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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
61/783

第一 六回 ① <チハル・アネク登場>

インジャ(すなわ)ち虜囚と為りて女傑に()

アネク(たちま)ち玉質を(そこ)ない義君に救わる

 インジャ、ナオル、ハツチ、ジュゾウの四人は、ゴロを訪ねてマシゲルへと赴いたが、ちょうどギィとともにベルダイ左派(ヂェウン)のアイルへと向かったあとだった。がっかりしていたところ、ジュゾウが言うには、


「俺たちもいっそベルダイへ行きましょうや」


 余の三人は感心してそれに(したが)い、一路ベルダイへと向かった。一旦カオロン(ムレン)へ出て河沿いに北上する(モル)を採ったのは、先にも述べたとおりサルカキタンの(ガル)にかかるのを恐れたからである。


 そのおかげか、何日かは格別のこともなく過ぎ去った。ところがあと一日で目指すアイルに着こうかというときである。突然一行の前に何十人もの騎兵が現れた。


「どこの部隊だ?」


 四人は俄かに色めき立つ。(トグ)を見れば、どこかで見たことのある文様。


「ベルダイの旗だ!」


 ナオルが真っ先に気づいて叫んだ。四人は(はじ)けたように馬首を(めぐ)らす。しかしすでに遅く、敵騎は彼らの左右に展開してしまっていた。インジャがそれを見て、


「待て、もう逃げられん。迂闊に動くと矢の(クラ)を喰らうぞ」


 四人はインジャを中心(オルゴル)にして、固まって相手の様子を窺う。騎兵はおもむろに包囲(ボソヂュ)(ドゥグイー)を縮めた。弓には矢がつがえられている。部将と(おぼ)しき男が進み出て言うには、


「おい。お前らはどこから来た」


 インジャが自ら答えて、


「南方から参ったウライという部族(ヤスタン)のものだ」


「知らぬな。(クダル)()くとためにならぬぞ。ここで何をしていた」


神都(カムトタオ)へ向かうところ、方角を誤って難儀していたところだ」


 男はじろじろと四人を眺め回していたが、


「怪しい奴だ。捕らえろ! 将軍に裁可を仰ぐ」


 四人はあっと言う間に(アクタ)から引き摺り下ろされた。ジュゾウがわあわあと叫んで抵抗する。それを何人もかかって押さえつける。


「何だい、俺たちが何をしたって言うんだ。だいたいお前らどこの何様だ!」


 部将はこれをぽかりと殴りつける。そして傍ら(デルゲ)の兵に命じて言うには、


「間諜かもしれん。目隠しをしろ。騒がれると面倒だから猿轡(さるぐつわ)を噛ませておけ」


 こうしてインジャらは(ニドゥ)(アマン)を覆われて、後ろ手に縛り上げられた。こうなってはいかなる好漢(エレ)といえど(ガル)(フル)も出ない。


 それから半日ほど進んで、(ようや)()せられていた馬から下ろされた。目隠しはそのままだったが、すでに辺りは暗くなっているはずである。


「ここで待て」


 言われるまでもなく、ただじっとしているほかない。

 やがて、かさかさと(ウヴス)を踏んで足音が近づいてきた。四人は緊張して(チフ)(そばだ)てる。さっきの部将の(ダウン)がして、


「先ほど捕らえた密偵です」


 どうやら誰か上のものを連れてきたらしい。応えて言うには、


「彼らの目隠しと猿轡を取れ」


 そう命じた声を聞いて、四人は腰も浮かさんばかりに驚いた。なぜならその声は(まぎ)れもなく妙齢の乙女(オキン)のものだったからである。目隠しを外された四人の前に姿(カラア)を現したその人を見れば、


 肌は透けるように白く(ツェゲン)、髪は(つや)を帯びて輝き、(ニドゥ)には魔性の光、(オロウル)には魅惑の(シウデル)(ビイ)からは得も言われぬ芳香を漂わせ、齢十幾つにしてすでに妖しき魅力を備えた、(なま)めかしくさえある軍装の少女(オキン)


 インジャらはあまりの意外に声も出ず、ただその美しい娘に目を奪われていた。娘は男の目に慣れているのか、一向に臆する様子もなく居丈高(いたけだか)に言った。


「お前ら、我らを探りに参ったのか? 答えよ!」


 はっとしてインジャが答えて言った。


「まさか! だいたいここがどこかも判りません。偶々(たまたま)通りかかったところを、わけもわからず捕まったのです。いったい貴女は誰なのですか」


 相手がベルダイ右派(バラウン)かもしれぬとてそれとなく探りを入れたが、娘はふふんと(ハマル)で笑って、さらに声を高くした。


「私の名はチハル・アネク。これでもベルダイの(ウリダ)の抑えを(まか)されているんだ。知らないとは言わせないよ」


 しかしインジャをはじめ誰もその名を知らない。迂闊なことは言えないので(アマン)(つぐ)むほかない。ハツチは、何と気丈な娘だ、手に負えぬと密かに(フムスグ)(しか)めた。それをアネクは、己の威に屈したかとて上機嫌。


「さあ、どこから来たんだ。正直(ツェゲン・セトゲル)に話せば鼻を落とすぐらいで(ゆる)してやるよ。白状しな」


 ジュゾウがむず(がゆ)そうに鼻をすする。それを見たアネクは、さもおかしそうに笑った。悔しいことにその声がまた何とも可愛らしい。


 誰も何も言わないので、


「まあいいわ。しっかり見張っときな。続きは明日だ」


 とて、さっさと去ってしまった。しばらく四人は呆然としていた。とりあえず今すぐ(アミン)を取られることはなさそうだと気づいたのは、あとになってからである。


 数人の見張りが離れた位置に立っている。四人はそっと寄り添って小声で話し合った。まず口を開いたのは飛生鼠ジュゾウ。何と言ったかといえば、


「驚いたね。何とまあ可愛い娘だ」


 ハツチが呆れて、


「よくそんなことが言えたもんだ。いかに美人(ゴア)でも、あんなきつい女はごめんだ。その娘にわしらの命が握られているのだぞ」


 ナオルが言うには、


「問題は彼女が左派なのか、右派なのか。左派なら堂々と名乗ってもよいが、右派ならそうもいかない」


 インジャが言った。


「メルヒル・ブカでは女将軍なぞ見なかったがな」


「でも、だから左派とはかぎりません。慎重に探らないと」


 急にハツチが上天(テンゲリ)を仰いで、


「ああ、わしのせいだ。わしがいるとろくなことにならん」


 悲痛な面持ちで謝るのを、ナオルがあわてて慰めて、


「何も美髯公(ゴア・サハル)のせいじゃない。己を責めるな」


(ひげ)殿はすぐにこれだから。要はここが左派か右派かわかりゃいいんでしょう?」


 ジュゾウが言うのをナオルが聞き(とが)めて、


「待て待て。あっさり言うが、お前には何か妙策があるのか」

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