第一五二回 ②
カノン北原を撫して黒鉄牛に護られ
ガネイ朗報を齎して神道子に倣わんとす
インジャたちは再び兵を併せると、戦果を喜び合った。賊の首魁二人を葬った双璧はおおいに称えられる。またエルゲイ・トゥグに勇武を顕した一丈姐カノンが、功績一等の栄誉を得る。
ヒィ・チノは北原の慰撫を図って、北伯たる金杭星ケルンと、その妻たる司命娘子ショルコウにそれを命じる。また輔翼としてカノンを留める。
すると黒鉄牛バラウンがいそいそと進み出て、
「俺がみなさんを援けますよ」
蓋天才ゴロが眉をぴくりと動かして、
「お前はそんなことを言って、ただ美人の気を惹こうとしているのだろう」
「いえ、まさか! 重要な務めと思ってあえて志願したのに、ゴロの兄貴は酷いことを言う」
口を尖らせれば、獅子ギィが笑って、
「ハーン。珍しく黒鉄牛がやる気です。委せてみますか?」
インジャは答えて、
「うむ。黒鉄牛なら森の民ともうまくやれるだろう。また、しかと一丈姐の身を護れ」
バラウンは欣喜雀躍して、
「ありがとうございます! この黒鉄牛にお任せあれ」
どんと胸を叩いて壮語する。インジャは顧みて、
「飛生鼠。お前も残れ。北原の安定に道が見えたら報せよ」
ジュゾウはにやにやしながら「はい」とて承る。もともとケルンが率いていた三千騎に加えて、中原の軽騎二千を預ける。インジャたちはさらに神風将軍アステルノたちと合流するべく南進した。
バラウンは勇躍して、ケルンたちを急かすように巡撫の兵を進めさせる。宿営を張れば、率先して警護の任に就く。殊にカノンのゲルに附く衛兵には、謹直なものを選抜してなおも言うには、
「よいか、男は何人たりとも通してはならぬぞ。もしも違えたら恕さぬぞ」
衛兵たちは揃って頷いて、
「はっ! たとえハーンといえども中へは通しませぬ」
「む、よろしい」
かくして連日精励していたが、ある夜のこと。バラウンは我ながらよく務めていると自負していたので、さぞカノンの覚えもめでたかろうとて酒甕を片手にそのゲルを訪ねた。
件の衛兵たちは弛むことなく立哨している。
「おお、しっかりはたらいてるな。ちょっとカノン姐さんに挨拶するよ」
陽気に戸張に近づく。すると衛兵の一人が押し止めて、
「なりません」
「どうした? 日々の労苦を癒やしてさしあげようとこうして酒を持って……」
「男は何人たりとも通すな、と命じられています」
「あ」
「お帰りください」
バラウンは何か反駁しようと口を開いたが、結局のところ一言もなく、すごすごと踵を返した。どこからかそれを知ったジュゾウは、腹を抱えて笑って、
「また黒鉄牛は良い衛兵を選んだものだ」
そう言うと、あとをケルンたちに託してインジャたちを追ったが、くどくどしい話は抜きにする。
さて、中原から北原に赴いていたのはインジャたちだけではない。その二年も前に潜入して叛乱を唆していたものがある。すなわち四頭豹が派遣した小スイシ。かの侫者は、いざジョルチ軍が迫るとザシンに言うには、
「私はダルハン・バイン・ハーンを説いて、きっと援軍を連れて戻ります」
「おお、嘱んだぞ」
その場を辞すや、風のごとく逃げ去る。内心で舌を出しておもえらく、
「せいぜい健闘するんだな。あの連中ではジョルチ軍には伍しえまい。一人でも敵兵を別世とやらへの道連れにしてくれることを願うばかりだ」
ズイエ河を渡ると、それでも一応シノンのもとへ立ち寄る。ジョルチ軍の到来を報せて対策を講じるよう促す。そして言うには、
「神都には我が父がおります。これを通じて再度の出兵を要請してまいります」
シノンは大きく頷いて、
「ウルヒンでは神都軍に助けられた。我が将兵はこれを天兵と恃んでいる。約会してともに敵人を撃ち破ろうぞ」
「ハーンの言葉、謹んで伝えます」
小趨りに退出する。
シノンは早速四方に早馬を送って兵力を結集する。応じて陸続と馳せ参じたのは数万騎を超える大軍。その多くは青袍教徒。青い旗が翩翻と翻る。本営には覚真導師ブルドゥン・エベの姿もある。営長たちに訓示して言うには、
「よいか! 一戦にて偽りの王を冥府に送ろうぞ。我らは生きて現世に楽土を、死して別世に永遠の幸福を得るべし。テンゲリの加護は我らにあるぞ!」
営長はもとより兵衆も拳を突き上げて、うおおんと喊声を挙げて応える。その目は爛々と輝き、誰もがぶるると身を震わせる。
数日後、そこに呼擾虎グルカシュ率いる神都軍が現れると、将兵の昂奮は絶頂に達した。やむことない喊声がエトゥゲンをどよもす。
「何という旺盛な士気。これなら……」
主将たるシノンもまた期待に胸を躍らせる。