第一五三回 ②
ガネイ天真の情理を推して弁護に努め
ヒィ釈明の内実を測りて罪尤を決す
ヒィは少しく考えて言った。
「放逐……。つまり罪は罪として償わせることにはなりますか」
インジャは答えて、
「然り。版図からの追放は、神箭将の必罰の信条にも背かぬ。むしろ前非を悔いているものをあくまで赦さぬというのは、法ではなく情に過ぎないと思う」
「法ではなく、情……」
そこでギィが進み出て言うには、
「神箭将が赦せぬという情も解る。また償わせよというハーン、非を詫びて帰参したいというイドゥルド、これを助けたいという妖豹姫、みなそれぞれの情がある。かかるときこそ法の真価が問われる。違うかな?」
ナユテも口を開いて、
「ハーンが話した物語、あれは私のことだ。私は愚かにも僚友を失望させてしまったが、ハーンや軍師の厚情におおいに救われた。こうして千里を越えて尽力するのも、大恩を忘れていないからだ」
また付け加えて言うには、
「妖豹姫の人品については保証する。決して賢明とは言えないが、天賦の白心の主。理に由らずとも、ものの正邪を直観する才覚がある。彼女が是とするのであれば、私もそれを是と信じうる」
「神道子、ありがとう!」
無邪気に言ったのはもちろんガネイ。そして鹿のごとき円い目を瞠って、じっとヒィを視ている。
「ううむ……」
唸ったヒィの目に、ミヒチの姿が映る。そこで尋ねて言うには、
「白夜叉、お前はどう思う?」
途端に眉を顰めて、
「ちょいと困ったからといって、私に振られても困ります」
ワドチャがあわてて、
「お前はまたハーンに向かってそういう口を利く。いったい何度言ったら……」
「族長は黙っててください。ハーンがお尋ねになったのは私ですよ」
「なっ……」
言葉を失ったワドチャには見向きもせずに、居住まいを正して言うには、
「では私見を申し上げます。このたびは青袍教に欺かれて、多くのものが叛徒に身を投じました。中には漸く迷妄を脱して帰参を願っているものもあるでしょう。しかし、ハーンが一度でも叛いたものは赦さないとおっしゃるのならば、畢竟彼らは叛徒として戦い続けざるをえません。本来なら敵の力を殺ぎ、味方を増やすべきところを、それでは敵を利するばかりではありませんか」
ヒィはふっと顔を上げて、
「なるほど。道理だ」
ミヒチはなおも続けて、
「法において罰に軽重があるのは、罪の軽重に差があるからです。叛乱はもとより重罪ですが、これを企図して衆を誘い、自らの意志で最後まで抗うものと、一時の過ちで叛いたものの非を認めて帰参を請うものを、まったくの同罪と言ってよいのでしょうか。罪が等しくないのであれば、罰もまた違ってくるのが当然というものです」
「もうよい。解った」
ヒィ・チノは手をひらひらと振ると、ガネイに向き直って、
「ではすぐにもイドゥルドをここに連れてこい。まことに非を悔いているのか、当人に会って確かめてやろう」
ぱっと顔を輝かせて、
「わかった! 急いで連れてくる。きっと赦してね」
それを制して、
「確約はできぬ。当人次第だ」
「じゃあ、心配ない。エミルはもう行くよ」
一揖するや身を翻して、瞬く間に退出する。
残された好漢たちは半ば呆然としながらも、何となく和やかな気分でそれを見送る。独りヒィ・チノばかりは難しい顔をしていたが、やがて呟いて、
「シノンの下には将が足りない。イドゥルドは無能とはいえ、アケンカムの族長だった男だ。それがこちらに帰れば、少なからぬ打撃を与えることになろう……」
どうやら情においていまだ得心できないものを、理によって宥めようとしているようであった。インジャやミヒチなど一部のものはそれに気づいたが、あえて何も言わなかった。
ミヒチはつと席を立つと、双角鼠ベルグタイに近づいて言うには、
「お前に頼みたいことがある」
「はい、姐さん。何なりと」
「急いで北原に渡って、司命娘子を連れてきてほしい」
「へへへ、承知。病大牛ではなく、どうして俺に?」
嬉しそうに尋ねる。答えて言うには、
「病大牛はハーンの傍らで務めがあるからね。その点、お前はまったく暇そうじゃないか」
笑みを収めると、何とも複雑な表情を浮かべて言うには、
「はあ、暇そう……。いや、たしかに暇は暇なんですけどね……」
「早くお行き! 妖豹姫はあっと言う間に戻ってくるよ。遅れたら承知しないからね!」
「はい、姐さん!」
跳び上がると、あわててギィに許しを得てこれも飛び出していく。その様子にみな大笑い。ミヒチがベルグタイに話しかけるのを見て、そわそわしていたゾンゲルも腹を抱えたが、くどくどしい話は抜きにする。