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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
612/783

第一五三回 ④

ガネイ天真の情理を推して弁護に努め

ヒィ釈明の内実を測りて罪尤(ざいゆう)を決す

 ヒィ・チノは深く息を吐いて言うには、


「もしお前が自ら(アマン)を開かず、自身の命運(ヂヤー)を妖豹姫や司命娘子の(ガル)に委ねていたら、決して(ゆる)しはしなかっただろう」


 さらに続けて、


「また自身の罪についてしかと解悟せず、ただ怖れて陳謝するだけであったならば、やはり赦さぬつもりだった」


 イドゥルドは再び震えだす。ところがガネイは満面の笑みで言うには、


ありがとう(バヤルララ)! ほら、やっぱりあなたのハーンは優しいよ」


「えっ?」


 蒼白な(ヌル)を上げると、ガネイはその(ハツァル)を両手で包んで言うには、


「あなたのハーンは『赦さぬつもりだった』っておっしゃったよ! それは今はそうじゃないってことだよ!」


 まだ信じられない様子のイドゥルドは、目瞬き(ヒルメス)もせずにヒィ・チノを見る。応じて言うには、


叛乱(ブルガ)は大罪だが、非を悟って帰投したことを(よみ)して、(アミン)は助けてやる。善き(オキン)に出逢ったな」


「あ、ああ! ありがとうございます(バヤルララ)!」


 叫ぶや、幾度も叩頭して拝謝する。しかしヒィ・チノが告げて言うには、


「もちろん無罪放免というわけにはいかぬ。これより先、俺が()しと言うまで、いかなる理由(ヨス)があっても東原に(フル)を踏み入れてはならぬ。もしこれを見かけたら、再び勅命(ヂャルリク)(そむ)いたことになるぞ。そのときは容赦なく殺す(アラハ)。よいな」


はい、はい(ヂェー ヂェー)! 二度と(たが)えませぬ!」


 また言うには、


「お前を赦すのは慈悲の(ドウラ)からではない。ひとえにお前の(エグチ)の功績と、そこにある妖豹姫の嘆願、何より義君の仲介があればこそだ。決して大恩を忘れるな」


「もちろんです! 決して忘れませぬ」


 今やその頬は滂沱(ぼうだ)と流れる涙に濡れている。


「妖豹姫にお前を託す。西原にて罪を償え。お前は将には向かぬ。神道子が帰ったら、その下で(ウネン)の神仙の(モル)について学んでこい」


 居並ぶ好漢(エレ)たちは、ヒィ・チノの裁決にほっと(オモリウド)を撫で下ろす。一部のものは(こら)えきれずにわっと歓声を挙げて、駈け寄って二人を祝う。


 そこへショルコウが近づく。みなそれに気づいて道を空ける。平伏する(デウ)の前に膝を突くと言うには、


「ハーンの寛恕に感謝なさい。よいですか、テンゲリはあなたの行いを()ています。またエトゥゲンはあなたの(ウゲ)を聴いています。何より、あなた自身があなたの(セトゲル)を知っています。テンゲリもエトゥゲンも、そしてあなた自身も欺くことはできません。どうかそれを忘れずに」


はい(ヂェー)、姉さん。申し訳ありません……」


 姉弟の(ニドゥ)にさらに涙が溢れる。ショルコウはまたガネイに正対して言うには、


「あなたのおかげで助かりました。ありがとう(バヤルララ)


 すると顔を(あから)めておおいに照れた様子で、


「やだなあ、義姉(ねえ)さん。家族(ゲルブル)になるんだよ。そんな改まられると、エミルが困る」


 それを見て(ようや)く微笑んで言うには、


「だって衷心から感謝しているのだから、きちんとお礼を言わせてもらわなきゃ」


「じゃあ、言ってもいいけど、今日だけだよ!」


 好漢たちはどっと笑ったが、くどくどしい話はさておく。


 ほどなくしてイドゥルドとガネイは西原に向けて旅立った。白面鼠(シルガ・クルガナ)マルケが中原までこれを送る。北原を経由して金杭星(アルタン・ガダス)ケルンにも挨拶する。ショルコウも同道して帰った。


 二人は北道(ホイン・モル)を通って中原に達し、ジョルチ部のオルドでアネク・ハトンに謁見した。北原での勝利とイドゥルドの帰参を伝えるとおおいに喜んで、宝珠(ダナ)(ちりば)めた長持(アヴダル)やら、銀の食器(ウンダン・イデェ)やらを賜う。また神餐手アスクワに命じて、特に婚礼(ホリム)料理(シュース)を作らせた。


 またちょうどそこには瓊朱雀(けいしゅじゃく)アンチャイと打虎娘タゴサの姿(カラア)もあった。戦時ゆえ不測の事態が起こらぬよう、ヤクマン部に近い牧地(ヌントゥグ)に在った二人のハトンを(ホイン)に移していたのである。つまりこのときジョルチのオルドには、三后(ゴルバン・ハトン)が居たことになる。


 ガネイとイドゥルドは数日歓待されたのち、出立に際してさらに(ホニデイ)駿馬(クルゥグ)などを贈られた。


 とても二人で運べる量ではなかったので、金写駱(アルタン・テメエン)カナッサと慈羝子(じていし)コニバンが、小隊を率いてタムヤまで送っていった。そこで通天君王マタージに引き継げば、やはり喜んで舟などを整え、無事に送り届ける。


 西原では、しばらく留守にしていたと思ったガネイが帰るや、数多の家畜(アドオスン)と、財宝(エド)を積んだ(テルゲン)を連ねて、しかもひと回りも年少の夫まで伴っていたので驚かぬものはなかった。


 早速婚礼が()り行われたが、その経緯(ヨス)を聞いて一同はまたもや目を円くする。いろんなことどもをひとまとめにして、果たして妖豹姫らしいと笑って感心したものである。




 さて、イドゥルドが帰投して赦されたことは、ジュゾウやシズハンによって諜報に従事しているキノフ、ウチンらに伝えられ、おおいに喧伝された。


 よってシノンの兵衆はおおいに動揺して、多くのものが迷いはじめた。統制(ヂャルチムタイ)(みだ)れ、意気は(ようや)く阻喪する。


 このことから賊魁の焦燥おおいに募り、今や正邪の判定をテンゲリに委ねんとて旌旗(トグ)群がり立つということになるわけだが、まさしく(テンゲリ)(エトゥゲン)(なげう)って、僥倖に望みを懸けんといったところ。果たして隻眼傑(ソコル・クルゥド)がいかなる策に出るか。それは次回で。

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