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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
610/783

第一五三回 ②

ガネイ天真の情理を推して弁護に努め

ヒィ釈明の内実を測りて罪尤(ざいゆう)を決す

 ヒィは少しく考えて言った。


「放逐……。つまり罪は罪として償わせることにはなりますか」


 インジャは答えて、


然り(ヂェー)版図(ネウリド)からの追放は、神箭将(メルゲン)の必罰の信条にも(そむ)かぬ。むしろ前非を悔いているものをあくまで(ゆる)さぬというのは、(ヂャサ)ではなく(ドウラ)に過ぎないと思う」


(ヂャサ)ではなく、情……」


 そこでギィが進み出て言うには、


「神箭将が(ゆる)せぬという情も解る。また償わせよというハーン、非を詫びて帰参したいというイドゥルド、これを助けたいという妖豹姫、みなそれぞれの情がある。かかるときこそ(ヂャサ)の真価が問われる。違うかな?」


 ナユテも(アマン)を開いて、


「ハーンが話した物語(ウリゲル)、あれは私のことだ。私は愚かにも僚友(ネケル)を失望させてしまったが、ハーンや軍師の厚情(エルゲン・セトゲル)におおいに救われた。こうして千里を越えて尽力するのも、大恩を忘れていないからだ」


 また付け加えて言うには、


「妖豹姫の人品については保証する。決して賢明(ボクダ)とは言えないが、天賦(オナガン)(ツェゲン)(・セトゲル)の主。(ヨス)()らずとも、ものの正邪を直観する才覚(アルガ)がある。彼女が是とするのであれば、私もそれを是と信じうる」


「神道子、ありがとう(バヤルララ)!」


 無邪気に言ったのはもちろんガネイ。そして鹿(マラル)のごとき円い(ニドゥ)(みは)って、じっとヒィを視ている。


「ううむ……」


 唸ったヒィの目に、ミヒチの姿(カラア)が映る。そこで尋ねて言うには、


「白夜叉、お前はどう思う?」


 途端に(フムスグ)(ひそ)めて、


「ちょいと困ったからといって、私に振られても困ります」


 ワドチャがあわてて、


「お前はまたハーンに向かってそういう口を()く。いったい何度言ったら……」


族長(ノヤン)は黙っててください。ハーンがお尋ねになったのは私ですよ」


「なっ……」


 言葉(ウゲ)を失ったワドチャには見向きもせずに、居住まいを正して言うには、


「では私見を申し上げます。このたびは青袍教に欺かれて、多くのものが叛徒(ブルガ)に身を投じました。中には(ようや)く迷妄を脱して帰参を願っているものもあるでしょう。しかし、ハーンが一度でも叛いたものは(ゆる)さないとおっしゃるのならば、畢竟(ひっきょう)彼らは叛徒として戦い続けざるをえません。本来なら敵の(クチ)()ぎ、味方(イル)を増やすべきところを、それでは敵を利するばかりではありませんか」


 ヒィはふっと(ヌル)を上げて、


「なるほど。道理だ」


 ミヒチはなおも続けて、


(ヂャサ)において罰に軽重があるのは、罪の軽重に差があるからです。叛乱はもとより重罪ですが、これを企図して(バルアナチャ)を誘い、自らの意志(オロ)で最後まで(あらが)うものと、一時の過ち(アルヂアス)で叛いたものの非を認めて帰参を請うものを、まったくの同罪と言ってよいのでしょうか。罪が等しくないのであれば、罰もまた違ってくるのが当然というものです」


「もうよい。解った」


 ヒィ・チノは(ガル)をひらひらと振ると、ガネイに向き直って、


「ではすぐにもイドゥルドをここに連れてこい。まことに非を悔いているのか、当人に会って確かめてやろう」


 ぱっと顔を輝かせて、


「わかった! 急いで連れてくる。きっと(ゆる)してね」


 それを制して、


「確約はできぬ。当人次第だ」


「じゃあ、心配ない。エミルはもう行くよ」


 一揖(いちゆう)するや身を(ひるがえ)して、瞬く間(トゥルバス)に退出する。


 残された好漢(エレ)たちは半ば呆然としながらも、何となく(なご)やかな気分でそれを見送る。独りヒィ・チノばかりは難しい顔をしていたが、やがて呟いて、


「シノンの下には将が足りない。イドゥルドは無能(アルビン)とはいえ、アケンカムの族長(ノヤン)だった男だ。それがこちらに帰れば、少なからぬ打撃を与えることになろう……」


 どうやら情においていまだ得心できないものを、理によって(なだ)めようとしているようであった。インジャやミヒチなど一部のものはそれに気づいたが、あえて何も言わなかった。


 ミヒチはつと席を立つと、双角鼠(エベルトゥ・クルガナ)ベルグタイに近づいて言うには、


「お前に頼みたいことがある」


はい(ヂェー)、姐さん。何なりと」


「急いで北原に渡って、司命娘子を連れてきてほしい」


「へへへ、承知(ヂェー)。病大牛ではなく、どうして俺に?」


 嬉しそうに尋ねる。答えて言うには、


「病大牛はハーンの傍ら(デルゲ)務め(アルバ)があるからね。その点、お前はまったく(ザウタイ)そうじゃないか」


 笑みを収めると、何とも複雑な表情を浮かべて言うには、


「はあ、暇そう……。いや(ブルウ)、たしかに暇は暇なんですけどね……」


「早くお行き(ヤブ)! 妖豹姫はあっと言う間に戻ってくるよ。遅れたら承知しないからね!」


はい(ヂェー)、姐さん!」


 跳び上がると、あわててギィに許しを得てこれも飛び出していく。その様子にみな大笑い。ミヒチがベルグタイに話しかけるのを見て、そわそわしていたゾンゲルも(ゲデス)を抱えたが、くどくどしい話は抜きにする。

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