徐々に平原(タル・ノタグ)を埋めていく。整然とはほど遠い有様だが、とにかく数が(おお)い。


 前軍を預かるのはジェジュ。今や唯一(ガグチャ)の名のある将である。とはいえ万騎(トゥメン)を率いる器ではない。呼擾虎(こじょうこ)グルカシュの神都(カムトタオ)軍は右翼に配される。中軍にあった覚真導師ことブルドゥン・エベは、シノンに告げて言うには、


「テンゲリの加護は(ウネン)の王たるハーンにございます。進めば(ブルガ)は必ず退き、正義の(ウルドゥ)(ふる)えば(オソル)(ふせ)ぐ術はありません」


「……だとよいがな」


 辟易(へきえき)しつつ受け流す。


 近ごろ兵衆に及ぼす(クチ)が落ちていることを、当のブルドゥン・エベも自覚している。そこでなおも言うには、


正法(ヂャサ)を行うものが負けるわけがありません。信じるものの頭上にこそ勝利の冠は輝くのです。天兵の援け(トゥサ)もあります。我が兵衆はきっと(アミン)を棄てても法敵を駆逐するでしょう」


 シノンは隻眼(ソコル)をこれに向けて、ぎろりと睨むと、


「……少し黙っていてもらおうか。(ソオル)について考えているのだ」


「ですから考えるまでもなく突き進めば……」


「黙れ」


 ただならぬ調子に(ようや)(アマン)(つぐ)む。居づらくなったブルドゥン・エベは一礼して退くと、兵衆を鼓舞するべく何処かへ去る。




 一方のヒィ・チノは、敵陣を望見して鉄面牌(テムル・フズル)ヘカトに尋ねた。


「我らは昨年、この(ガヂャル)で奴らと戦った。そのときと比べてどう思う」


「ううむ。数は増えたが、戦列(ヂェルゲ)はより乱れている。士気も低い。総じて迫力は劣る(ドロムヂン)ように見える」


 これを聞くとにやりと笑って、


然り(ヂェー)。まさに烏合(エレムデク)の衆(・ヂェムデク)というわけだ」


 そこで雷霆子(アヤンガ)オノチを顧みると、


「勝ったぞ」


 戦端を開く前に豪語して、これを驚かす。


 いよいよ戦機熟して金鼓轟き、両軍の先鋒が動きだす。アステルノ率いるヤクマン軍は号令一下、あっと言う間に疾駆(ツォギオ)に転じる。戦列は整って、飛び出すものも遅れるものもない。猛虎(カブラン)の爪牙が獲物(ゴロスエン・ゴルウリ)を襲うがごとく、速度を上げながら一直線に突進する。


 ジェジュも兵衆をおおいに叱咤しつつ前進したが、半ばは進み、半ばは遅れ、あるいは猛り、あるいは怯むといった有様。


 どうにか矢の届く間合いに達したと見て、おもむろに斉射を命じる。それぞれ足を緩めて矢筒から矢を取り出し、弓につがえていざ放たんとする。


 と、何たることか、アステルノの軍勢はその暇も与えずに突入してくる。驟雨(クラ)のごとく矢を放ちながら、むしろ速度を上げて間合いを詰めてきたのである。


 まさに(サルヒ)


「まさか!」


速いっ(クルドゥン)!」


「うわああぁぁっ!」


 ジェジュの兵衆は驚愕し、戦慄し、恐慌する。たちまち崩れて、(せき)を切った(オス)に呑み込まれたかのごとく押し戻される。千々に寸断されて、片端から屍と化す。


 その凄まじい戦ぶりは、いかに死を恐れぬ兵とて問題にしない。竜巻(ハラ・サルヒ)のごとくひたすら敵陣を薙いでいく。


 右翼を預かるギィはそれを見て、おおいに感嘆して言うには、


「あれが神風将軍(クルドゥン・アヤ)か(注1)。味方(イル)でよかった」


 蓋天才ゴロが頷いて、


「用兵の速さは草原(ミノウル)随一。比肩すべきは西原の麒麟児のみとか」


「さて、感心してばかりもいられぬな。我らも(ウリダ)へ!」


 合図とともに左右両翼がどっと押しだす。右が獅子なら、左は(チノ)。左翼のトシ・チノは、隼将軍(ナチン)カトラと(えん)将軍タミチの双璧を先頭に一丸となって進む。


 対するはグルカシュの神都(カムトタオ)軍。金鼓を打ち鳴らせば、いよいよ天兵の登場とて叛軍からはわっと歓声が挙がる。その兵装は草原(ミノウル)でも冠たる一級品、真紅の地に黄金(アルタン)の鷹(・シバウン)を配した(トグ)を掲げて、威風辺りを払う。


 しかし長韁縄(デロア・オルトゥ)サイドゥはふんと(ハマル)で笑って、


神都(カムトタオ)の兵は外見だけで、中は空です。心配は要りません」


「ははは。もとより心配などせぬわ。かつて山塞で一蹴した(注2)相手ではないか」


 トシ・チノも剛毅(クルグ)に笑い飛ばして、(アクタ)を進める。かくしてベルダイ軍と神都軍もまた激突する。


 天兵への過大な期待は、膨らむ間もなく打ち砕かれる。双璧の突入を許した神都(カムトタオ)軍は右往左往、たちまち乱れていたずらに兵を失う。


 グルカシュは勇猛(カタンギン)だが思慮に欠け、これを輔けるべきムンヂウンとブギ・スベチもまた平凡な器量(アルガ)の主。為す術もなくひたすら怒号を挙げて、上を怨み、下を(そし)り、互いに非難しあうばかり。ついには我先に(ノロウ)を向けて離脱(アンギダ)する。


 独りグルカシュのみはおおいに奮闘していたが、やがて支えきれなくなって遁走(オロア)する。かくして「神聖にして常勝(ダルハン・バイン)のハーン」と称するシノンの軍勢は、開戦早々に中央(オルゴル)は突き破られ、天兵と(たの)む右翼もまた崩れたのである。

(注1)【あれが神風将軍(クルドゥン・アヤ)か】もちろんギィはアステルノを昔から知っているが、戦場でその用兵を見たのは初めてである。


(注2)【山塞で一蹴した】第二 九回①、第二 九回②参照。

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