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草原演義  作者: 秋田大介
巻一一
606/783

第一五二回 ②

カノン北原を()して黒鉄牛に護られ

ガネイ朗報を(もたら)して神道子に(なら)わんとす

 インジャたちは再び兵を併せると、戦果を喜び合った。(ブルガ)の首魁二人を葬った双璧はおおいに(たた)えられる。またエルゲイ・トゥグに勇武を(あらわ)した一丈姐(オルトゥ・オキン)カノンが、功績一等の栄誉(フンドゥ)を得る。


 ヒィ・チノは北原の慰撫を図って、北伯たる金杭星(アルタン・ガダス)ケルンと、その(エメ)たる司命娘子ショルコウにそれを命じる。また輔翼としてカノンを留める。


 すると黒鉄牛(ハラ・テムル・ウヘル)バラウンがいそいそと進み出て、


「俺がみなさんを援けますよ」


 蓋天才ゴロが(フムスグ)をぴくりと動かして、


「お前はそんなことを言って、ただ美人(ゴア)の気を惹こうとしているのだろう」


いえ(ブルウ)、まさか! 重要な務め(アルバ)と思ってあえて志願したのに、ゴロの兄貴は酷いことを言う」


 (アマン)を尖らせれば、獅子(アルスラン)ギィが笑って、


「ハーン。珍しく黒鉄牛がやる気です。(まか)せてみますか?」


 インジャは答えて、


うむ(ヂェー)。黒鉄牛なら森の民(オイン・イルゲン)ともうまくやれるだろう。また、しかと一丈姐の身を護れ」


 バラウンは欣喜雀躍して、


ありがとうございます(バヤルララ)! この黒鉄牛にお任せあれ」


 どんと(オモリウド)を叩いて壮語する。インジャは顧みて、


「飛生鼠。お前も残れ。北原の安定に道が見えたら報せよ」


 ジュゾウはにやにやしながら「はい(ヂェー)」とて承る。もともとケルンが率いていた三千騎に加えて、中原の軽騎二千を預ける。インジャたちはさらに神風将軍(クルドゥン・アヤ)アステルノたちと合流(ベルチル)するべく南進した。


 バラウンは勇躍(ブレドゥ)して、ケルンたちを()かすように巡撫の兵を進めさせる。宿営を張れば、率先して警護の任に就く。殊にカノンのゲルに附く衛兵(ケプテウル)には、謹直なものを選抜してなおも言うには、


「よいか、(ブスクイ)何人(なんぴと)たりとも通してはならぬぞ。もしも(たが)えたら(ゆる)さぬぞ」


 衛兵たちは揃って頷いて、


はっ(ヂェー)! たとえハーンといえども中へは通しませぬ」


「む、よろしい」


 かくして連日精励していたが、ある夜のこと。バラウンは我ながらよく務めていると自負していたので、さぞカノンの覚えもめでたかろうとて酒甕(ボロ・ダラスン)を片手にそのゲルを訪ねた。


 (くだん)の衛兵たちは(ゆる)むことなく立哨している。


「おお、しっかりはたらいてるな。ちょっとカノン姐さんに挨拶するよ」


 陽気に戸張(エウデン)に近づく。すると衛兵の一人が押し止めて、


「なりません」


「どうした? 日々の労苦を癒やしてさしあげようとこうして酒を持って……」


()()()()()()()()()()()、と命じられています」


「あ」


「お帰りください」


 バラウンは何か反駁しようと口を開いたが、結局のところ一言もなく、すごすごと(きびす)を返した。どこからかそれを知ったジュゾウは、(ゲデス)を抱えて笑って、


「また黒鉄牛は良い衛兵を選んだものだ」


 そう言うと、あとをケルンたちに託してインジャたちを追ったが、くどくどしい話は抜きにする。




 さて、中原から北原に赴いていたのはインジャたちだけではない。その二年も前に潜入して叛乱を(そそのか)していたものがある。すなわち四頭豹が派遣した小スイシ。かの侫者は、いざジョルチ軍が迫るとザシンに言うには、


「私はダルハン・バイン・ハーンを説いて、きっと援軍を連れて戻ります」


「おお、(たの)んだぞ」


 その場を辞すや、(サルヒ)のごとく逃げ去る。内心で(ヘル)を出しておもえらく、


「せいぜい健闘するんだな。あの連中ではジョルチ軍には伍しえまい。一人でも敵兵を(オエレ・イュ)(ルトゥンツ)とやらへの道連れにしてくれることを願うばかりだ」


 ズイエ(ムレン)を渡ると、それでも一応シノンのもとへ立ち寄る。ジョルチ軍の到来を報せて対策を講じるよう(うなが)す。そして言うには、


神都(カムトタオ)には我が(エチゲ)がおります。これを通じて再度の出兵を要請してまいります」


 シノンは大きく頷いて、


「ウルヒンでは神都(カムトタオ)軍に助けられた。我が将兵はこれを天兵と(たの)んでいる。約会(ボルヂャル)してともに敵人(ダイスンクン)を撃ち破ろうぞ」


「ハーンの言葉(ウゲ)、謹んで伝えます」


 小趨(こばし)りに退出する。


 シノンは早速四方に早馬(グユクチ)を送って兵力を結集する。応じて陸続と馳せ参じたのは数万騎を超える大軍。その多くは青袍教徒。青い(トグ)翩翻(へんぽん)(ひるがえ)る。本営(ゴル)には覚真導師ブルドゥン・エベの姿(カラア)もある。営長たちに訓示して言うには、


「よいか! 一戦にて偽り(クダル)の王を冥府(バルドゥ)に送ろうぞ。我らは生きて現世(イュルトゥンツ)に楽土を、死して別世に永遠(モンケ)幸福(クトゥク)を得るべし。テンゲリの加護は我らにあるぞ!」


 営長はもとより兵衆も拳を突き上げて、うおおんと喊声を挙げて応える。その(ニドゥ)は爛々と輝き、誰もがぶるると(ビイ)を震わせる。


 数日後、そこに呼擾虎(こじょうこ)グルカシュ率いる神都(カムトタオ)軍が現れると、将兵の昂奮は絶頂に達した。やむことない喊声がエトゥゲンをどよもす。


「何という旺盛な士気。これなら……」


 主将たるシノンもまた期待に胸を躍らせる。

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