第一五三回 ④
ガネイ天真の情理を推して弁護に努め
ヒィ釈明の内実を測りて罪尤を決す
ヒィ・チノは深く息を吐いて言うには、
「もしお前が自ら口を開かず、自身の命運を妖豹姫や司命娘子の手に委ねていたら、決して赦しはしなかっただろう」
さらに続けて、
「また自身の罪についてしかと解悟せず、ただ怖れて陳謝するだけであったならば、やはり赦さぬつもりだった」
イドゥルドは再び震えだす。ところがガネイは満面の笑みで言うには、
「ありがとう! ほら、やっぱりあなたのハーンは優しいよ」
「えっ?」
蒼白な顔を上げると、ガネイはその頬を両手で包んで言うには、
「あなたのハーンは『赦さぬつもりだった』っておっしゃったよ! それは今はそうじゃないってことだよ!」
まだ信じられない様子のイドゥルドは、目瞬きもせずにヒィ・チノを見る。応じて言うには、
「叛乱は大罪だが、非を悟って帰投したことを嘉して、命は助けてやる。善き娘に出逢ったな」
「あ、ああ! ありがとうございます!」
叫ぶや、幾度も叩頭して拝謝する。しかしヒィ・チノが告げて言うには、
「もちろん無罪放免というわけにはいかぬ。これより先、俺が可しと言うまで、いかなる理由があっても東原に足を踏み入れてはならぬ。もしこれを見かけたら、再び勅命に背いたことになるぞ。そのときは容赦なく殺す。よいな」
「はい、はい! 二度と違えませぬ!」
また言うには、
「お前を赦すのは慈悲の情からではない。ひとえにお前の姉の功績と、そこにある妖豹姫の嘆願、何より義君の仲介があればこそだ。決して大恩を忘れるな」
「もちろんです! 決して忘れませぬ」
今やその頬は滂沱と流れる涙に濡れている。
「妖豹姫にお前を託す。西原にて罪を償え。お前は将には向かぬ。神道子が帰ったら、その下で真の神仙の道について学んでこい」
居並ぶ好漢たちは、ヒィ・チノの裁決にほっと胸を撫で下ろす。一部のものは堪えきれずにわっと歓声を挙げて、駈け寄って二人を祝う。
そこへショルコウが近づく。みなそれに気づいて道を空ける。平伏する弟の前に膝を突くと言うには、
「ハーンの寛恕に感謝なさい。よいですか、テンゲリはあなたの行いを瞰ています。またエトゥゲンはあなたの言を聴いています。何より、あなた自身があなたの心を知っています。テンゲリもエトゥゲンも、そしてあなた自身も欺くことはできません。どうかそれを忘れずに」
「はい、姉さん。申し訳ありません……」
姉弟の目にさらに涙が溢れる。ショルコウはまたガネイに正対して言うには、
「あなたのおかげで助かりました。ありがとう」
すると顔を赧めておおいに照れた様子で、
「やだなあ、義姉さん。家族になるんだよ。そんな改まられると、エミルが困る」
それを見て漸く微笑んで言うには、
「だって衷心から感謝しているのだから、きちんとお礼を言わせてもらわなきゃ」
「じゃあ、言ってもいいけど、今日だけだよ!」
好漢たちはどっと笑ったが、くどくどしい話はさておく。
ほどなくしてイドゥルドとガネイは西原に向けて旅立った。白面鼠マルケが中原までこれを送る。北原を経由して金杭星ケルンにも挨拶する。ショルコウも同道して帰った。
二人は北道を通って中原に達し、ジョルチ部のオルドでアネク・ハトンに謁見した。北原での勝利とイドゥルドの帰参を伝えるとおおいに喜んで、宝珠を鏤めた長持やら、銀の食器やらを賜う。また神餐手アスクワに命じて、特に婚礼の料理を作らせた。
またちょうどそこには瓊朱雀アンチャイと打虎娘タゴサの姿もあった。戦時ゆえ不測の事態が起こらぬよう、ヤクマン部に近い牧地に在った二人のハトンを北に移していたのである。つまりこのときジョルチのオルドには、三后が居たことになる。
ガネイとイドゥルドは数日歓待されたのち、出立に際してさらに羊や駿馬などを贈られた。
とても二人で運べる量ではなかったので、金写駱カナッサと慈羝子コニバンが、小隊を率いてタムヤまで送っていった。そこで通天君王マタージに引き継げば、やはり喜んで舟などを整え、無事に送り届ける。
西原では、しばらく留守にしていたと思ったガネイが帰るや、数多の家畜と、財宝を積んだ車を連ねて、しかもひと回りも年少の夫まで伴っていたので驚かぬものはなかった。
早速婚礼が執り行われたが、その経緯を聞いて一同はまたもや目を円くする。いろんなことどもをひとまとめにして、果たして妖豹姫らしいと笑って感心したものである。
さて、イドゥルドが帰投して赦されたことは、ジュゾウやシズハンによって諜報に従事しているキノフ、ウチンらに伝えられ、おおいに喧伝された。
よってシノンの兵衆はおおいに動揺して、多くのものが迷いはじめた。統制は紊れ、意気は漸く阻喪する。
このことから賊魁の焦燥おおいに募り、今や正邪の判定をテンゲリに委ねんとて旌旗群がり立つということになるわけだが、まさしく乾も坤も擲って、僥倖に望みを懸けんといったところ。果たして隻眼傑がいかなる策に出るか。それは次回で。